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勇者に封印された魔王なんだが、封印が解けて目覚めたら海面が上昇していて領土が小島しかなかった。これはもう海賊を狩るしか——ないのか!?  作者: 小椋正雪
第十一章:一万年の、夢の終わりに

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第二七二話:文明の父、タリオン

 直撃すれば、高山すら覆う超巨大な津波をもたらし、魔族も人間も悉く滅びるはずであった巨大な立方体は、あの忌々……いや、勇者によって、阻止された。

 しかし四分割されたそれは、多少時間のズレはあったものの、そのまま直撃した。

 そのうちみっつは海に落ち、ひとつは大陸に落ちたという。

 巨大な津波が何度も内陸部までおしよせ、強力な衝撃波が世界中を伝播し、大陸はその形を変え、直撃した大陸の一部は、大規模な破局噴火を起こしたようになった。

 これだけでも、この世界にいる生きとし生けるもの全てが滅びかねない状態である。

 しかし、タリオンはそれを防いでみせた。

 勇者が立方体を四散させたことでわずかに稼いだ時間をいかして各地に埋め込んだ瞬間移動用の宝石とその魔法を駆使し、魔族人間双方を避難。

 続いて迫り来る津波を避けるために、巨大な船を二隻魔法で作り上げ、それぞれに魔族と人間を乗せたのだという。


『姉さんそれって』

『はい……世界創世神話の箱船……!』

「おや、まだ残っておりましたか。丹念に消したつもりであったのですが」


 驚くブロシア姉妹に対し、何でも無いかのようにタリオンが呟く。


「さて、勇者の犠牲により遙か空の彼方より現れた立方体は文字通り四散したわけですが……」


 俺たちの目の前に、大量の情報が文字となって表示される。


「こちらが、その落下してきた立方体の諸元でございます。皆様も、どうぞご覧ください」


 そういって、タリオンが指を振る。

 どうも、俺とアリスとクリスの眼前だけでなく、雷光号と紅雷号四姉妹の目の前にも表示させたらしい。


『なぁ、これ成分おかしくね?』


 真っ先に、轟炎(ゴゥファイヤー)蒼雷号のエミルが、真っ先にそう指摘した。


『隕石の類いは通常、鉱物――つまり石や金属が主成分のはずですわね』


 続いてステラ紅雷号のアステルが、そう確認する。


『なのにこれは……水分が四割、金属が二割、その他鉱物が二割、そして――』

『有機化合物が二割? これじゃまるで――』


 鬼斬黒雷号のリョウコに続いて、白狼紫雷号のドゥエ。

 そして――。


『新たに生命を造ろうとしていますね』


 白狼紫雷号に同乗している聖女アンが、ぽつりと呟いた。


「素晴らしい……いまの人間はそこまで知識を保有しておりましたか」


 馬鹿にするわけではなく、単純に感嘆の声をタリオンが上げる。


「仰るとおりでございます。かの勇者はあの立方体が、世界の再構築用と申しておりました」

「再構築……? つまり――」

「はい、陛下。全てを吹っ飛ばして有機化合物から単細胞生物よりやりおなし――でございます」


 落下してきた立方体は、外殻部分が金属質になっており、その内側を鉱物、さらに内側を水分、そして中央の部分に有機化合物の核があったそうだ。


「もっとも、あの勇者がそれを四散させたため、有機物の類いは衝突時に綺麗さっぱり燃えてしまった訳ですが」

「そして残った水分が気化、液化を経て地表に残り、海を上昇させたと……? かなり量が少ないようだが」

「いいえ。そちらよりも衝突の角度が狂ってしまったためこの星の公転軌道が、少し内側に落ち込んでしまったのが原因でしょう。ちなみに自転軸はそれほど傾いてはおりませぬ」

「やはりそうか」


 ずっと南の海にいたからわかりづらかったが、季節の変化は封印前と封印後でそれほど変わっていなかった。

 だとすれば気温が上がった理由は大気の組成か公転軌道が変わったためだろうと踏んでいたが、どうやら後者であるらしい。


「あと、水蒸気は気温を上昇させる効果があるようですな。これらみっつの要素によって、海面は上昇したのでしょうな」

「海面が上昇したのはわかった。だが、生物の変化はどういった理由だ?」


 一万年もあれば、多少の進化は起こりうる。

 だが、牛がウミウシになったように、陸上生物が皆海洋生物に置き換わるこということはないはずだ。


「ああ、それは臣がやりました」

「……は?」

「臣がやりました。のでございます」


 タリオンは、何事でもなかったかのように、そう答えた。


「臣の残された課題は、魔族といやいやながらも人間を生きながらえせること。そのためには犠牲にせざるをえないものがござました」


 元々の海生生物や鳥類以外は、見捨てるより他がなかったのだという。


「とはいえ家畜がいなければ、魔族でも人間でも生き延びるのは厳しいもの。なので――」

「やったのか! やったのだな! 禁忌中の禁忌、生物改造!」

「左様でございます」


 再び何事でもなかったかのように、タリオンがそう答える。


「魔族と人間が関わる家畜の類いは、皆水生生物、分類的に言えば魚類に改造致しました。大変でしたぞ、最初の百年間は消費するわけには行きませぬ故」

「最初から造りゃ良かっただろ」


 エミルが口を挟む。


「それは魔法では不到達点のひとつ、生命創造でございます。いかに一万年の年月がありましても、臣には到達できませんでした」

「だから改造して、増やしたというのか」

「ええ、その頃すっかり海も上がってしまいました故」


 つまり、タリオンは魔族と人間の保護と同時に生物の改造を行っていたということになる。


「家畜だけだといっていたな」

「はい」

「その割には、生物の多様性は、保たれているようだが?」

「こちらの想定外の交雑がありました。それによる、新種誕生も」

「交雑!?」

「ウミウシはご覧になりましたか? アレは当初、肉牛と乳牛しかいなかったです」


 そういえば、クリスに中枢船を案内してもらった際、かなりの種類がいた気がする。


「それに家畜だけではありません。植物も多くを改造する羽目になりました。一番の課題は塩耐性を持たせることでしてなぁ……」


 多くの植物は、塩に対して極端に弱い。

 下手な毒よりも、塩の方がより植物に害を及ぼすほどだ。

 それをも、タリオンは克服したのだという。


「それで、水耕栽培をしやすくしたり、浮草系の海藻類が増えたのか」

「ええ。海が上がった初期の魔族と人間は、そう簡単に海底にたどり着けませんので」


 もちろんそれには、膨大な時間が必要となる。

 実際、タリオンほどの者でも、数百年かかったという。


「まぁ、その後身体に決定的なガタが来てしまいましたので、機械化するために数百年眠っておりましたが」

「そんなに時間がかかったのか……」

「最初は衰えた臓器や、もろくなった骨を取り替えたりしておりました。それはそれで痛かったのですが、問題はこちらでございます」


 そういって、タリオンは自分の頭をつついた。


「脳を取り替える際、いっそのことだからと全身を置き換えることを考えましてな。もっとも当時は機動甲冑大のものしか作れなかったので、このような図体になってしまったのですが」

「なぜ、数百年間も眠ったんですか?」


 クリスがそんな質問をした。


「脳の少しずつ機械に置き換える作業は、機械により自動的に行わせざるを得なかったのです。そうしないと途中で発狂して生身に戻ろうとしてしまいますので」


 当然来る質問だと思っていたのか、タリオンはよどみなく答える。


「そしてなぜ数百年も必要だったのかというと……端的に申し上げれば、同一性問題というものためでございます。わかりやすく申し上げますと、臣の肉体が朽ちて完全に分解される前に機械の臣が目覚めると、自我が崩壊してしまうのです」

「なるほど……ありがとうございました」


 礼をいったものの、クリスの表情にはやや嫌悪の色があった。

 おそらく、想像してしまったのだろう。


「その後は耐用年数まで頑張ろうと思いましてな。ちょっと放っておくとすぐに暴走する人類を、影に日向に――おっと、表には出なかったのでずっと影でしたな――見守っておりました。道を踏み外すようであれば、それをただし、致命的な困難に直面した場合は、それを助けたり……などでございます」

「具体的には?」

「ああ、ついうっかりで巨大な群体のクラゲを造ってしまったので、他の船に侵略を仕掛けているばかりの船にそれをけしかけたりしておりました。助ける方は――たとえば巨大な嵐の場合は、船底に機動甲冑を張り付かせ、曳航させたりとかですな」

『あー! 初代聖女様のお導き伝説!』

『めっちゃ裏があったわね……どうするの姉さん、公開する?』

『できるわけないですよっ!』


 ついでにあのクラゲたちの誕生理由もよくわかった。

 こちらが伝説などで残っていないということは……彼らは自分の仕事をそつなくこなしていたのであろう。


「それらを、五千年か」

「はい。五千年でございます」


 その時点で魔族の平均寿命の五倍、人間に至っては五十倍から百倍だ。

 どれだけの間、孤独に耐えたというのか。

 その功績を考えれば、人間達に文明の父とあがめ奉られてもおかしくはないというのに。タリオンはそれを公開せず、人間達はそれに気づかなかった。


「ですがその、お恥ずかしい話ですが、七千年を越えた辺りから自暴自棄の気がでてきてしまいましてな」


 いまや小島となった魔王城最上部。

 そこに常時監視していた装置を自ら止めたのだという。


「もう人間めんどうくさいな、そろそろ滅ぼそうかな、と思ったところで、陛下が復活なさった急報が届いたのでございます」


 例の箱庭で俺が封印から帰還したのを察知した機器は、たまたま止め忘れていたものだという。

 それが作動したとき、タリオンは誤作動を疑ったようだ。

 しかしそれが真であるときづき、文字通り飛び上がったのだという。


「いやはや、生にしがみついてみるものですな。もはやこの身体、生きているといっていいのかどうかわかりませぬが」

「貴様は生きている。他でもない俺が保証しよう」

「――感謝の極み」


 タリオンが、ゆっくりと頭を垂れた。


「あの」


 そこで、タリオンの前に進み出た者がいる。

 珍しいことに、アリスであった。


「ふたつほど、お聞きしたいことがあるんです」

「どうぞ、なんなりと」


 タリオンの中では、アリスは彼自身と同じ立場にいるという認識らしい。

 以前であれば、礼節をもって人間に対応するなど、ありえなかったはずだ。


「あの、前魔王――ヴィネット・スカーレットさんのお墓はまだあるんですか?」

「もちろんでございます」

「マリウスさんが封印されていた、あの小島の海の下に?」

「左様でございます。臣も、数千年前までは定期的に訪れておりました」


 それは重要な話であった。

 今回の一件が片付いたら、俺も訪れようと思う。


「ありがとうございます。では、もうひとつの質問です」


 アリスが緊張気味に、息を吸う。


「そもそもの、その立方体を落としてきたひとたち……勇者さんの仰っていたあいつら(・・・・)って、一体どこにいるんですか?」


 タリオンは、即答しなかった。

 代わりに静かに、ゆっくりと手を上げる。

 その指は、まっすぐ上をさしていた。


「おそらくは空の上、そのさらに上、星々の世界でございましょう。臣が推測するに、月の裏側か、月と同様の公転速度を維持しつつ、月の真後ろにいるものと推測いたします」

『おい、ちょっとまて』


 すかさずエミルが声を上げる。


『人間と魔族の数をいちいち数えている連中なんだろ。だったらこの会話、聞かれちゃいないか?』


 全員が、天井を見上げた。


「ご安心を。外からの観測では、我々はいま専制政治と民主政治、どちらがよりよいものかで激論を交わしているようにみえてございます」


 念のため、ぬかりはございませぬ。とタリオン。


「まってください。話を聞かれないのはいいんですが、そんなところにいるものをどうすればいいんですか」


 クリスの指摘は、現実的なものであった。

 高空ならいざしらず、相手はそれよりももっと高い、いやもっと遠い星の世界にいるわけである。

 そこを叩かない限り、タリオンと勇者を襲ったような事態は再発しかねない。


「臣にも対策は思いつきません。おそらく陛下であってもでしょう。ひとまずはすておくしかありませんな」


 タリオンの回答もまた、真実である。

 今の俺ではどう考えてもそんなところに出向くことはできない。

 ましてや、制圧するなど夢のような話だ。


「ですからひとまずは、南天にいる魔族の生き残りを探してみてはいかがでしょうか?」


 ……!



□今回のNGシーン


『人間と魔族の数をいちいち数えている連中なんだろ。だったらこの会話、聞かれちゃいないか?』


 全員が、天井を見上げた。



「ご安心を。外からの観測では、我々はいまクリスカップ、エミルカップ、リョウコカップ、アステルカップ、ドゥエカップ、アンカップ、アリスカップ、ヴィネットカップ、八組のバストを選ぶとしたら、君ならどれが好き~? を流しているところでございます」

「マリウス大将、撃っていいですか」

「すまないが堪えてくれ」

「ちなみにマリウス大将は、誰を選ぶんです?」

「回答を拒否する!」

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