第二七四話:一万年の、夢の終わりに。
「破壊……? 破壊……だと?」
その言葉が肚の底に落ちるまでに、どれだけの時間がかかったことか。
背筋を、冷たい汗が伝った。
一瞬の間に、喉の奥がカラカラになる。
「冗談はよせ、タリオン」
「冗談ではございません」
「だとしたらなお悪い。貴様をこの手にかけろというのか、タリオン……!」
「左様でございます」
まるで、明日の朝食の希望でも伝えるかのように。
こともなげに、タリオンはいう。
「よろしいですか、陛下。臣が死んだ後に残るものは、ただの死体でございます。しかも、身体は機械、すなわちガラクタでございます。そんなゴミに対し、陛下になんの負い目がございましょうか?」
「たとてそうだったとしても、それは貴様であったものにはほかならない。それに、俺には壊す理由はないぞ」
そう答えると、タリオンははたと動きを止めた。
「――タリオン?」
まさか寿命が尽きたのかとおそるおそる声をかけると、タリオンはぽんと手を打ち、
「これは失敬致しました。陛下。陛下には、れっきとした理由がございます」
「どのような理由だ」
たとえ理由があったとしても、俺には死後のタリオンを破壊するつもりはない。
「実は臣、寿命が尽きたら動力源となっている魔力炉を暴走させ、周辺のありとあらゆるものを無差別に攻撃するという絡繰りを仕込んでおりましてな」
「は!?」
「しかも専用の自律騎を数騎、思うままに操ります。端的に言って、強いですぞ?」
「どういうことだ……」
「陛下がお帰りになる前にこの臣の寿命が尽きるなら、とりあえずこの世界なんて滅びてもよいかなーと思いまして。ははは」
「思いまして、ではないっ! どうにかならぬのか」
「なりませんなぁ。この仕組みは臣が思い直して解除しないよう、厳重かつ複雑怪奇に組み込みましたので、たとえ陛下が解析され、解除するにしても――その前に、臣の身体が暴れ出しましょうな」
嘘ではなかった。
現に走査してみると、タリオンの身体の芯には得体の知れないなにかがある。
それは魔力が恐ろしいくらい凝縮されていて、爆ぜるその瞬間を、いまかいまかと待ち構えているかのようであった。
「あと……どれくらいだ」
「臣の寿命でございますか? せいぜいがあと数分かと」
「そんなっ!?」
思わず取り乱してしまったが、それは失態だった。
当のタリオンが、いたって平静でいるぶん、余計に見苦しい。
「ありがとうございます。陛下がそこまで感情をあらわにするとは……一万年、待ったかいがあったというものですな」
「なぜ……なぜ、そこまで平静でいられる……?」
「陛下には理解しがたいかと思いますが、一万年というものは誰もが思う以上に、長い年月なのでございますよ。それが終わるというのは――苦痛や恐怖よりも、安堵の感情の方が、強いのでございます」
そう語るタリオンの目には、計り知れない光が浮かんでいた。
一万年。
その年月の重みは、おそらく実際に過ごした者にしかわからないのだろう。
「そろそろでございます。陛下、ご自分の機動甲冑にお戻りください」
「タリオン!」
「臣の意識が残っている間に。でないと、陛下であろうと無かろうと、臣の死体は容赦なく叩き潰そうと致しますので……お急ぎくださいませ」
隣にいたアリスが俺の袖を引っ張った。
クリスは少し離れ、手信号でなにかの指示をアステル達に伝えている。
だがしかし、俺にはまだやることがある。
それは魔王としても、ただのマリウスとしても、やるべきことであった。
「――タリオン」
「は」
「一万年にわたる忠勤、大儀であった」
「それは……」
タリオンが、ぎこちないながらも礼の姿勢を取る。
「感謝の極み、でございます。陛下。そのお言葉だけで、一万年待ったかいがありました」
いや、そんなことはない。
そんなことは、だんじてない。
俺のことなど気にせずに――
「――よかったんだ」
「はい?」
「待たなくてよかったんだ。みんなと南天に渡り、それで穏やかな余生を過ごしてよかったんだ……」
袖を引いていたアリスが、手を離した。
クリスが何事かと、こちらに振り向く。
しかしそれでも俺は、叫ばずにはいられなかった。
魔王という立場をかなぐり捨てても、なお――。
「ばかいうなよ」
懐かしい口調で、タリオンが答える。
「お前をおいてどっかにいけるかよ、マリウス。ひとりぼっちじゃ、寂しいだろ?」
「タリオン……」
「こうして再び出会えたんだ。それだけで十分さ。――さぁ、行け。いくんだ! これ以上ここに残っていると危ないぞ!」
「マリウスさんっ!」
「マリウス大将!」
今度はアリスとクリスが、両方の袖を引く。
「俺の残骸は強いからな。本気で倒せよ?」
「ああ……」
「俺のまだみていない、世界をみてこい。マリウス」
「任せろ――いや、任せるがいい!」
「よし、それでこそマリウスだ」
安心したかのように、タリオンが大きく息を吐く。
それは、一万年の重みから解き放たれ、長き夢から醒めるような安らかさであった。
「だからもう泣くなよ。魔王なんだからさ」
アリスもクリスも、何もいわなった。
その心遣いが、とてもありがたいと思う。




