第二十七話:みなみへみなみへ
■登場人物紹介
【今日のお題】
アンドロ・マリウス:勇者に封印されていた魔王。
【作者がイメージする声優さん】「島﨑信長氏らしいな。自分の声のイメージといわれてもよくわからんが」
アリス・ユーグレミア:魔王の秘書官。
【作者がイメージする声優さん】「上田麗奈さんらしいです。わたしと似ているかはともかく、かわいい声ですよね」
二五九六番:元機動甲冑。現海賊船雷光号。鎧時はニーゴと名乗る。
【作者がイメージする声優さん】『山口勝平さんな。似てる? マジで?』
メアリ・トリプソン:快速船の船長。
【作者がイメージする声優さん】「櫻井浩美さんらしいわ。確かそんな雰囲気よね!」
ドロッセル・バッハウラウブ。メアリの秘書官。
【作者がイメージする声優さん】「花澤香菜女史だそう。作者の趣味が丸わかり」
「これを見てくれ」
発掘島から船団に帰投する前日、俺はそれをドロッセルに見せていた。
今の行動の指針となった、あの忌々しい勇者の横顔が浮き彫りにされた古銭だ。
「よく使われている古銭。耐摩耗性が高いことを除けば、普通の貨幣」
「そうだな」
それはアリスも教えてくれたことだが、再確認も兼ねて俺は頷く。
求めるのは、その先のこと。知り合いでもっとも知識量のあるドロッセルなら、何かを知っているかもしれないという期待があったので、俺は彼女を雷光号に招いていたのだ。
ちなみに、アリスはニーゴ状態になった二五九六番を伴って、暁の淑女号に向かっている。過日心配してくれた乗組員へのお礼を兼ねて、交流会をしたいらしい。
「では、この古銭の由来は?」
「由来? たしか、古き神が天の使いに封印されたと聞く」
「そうだな。では、それが伝わりだしたのはいつのことだ?」
「それは……」
ドロッセルが沈黙した。
「たしかに聞いたことはない。現在鋳造されたものではないのでいつ作られたのかもわからないが、通常は何かしらの由来はいつ頃から——というのは大まかにわかるはず」
「たとえば?」
「こちらの古銭を見てほしい」
腰にくくりつけた小さな皮袋から、ドロッセルは貨幣を取り出して俺に見せてくれた。
鳥が何かの小枝をくわえた、簡素な貨幣だ。
ただ、その浮き彫りの精度は最初の古銭に比べて随分と低い。ちょっと本気になれば、本物と変わらない偽造貨幣を大量生産できそうだった。
「これは、七百年前の北方海域で起きた大海戦の終結記念に造られたもの。それまでみっつの船団がお互いに覇をきそっていたのだが、大海戦と呼ばれる全面戦争を数年間にわたって行った結果、三船団は統合し平和が訪れたことを記念して作られた」
「ほぅ……ちなみにその平和、何年続いた?」
「十年も保たなかったと聞く」
「だろうな。そして、また分裂したと」
「そう、今度は七つに分裂した。以降大海戦ほどの衝突は行われなかったものの、衝突は続いている。……この歴史、知っていた?」
「いや、ただ予想がついただけだ」
主義主張の異なる集団が、旗色や互いの疲弊を理由に合併した場合、勢力が回復すればすぐに分裂する。
それは、俺自身が何度も見てきたことだった。
「予測については興味深いが、それよりも今論じたいのは由来について。この通りあまり精度が高くなく、それに応じて信頼度も低い貨幣でも、それなりの由来と作られた時期が大まかに伝わっている」
「なのに、精度も信頼性も高いこちらの貨幣には、それがないと」
あの忌々しい勇者の横顔が浮き彫りになった古銭を、平和を記念して造られた貨幣の隣に並べて、俺。
ただの空振りにみえるが、実はひとつ重要なことがわかっている。
北の船団がどうの、大海戦がどうの、統一がどうのなど、聞いたことがない。
つまり、俺が封印されていた期間は、少なくとも七百年より長いということだ。
「ならば」
例の古銭を握りしめて、俺は言う。
「俺は、その由来を知りたい」
「であれば、南に行くことを勧める」
「というと?」
「南にはかなり大規模な船団がいくつもあり、小競り合いはあったものの北のように常に戦乱に明け暮れていたわけではない。だからその中には、かなり古い歴史を持つものも少なくないし、歴史の最重要視し記録を収集している船団もあると聞いたことがある」
「ほぅ……」
「仕事が多いのも魅力的。ただし、量が多い分それをこなそうとする船も多い。結果として、仕事に対する競争倍率は上がり、残る仕事は難しいものが多くなる」
「なるほどな」
察するに、今いる海域は北ほど物騒でなく、南ほど混雑していないということなのだろう。
「では、雷光号は南への進路を取るが——そちらはどうする?」
「メアリ次第。とはいえ私個人も興味が湧いたので、同行したい。おそらくメアリ自身も付いてくると思われる」
「『こんなおもしろそうなこと、放っておくわけないじゃない!』といったところか」
「まさにそれ」
「わかった。ではそちらはまず船の意見をまとめてくれ。俺はアリスに事の次第を説明しておく」
「了解した。では、また明日」
「ああ」
明日の今頃には、俺たちは船団に到着しているはずだ。
そこから先はどうなるか、今は未知数だが……。
■ ■ ■
「当然、あたしたちも行くわよ!」
翌日。
船団に到着して港湾部に降り立った俺たちの前で、メアリはそう宣言していた。
「理由は?」
「こんなおもしろそうなこと、放っておくわけないじゃない!」
予想通り、一字一句違わなかった。
「というわけで、ちょっと買い物にいってくるわ! アリス借りて行くわね!」
「いや、俺の許可より本人の——」
「許可するってことね! 行くわよアリス! ついてきなさい!」
「は、はいっ!?」
なかばメアリに引き摺られるようにして、アリスは商業地区へと出かけていった。その後を、ドロッセルが静かについていく。
『急にどうしたんだろうな、姉ちゃんたち』
「さてな」
こういう風景は、いつの世の中も、そして種族も関係ないのだろう。
「今のうちに弾薬を補給しておくか」
『あいよ』
港湾部に連絡し、食料や日用品、そして弾薬の素材を運び込んでもらう。
既存の弾丸も使えなくはないが、素材から俺が加工した方が、安上がりなのだ。
そしてなにより、自分で色々と調整できるのが実にいい。
「そろそろ砲弾にもなにか手を加えるか」
『お、ならこの前の強装徹甲弾ってやつ増やさね? ぶちかまして気持ちよかったからよ』
「あれも悪くはないが……拡散弾というのはどうだ? 主砲弾が炸裂した際、子弾を前方広範囲に散布するものなんだが」
『いいねぇ……!』
そんな話をしながら、弾薬を数種類作成しつつ、格納していると——。
「た、ただいまです」
アリスが紙袋を抱えて帰ってきた。
「おかえり。買い物はどうだった?」
「楽しかったです。同じ世代の女の子と一緒に買い物をするの、初めてでしたので」
「それはよかったな」
そういうのは、貴重だと思う。
「それで、なにを買ってきたのだ?」
「えっとですね。南に行くのでそれ用の服を……ということで数着買いました。あちらは暑いそうですから」
「なるほどな」
「マリウスさんは、大丈夫なんですか?」
「ああ、いざという時は冷却の魔法がある」
故に、基本的に俺は衣替えというものをしない。もともと、城が高い山の上にあったためあまり軽装にならなかったというのもある。
それにしてもアリスの軽装とはどういうものであろうか。布地が薄くなるのは当然としてスカートが短くなるのは少し困るが……。
「まぁいい。食料と弾薬、それに日用品の積み込みは終わらせた。こちらはいつでも出航できるぞ」
「あ、ありがとうございます。メアリさん曰く、出発は明日の朝がいいとのことです」
「わかった」
「それじゃ、わたしこの荷物をしまってきますねっ」
そう言って、アリスは足早に自室へを歩いていった。
「どうしたんだろうな。嬢ちゃん」
「さてな」
大方、少し過激なものを勧められて断りきれなかったといったところだろう。
■ ■ ■
「船団中枢船より、発光信号。『貴船の航行の無事を祈る』」
「返礼。『貴船団の発展を心より祈る』」
「了解です。次は護衛艦隊旗艦より発光信号。『御武運を!』」
「返礼。『壮健であれ』」
長く世話になった船団に別れを告げ、俺たちは南へと進路を取った。
斜め前方では、暁の淑女号が航行している。
時折横付けになって情報交換をしたり、ニーゴ状態になった二五九六番がメアリより剣術を習うなどの道中を経ながら、航海は順調に進んだ。
やがて——。
「海の色が変わったな」
甲板から海の様子を覗き込んで、俺はそう呟いた。
今までは蒼一色だった海に、少しずつ翠色が混じってきている。
「んだな」
俺の横で、ニーゴ状態の二五九六番が頷く。今はいつもの横付け状態なので、鎧姿になってもらったのだ。
そして女性陣はというと、衣替えを一斉に行うという事で、全員船室にこもっている。
「それになんか気温も上がったみたいだ」
「ああ、だからこそ着替えることにしたのだろう」
たしかにこの暑さでは、アリスの秘書官の服ではケープの部分やタイツが過ごしにくそうではある。
「どんな格好なのか、気になるか? 大将」
「そうだな。興味がないわけではない」
「えっらい過激な格好だったらどうするよ?」
「愚問だな。アリスに限ってそれはなかろう」
メアリであれば、そういう可能性はあるが、アリスでは……いやいや、それはない。
そこへ……。
「お、お待たせしました」
船室から、顔だけを出してアリスがそういった。
「着替え終わったか」
「あ、はい。みんな着替え終わりました。わたしだけ、南の服は初めてだったのでちょっと戸惑いましたけど……その、どうでしょうか……」
そう言いながら、アリスは甲板へをその素肌を晒した。
「ふ——」
ふ。
ふは。
ふはは!
ふはははっ! ふはははは!
ハハハハハ! ハーッハッハッハァ!
「下着か!?」
「水着というそうですっ」
それでも恥ずかしそうにしているアリスだった。
というのも、紺色の布地一枚を身体に密着させ、上半身は袖がなく肩に白い紐がかかっているだけであり、下半身は太腿もまで露わになっている。どうも、伸縮の効くツナギのような構造らしい。
そういえば、俺が滅ぼした女戦士の国の軍人がレオタードと呼ばれる格好をしていたが、それによく似ていた。もっともあちらは、脚を露出させずタイツで覆っていたが。
それにしても、身体の起伏が露わになるので、色々とこう、罪悪感に見舞われてしまう。
特にアリスは背丈のわりには体つきに恵まれているので……いや、どこを見ているのだ俺は!
「本当に、下着ではないだな?」
「は、はい。試しましたけど、水に濡れても透けませんし——むしろ濡れてもすぐに乾くので泳いだりするのにも向いているそうです」
「どう見ても下着に見えるのだが……」
「なにをどうやったら下着と勘違いするのよ。そもそも見たことあるの?」
真っ赤な上下の水着とやらに身を包んだメアリが、呆れた口調でそういう。だが、俺にとってはそちらこそどうみても下着にしか見えない。
「そ、それくらいはみ……そういう問題ではないっ!」
「どうやらみたことがある模様」
アリスのと似たような意匠で、白いそれに身を包んだドロッセルがそんなことを言う。
「洗濯物としての下着だけじゃないの? 身につけているのはみたことないとか」
「そ、それは……」
「えっ、マリウスさん下着姿の女の子みたことあるんですか!?」
「そ、それは——」
「「「それは?」」」
女性陣三人の声が重なる。
ふ。
ふは。
ふはは!
ふはははっ! ふはははは!
ハハハハハ! ハーッハッハッハァ!
「勘弁してくれ……」
かつて、あの忌々しい勇者に対しても最後まで抵抗したこの俺が、水着とやらの前に屈服した。
魔王軍将兵六万余名の諸君には、申し訳ないと本当に思う。
「いいんだ大将、アンタは悪くないぜ……」
ぽんと肩に置かれる二五九六番の装甲に覆われた手が、どこか優しかった。
■水着解説!【今日のNGシーンは作者の都合によりお休みになります】
・アリス
「読者さんの世界だと新スク水と呼ばれる形式だそうです。似合って……いますか?」
「似合っているが下着に見える」
・メアリ
「読者さんの世界だとビキニと呼ばれるそうね! どうかしら、似合っている?」
「似合っているが下着に見える」
・ドロッセル
「読者の世界ではいわゆる白スク水。かなり希少と聞くが、いかがだろうか」
「似合っているが下着に見える」
「それしか言わないと、女の子に嫌われるわよ」
「激しく同意」
「見慣れぬものを見ているのだ、仕方あるまいっ!」
「えっとじゃあ、下着と見比べてみま……ごめんなさい今の無しですっ!」
「「「今なんかアリスがすごいことを言ったっ!?」」」




