第二六五話:パンドラまでの、あと十歩
「ぐぅ……がッ……!」
射出時の衝撃と、それに対する内蔵の負担は、予想以上のものだった。
口の中に、血の味が混じる。
今ので、内蔵のどこかを傷めたらしい。
「気を失わなくて、よかった……!」
腹部の痛みのある場所に手を当て、治癒魔法をかける。
治癒といっても、瞬時に傷が治るわけではない。
自分自身の回復能力を、大幅に高めるだけだ。
故に、回復魔法は致命傷には効かない。
伝説によれば蘇生の魔法があるそうだが、それは魔王城の膨大な蔵書と、タリオンの知見をもってしても、再発見することはできなかった。
「現在位置は――」
口の端の血を袖口で拭い、周囲の状況を確認する。
光学的な視野は皆無に等しいが、魔法によって周囲の状況は確認できる。
現在は半神猛虎団の領地を既に飛び越え、全体の距離の半分ほどを進んだところだった。
「陛下は、どこだ――?」
当たり前の話だが、第一機動部隊の隊長がみた火球は、とうの昔に消えている。
その痕跡がみえるのも、全体の行程の四分の三は越えなければ、みえてこないはずであった。
そして、仮にみえたとしても。
こちらには、細かい姿勢制御はできない。
それっぽいものをみつけたら、弾殻を左右に展開し、急減速して――墜落するしか、他に方法がない。
落下傘などは当時開発していなかったし、急ごしらえでも作る暇が無かった。
だから、墜落時の衝撃は撃ち出されたときのものよりも、さらに酷くなる。
できうる限りの対策はしたが、それがうまくいくのを祈るしかなかった。
「もう少しで、みえるはず――」
もう一度、魔法越しに周囲の様子を見回す。
元は豊かな草原地帯であったが、現在はその草がみな一方向になぎ倒されていた。
第一機動部隊の隊長がみたという火球の衝撃は、相当なものであったのだろう。
やがて、草原の各所に残骸が見えるようになってきた。
それが人間のものなのか、あるいは魔族のものなのか、ここからでは遠すぎて判別が着かない。
しかし――。
「なんだあれ……!」
草原が急に途切れ、大地が紅くなった。
荒れ地や砂漠ではない。円状の丘を越えた途端、妙になめらかで均一的な大地になっているのだ。
「もしかして――」
陛下の火球。
あの炎の弾は最大出力で放つと、大地ですら溶かし尽くすと聞く。
防ぐことは不可能な反面、撃った本人も無事では済まないとも。
「陛下……!」
円状の丘から、擬似的な噴火口の規模を計算し、それにこちらの軌道と速度を重ね合わせる。
さすがタリオンというかなんというか、射出前に入念に方角を計算していただけあって、進行方向には問題が無い。
あとはいかに急制動をかけるか――!?
爆心地と思われる場所からごくわずかな魔力を検知して、俺は弾殻を左右に展開した。
だがそれは強度の計算が足りなかったのか、固定した機動甲冑の肩から、その部分の装甲と共に吹き飛んでいく。
ただ、それにより空気抵抗が増えたせいか速力は一気に落ちていった。
その代わり、形状が弾丸の流線型から複雑になったため、俺は機動甲冑もろとも複雑な回転に陥る。
だがしかし、俺はかろうじて自分がいまどこをむいていのか把握できていた。
いつかのとき、前の陛下直々の訓練で雪崩に巻き込まれたときの対策訓練で、擬似的な雪崩に放り込まれたことがあったのだ。
あのときは最初前後左右上下の感覚が消失して混乱に陥ったものだが……。
『魔力をね、方位磁針のように使うの』
擬似的な雪崩から俺を引っ張り出してから、前の陛下はそう仰っていた。
『すごい振り回されていたり、逆にどこだかわからないときにね、自分とは切り離した魔力の棒を、一本外に置いておくの』
さすが前の陛下、いっていることが最初まったく理解できなかった。
『魔力を切り離すのがむずかしいんだけどね。それさえできればあとは簡単。それを参照して、自分がどこにいるか、あるいはどの方向を向いているのかがわかるわけ。あとはそれを参照に進みたい方向に進むか、振り回されているんだったら止めるか。好きな方を選べば大丈夫。理解できた?』
ここで首を縦に振ったのがまずかった。
なぜなら、俺は足首をつかまれてもう一度擬似的な雪崩に放り込まれたから。
だが、いまは違う。
明確に、今自分がどの角度で回転しているのかがよくわかるからだ。
それならば、やりようはいくらでもある。
俺は機動甲冑の操縦桿を握りしめると力任せに一方向に倒す。
同時に風の魔法を展開して、落下速度を落とし、墜落の衝撃に備える。
ここまできて気絶するのだけは、なんとしても避けたいところであった。
前の陛下はいる。
確実に、この近くに。
それならば、なんとしてでもタリオンが到着するまでにみつけて、お守りしなくてはならない。
紅い滑らかな大地が、目の前に迫る。
それをぎりぎりまでひきつけて、俺は跳躍用の推進器を限界まで噴きつけた。
「ぅ……」
紅い大地は、予想したとおり硝子化していた。
ただ、おもっていたよりその層は厚く、結果として俺が乗ってきた機動甲冑は下半身が大破し、操縦不能となった。
そして俺自身も、予想以上の衝撃により負傷をおっていた。
脚には支障がなかったのは、不幸中の幸いというものだろう。
「まだまだ……っ」
ゆがんだ操縦席から、タリオンより預かった宝石を引っ張り出し、砕けた地面に拳を打ち込んで、それでできた穴に埋める。
これで、地中に展開した魔方陣を介してタリオンたちは転送されるはずだ。
あとは前の陛下を見つけるのみ――!
身体中に回復魔法をかけて、立ち上がる。
これをやると、半日くらいはもつが、その後数日は寝込むことになる。
だが、いまやらなければきっと後悔する。
俺は痛む全身をおして前の陛下の元へと歩き出した。
走り出したいのはやまやまであったが、さすがにそこまでの余裕はない。
反応は、近い。
現に、遠くにうずくまる影がみえる。
手に持っているのは、旗の竿であろうか。
「陛下!」
脂汗をたらしながら、叫ぶ。
しかし、反応はない。
俺は硝子の大地を踏みしめて、前へと進む。
返事がないのが怖いが、魔力の反応は途切れていない。
目測で、あと十歩。
後もう少し、あともう少しすすめば――!
「陛下、へい――か……」
前の陛下の状況を目の前にして、俺は膝から崩れ落ちかかった。
膝が震え、続いて全身が震え出す。
「……よぅ、マリウスくん。くるの、はやかったじゃん」
口調だけはいつものようにきさくに。
前の陛下は、そう呟いた。
だが、その声はいつもよりずっとか細い。
それは当然だろう。
なぜならば、手に旗の竿を持っているのではなく、巨大な槍に腹部を貫かれていたのだから。
「なんかリ◯リコの最終回前っぽくない? このシチュエーション」
「割と余裕がありますね、陛下……」




