第二十六話:遺産の使い道、第三の乗組員。
■登場人物紹介
【今日のお題】
アンドロ・マリウス:勇者に封印されていた魔王。
【徹夜は平気?】「楽勝だ」
アリス・ユーグレミア:魔王の秘書官。
【徹夜は平気?】「に、苦手です……」
二五九六番:元機動甲冑。現海賊船雷光号。
【徹夜は平気?】『そもそもオイラ、寝ねぇよ?』
メアリ・トリプソン:快速船の船長。
【徹夜は平気?】「興が乗ったら楽勝なんだけどねー。よくドロレスに止められるわ」
ドロッセル・バッハウラウブ。メアリの秘書官。
【徹夜は平気?】「徹夜は人類の敵、法律で規制すべし」(←睡眠時間を確保しないとパフォーマンスがめっちゃ落ちる人)
「ふむ……」
並べられた機動甲冑の残骸を眺めながら、俺はため息をひとつついた。
発掘島、その地上にある簡易的な砦でのことだ。
設備こそそれほど揃ってはいないものの、広さだけはかなりあるここに、俺は地下から搬出してもらったそれを、なるべく元に近い形で並べ直してもらっていた。
問題は、この残骸をどうするか、だ。
機動甲冑として完全に修理し、運用する。
ある意味理想の形であったが、困難がいくつかあった。
まずひとつめ。完全に修復するには資材と時間が足りない。
地下に遺ったガラクタを集めて十分な時間を掛ければ可能であろうが、そんなことをしていれば発掘島周辺の海域に、海賊が戻ってきてしまう。
そしてふたつめなのだが、例え修理できたとしても、あるいはこのままの残骸の状態でも、雷光号に収容することは出来ない。
そのまま載せるには大きすぎるからだ。
そしてみっつめ、機動甲冑は水に浮かばない。
故に、運用するならばわずかばかりとなった陸上か、充分に動き回れる大きな船の上ということになる。
それは、いささか無理があった。
以上を考えるに、修理するという案は没になる。
次の案、残骸をなにかに転用する。
手っ取り早いのが、雷光号の追加装甲だろう。
機動甲冑の装甲は軽量さと頑丈さと、長期の運用に耐える耐摩耗性を誇る素材で出来ている。追加といかなくとも、予備の装甲を準備するのは悪くないだろう。
だが、これはこれで問題がある。
確かにばらばらになったとはいえ、貴重な関節部分、そしてまだ中身の解析が終わっていない操縦席部分があるのだ。これがそのまま無駄になってしまうのは、余りにも惜しい。
それならば、船団で手に入る素材を使った方がずっと効率的だからだ。
あとは……なにかないだろうか。
「マリウスさん」
その声に振り向くと、砦の入り口にアリスが立っていた。
「なにかあったか」
「いえ、特には。あえて報告すると、メアリさんたち、再生機の搬入が終わったみたいです」
「そうか」
「試験も早速行ったみたいで、使えなくなった発掘品が少しの間置いておくだけでまた使えるようになっていて、驚いていました。なんでも、お盆の上に載せるだけだとは思ってなかったそうです」
「やはりあの改良で正解だったか」
元々の部品が引きちぎれてしまったため、そこらにあったガラクタを材料に、どんな発掘品でも充填出来るよう、盆の形にしたのだが、思っていた以上に好評のようだった。
「実際にはあれ、魔力を充填しているんですよね?」
「そうだ。再生機と名付けたが、実際は魔力貯蔵庫といった方が正しいな。ついでにいうと発掘品は正式名称じゃない。何度か口走ってしまったが、魔法具という」
「わかりました。おぼえておきますね」
「念のために言っておくが——」
「はい、マリウスさん以外には口外しないようにしておきます」
まるで日にさらされた砂が水を吸い込むように、アリスは次々と知識を吸収していく。
名実と共に、俺の秘書官として風格が身につきつつあった。
「そういえば……」
「どうした?」
「わたしたちが遺跡に潜っている間、二五九六番ちゃん、何度か『はいってまーす!』って言っていたみたいです」
「何を言っているのかよくわからな——あ」
そういえば、そんな指示を出していた。
万が一、俺達が留守中に暁の淑女号から誰かが乗り込んできた場合、全ての扉を施錠してそのように応答しろと言っていたのだ。
「本当に来たのか……」
「気を遣ってくれたみたいですね。ただその分、メアリさんやドロッセルさんに説明しないと行けませんけど」
「内気な操舵手ということでどうだろうか」
「それはそれで無理があると思います」
確かにそうだった。
「ならば——そうだ」
操縦室部分に注目する。
これがあれば……。
「開けるんですか?」
「ああ。慎重にな」
ふたりがかりで、操縦室の扉を開ける。
中には予想通り、素焼きの陶器で作られたような箱が鎮座していた。
ただ、その大きさは俺の予想外だった。
これほど大きなものは、みたことが無かったからだ。
「なんですか、これ……」
「記憶野……だな、これは。魔法をある程度自動で放つ時に使うものだ。うまく扱えれば、複数の魔法を状況に応じて放ち分けることもできる」
「それって、今日は雨が降っているから火の魔法以外を使う——とかですか?」
「まさにその通りだ。筋がいいな。さて——」
箱全体に、解析の魔法を掛けてみる。
自動で動く魔法を組み込んでいた主要部分は、焼き切れているようだ。慎重を期したつもりだが、撃破された時に自壊するように仕組んであったのかもしれない。現に、内部から破壊された形跡がある。
だが、残りの部分にはかなり余裕がある。今の二五九六番のように、自分で考え、行動することができる分まで想定してあるようだ。
で、あるならば。
これを——こうして。
あれを——ああすれば。
それが——そうなるか。
……ふむ。
「アリス、一度閉めよう」
「あ、はい」
再びふたりがかりで、操縦室の扉を閉じる。
「さて……」
残骸を材料に、結線を作る。長さは、ここから浜に停泊(見た目は座礁らしいが)している雷光号までだ。
「アリス、すまないがこれを雷光号まで引っ張っていってくれ」
結線の端を渡しながら、俺はそう言った。
残りは巻き取り、場所を取らないように配慮してある。
「持って行くだけじゃないですよね? それをどうすればいいんですか?」
「鋭いな。操縦席正面の表示板、その横にこの結線の端が刺さるようになっている。刺さったら戻らずに、船の様子をみていてくれ」
「わかりました。二五九六番ちゃんにはなんて伝えますか?」
「そうだな……ちょっとした改造を加えるから協力してくれ、と」
「わかりました」
「先端の尖った部分には触るなよ。痺れるぞ」
「気をつけます!」
敬礼(ただし俺の知らない形式のを)して、アリスは結線の端を慎重に持つと、巻き取られた結線を繰り出しつつ雷光号へと向かっていった。
その間に俺は、もう一方の結線の端を急ごしらえの発生装置と視覚装置を複合化したものに繋げる。
やがて——。
『うおっ、なんだこれ!?』
二五九六番の声が響いた。
『そこにいるのは大将か? んああっ!? オイラの身体とめっちゃ離れてるなんか変な感じ!』
「だろうな。急にすまない」
『いや、いいんだけどよ』
「そうか——二五九六番、話がある」
『どうしたよ、大将。いきなり改まって』
「貴様、自分の身体についてどう思う」
『んん? 特に不満は無いけど? もしかして大将、オイラの身体を改造したの後悔している?』
「いや、違う」
実際には、少しだけあった。だが今の二五九六番の口調から、それは杞憂であったことを知りほっとしている俺がいた。
「実はな……」
現状の問題と、それの解決策、そしてそれらに対する俺の初見を伝える。
『ああ……そういや来てたなぁ。嬢ちゃんよりもっとちっちゃいのがさ、食い物とか飲み物持ってくるわけよ。とりあえず大将に言われた通りにしたけど、ちょいと気の毒だったな』
「それらの問題を、まとめて解決する方法がある」
『いいぜ。大将の改造は今までずっとオイラにとって良いことだったからな』
「いいのか。いままではとは訳が違うぞ」
『どう違うのよ?』
「いままでは俺の知っている技術と資材で成り立っていたものだ。だが今回技術は先行理論だけ。資材に至っては俺が完全に解明したものではない。場合によっては失敗する可能性もある」
そのための保険も準備してある。いざというときは急速に巻き戻すことが可能であるが、それでも何が起こるかわからないというのは恐怖でしかないはずだ。
だが——。
『だからかまわねぇって。オイラは大将のおかげでこの世のいろんなもんをみることができるようになったんだ。今度のもそうだろ? だったらオイラは文句なんて言わねぇよ』
「そうか……わかった」
どうやら、覚悟を決めるのは二五九六番ではなく、俺であるようだ。
ならば——。
ふ。
ふは。
ふはは!
ふははは! ふはははは!
ハハハハハ! ハーッハッハッハァ!
「よし、気合が入ってきた」
『今の気合いかよ!?』
「細かいことは気にするな。はじめるぞ」
『おう、どーんとやってくれ!』
雷光号と残骸の操縦席部分が、結線で繋がれる。
そして俺は、残りに残骸に対しありったけの魔力を注ぎ込んだのだった。
■ ■ ■
翌日。
「マリウス、いる?」
「少し相談事がある」
徹夜明けの俺のもとに、メアリとドロッセルのふたりが訪れていた。
彼女らの後ろにはアリスが控えている。おそらく、機をみてふたりを案内したのだろう。
「なにかあったのか?」
すこしばかり残った疲労を、頭を振って追い払いながら、俺。
「うちの船員がね、あたしたちが遺跡に潜っている間に雷光号を訪れたときに、変なのに遭遇したって」
「変かどうかはわからないが、いつ訪れても何を言っても『入ってまーす』という返事しかなかったという報告が上がっている。さすがにこれは不可解」
なるほど、その件か。
で、あれば俺よりももっと回答するのに適したものがある。
「ああ、それオイラだわ」
俺の背後から上がってきた声に、メアリとドロッセルは一歩だけ下がった。
アリスはなんとなくわかっていたのだろう。一歩も引かずに様子を見ている。
「失礼、どなた?」
腰の剣に手をやるメアリを制止しながら、ドロッセルが慎重な声音でそう訊いた。
俺の背後に佇む、鎧姿の大男に。
「オイラは——ニーゴ! 雷光号の操舵手さ」
「操舵手ですって!? いたの?」
「ああ、実はな」
話を合わせる俺。
いうまでもないことだが、ニーゴを名乗る大男——俺も身長は高い方だが、彼はさらに頭ひとつ分高い。理由は後述する——は、俺達と同じ大きさ、形の身体を持った二五九六番のことだ。
本体である雷光号から残骸の操縦室部分に収められた記憶野を応用し、さらには残りの関節や装甲を再構成して、俺達の大きさに合わせた、いわば第二の身体といったところだろうか。
これにより、雷光号航行時はともかくとして、停泊時は俺達と行動を共に出来るようになった。
もっとも、その身体づくりは困難を極め、結果として俺よりひとまわり大きくなってしまったが。
「いやぁ、わるかったわるかった! オイラ、昨日まで外にでられなくてな。様子を見に来てくれたちっちゃいのにはオイラから謝っておくわ」
「まぁそれは本人に伝えておくけど……」
「どういうことか、説明して欲しい」
「いいぜ。あんまり愉快な話じゃないけどな」
「どういうことよ」
「説明を求める」
「オイラ、前の船に乗っていたとき海賊の砲弾くらっちゃってさ」
「そ、それは……」
メアリが口を挟んだ。
ドロッセルはと言うと、ただ絶句している。
「まぁ破片だったんだけどな。それを全身に浴びちゃったもんだからもう大変よ。んで、生き残ったのはいいけどそのまんまじゃどうにもならねぇってんでポイされそうになったとき、みてられないってんで大将に拾われたわけ。んでもって、幸い両手は自由に動かせたんで、操舵手やらせてもらったわけよ」
「それで、その鎧を?」
「そそ。オイラ腕はもとから動くんだけどよ、足が全然駄目でな。それを大将がこうやって鎧でどうにかしてくれたって訳だ。ついでに、オイラそのまんまじゃ人前に出られないからさ。それを大将が気遣ってくれて……どうよ。かっこいいだろ?」
「かっこいいわ!」
断言するメアリだった。
ちなみに、ここまでのあいだ、打ち合わせを一切していない。
どうやら二五九六番、芝居の才能があるようだ。
「——ニーゴちゃん、いつも港でお留守番でしたからね」
様子を見守っていたアリスが、ぽつりとそういった。
全員が注目するなか、鎧姿の二五九六番は大きく手を振って、
「おう、嬢ちゃん。これからは一緒に買い物に出かけたり、遺跡に行って守ったりできるようになったぜ、改めてよろしくな!」
めくばせをしたかったのだろう。兜の目に相当する部分が怪しく光った。どうみても怪しいことこの上なかったが——。
「はい、こちらこそです!」
アリスには、その意図がよくわかったらしい。
微笑んで、それに応えたのだった。
■今日のNGシーン
操縦室部分に注目する。
これがあれば……。
「開けるんですか?」
「ああ。慎重にな」
ふたりがかりで、操縦室の扉を開ける。
中には予想通り、黒い機体が鎮座していた。
「なんですか、これ……」
「メガ◯ライブだな」
「メ◯ドライブ」
「セ◯サターンのお兄さんだ」
「◯ガサターンのお兄さん」




