第二五〇話:魔王伝・開演
かつての魔王城大広間を再現したその場所には、
本来魔族の守護獣を象った大きな旗を掲げた玉座の後ろには、
妙な格好を決めている俺の肖像画が掲げられていた。
「タリオン! いますぐ出てきて説明しろ、タリオーン!」
『お呼びですかな? 陛下』
天井より、タリオンの声が響いた。
しかし、本人の姿は見せない。
「タリオン。俺は出てこいといったはずだが?」
「申し訳ございません、陛下。現在少々立て込んでおりまして」
嘘だ。
いかなる理由があろうとも、俺の招集にタリオンが応じないわけがない。
物理的に敵に足止めされているか、あるいはもはや俺の配下でない限りは。
「新たに仕える先をみつけたか?」
『とんでもございません。臣が頭を垂れるのは、いかなることがあっても陛下のみでございます』
「ならば、俺がお前のもとに向かおう」
『いましばらく、そちらでお待ちください。ただいま開演準備中でございます故』
「開……演……?」
何を言っている……?
瞬間、背筋に電流が走った。
いわゆる、いやな予感である。
「総員直ちに城外へ待避!」
「了解、総員直ちに城外へ待避!」
『なりませぬ! ここまで来た以上、お付き合いくださいますぞ――!』
俺の肖像画の目が怪しく光り、次いで壁が、床が、天井が光りはじめる。
『おまたせいたしました! めったにみられぬ臣の大規模魔法、お楽しみくださいませ!』
「雷光号、対閃光防御!」
『もうやってる! っていうか多分これ視覚的な光じゃねぇ!』
視覚的な光ではない?
であればこれは――。
その正体に思い当たった直後、視界が真っ白に塗りつぶされた。
□ □ □
「――リウスさんッ! マリウスさんッ!」
聞き慣れた声で目が覚めた。
いうまでもなく、アリスの声だ。
「アリス……だな。どうして俺は倒れて――!?」
操縦席から床に投げ出されたのか、身を起こしながら俺はアリスをみつめ――驚愕する。
アリスは、服を着ていなかった。
そして俺も、何も着ていなかった。
「な、なんだこれは」
「わかりません。きがついたらみんな同じ格好で――」
「みんな?」
「はい。ほら――あそこです」
それほど離れていないところに、鎧姿のニーゴが立っている。
そしてその後ろに、クリスとアステルとアンとドゥエとリョウコとエミルと、スカーレットとサファイアとオニキスとスピネルが、ぎゅうぎゅう詰めになって顔だけ出していた。
「おまえやっぱすげぇな、アリス! 普通全裸で助けにいかねぇぞ!?」
そういう恥じらいはあったのか、エミルが賞賛する。
「だって、マリウスさんですから」
「――くっ! 私にもアリスさんのような勇気があれば!」
「……いえ、あれは勇気ではなく別のなにかでしてよ、クリスさん」
少しだけ悔しがるクリスに、そんな助け船を出すアステルであった。
「で、なんなんだここは。オレらはどうやってここに閉じ込められた?」
アリスに助け起こしてもらいながら(その際、視線は顔から下にずれないよう、最大限の努力をした。)、俺はあたりを見回す。
白い部屋だった。
光源がどこにもないのに、白い床、白い壁、そして白い天井が見える。
広さは――大型の劇場くらいであろうか。
思い当たることがあって、試しに数歩(クリスたちから背中を向けて)歩いてみるが壁の視差に変化がない。
つまりこれは――。
「暗示をくらったんだ。おそらく俺たちは、各艦の操縦室に今もいる」
「暗示? 催眠術みたいなやつか?」
「ああ、それだ。大方、肉体と精神を分離させたように見せかけたのだろう」
そこで俺は、いつもの格好に戻った。
たいしたことは、していない。
服を着ている姿を想像しただけだ。
「おい、ずるいぞ」
「ですよ!」
「でしてよ!」
クリスとエミルとアステルが相次いで抗議の声を上げる。
「自分で試してみただけだ。――服を着ている自分の姿を想像しろ。普段着でも軍服でもなんでもいい。自分が想像しやすいものだ」
「なるほど……えいっ」
アリスが、早くも順応した。
着ているのは、俺と出会った後はじめて着た、あの秘書官の制服である。
どうも、アリスにはあの服に思い入れがあるらしい。
「そういうことですか。それなら――!」
続いてクリスが適応する。
その姿は、いつもの軍服姿だった。
「ふぅ……やっぱり、これが一番落ち着きますね」
「ご、ごめんなさいクリスちゃん」
「いえ、いいんですよアリスさん。こういうときはマリウス大将の指摘どおり、想像しやすいものが一番でしょうから」
ここはクリスのいうとおりである。
たとえ寝間着であろうが、肌着であろうが、想像しやすいものでないとどうにもならない。
「むぅ……どうしてもこうなりますわね!」
その一例がアステルの過激な水着であった。
船団アリスとして統一されてからはちゃんと軍服を着ていたのだが、いまははじめて出会ったときよりもより過激な格好になっている。
というか、布か?
どちらかというと、紐に見えるのだが。
「マリウスさんみてくださいっ! 私とドゥエ、おそろいです!」
興奮気味にそう話すアンの格好は、聖女の平服であった。
そしてドゥエも、同じ格好になっていたのだ。
「くっそ、どうやってもこうなるのよ……どうなってるのこれ」
「その格好に一番思い入れがあるということですね! お姉ちゃんうれしいです!」
「喜ぶんじゃないわよ、それってつまり、姉さんの地位を簒奪してた頃が想像しやすいってことよ!」
なるほど、ドゥエにとってはそれが一番想像しやすいのだろう。
そして――。
「なんでおまえたちは武器を想像しているんだ、エミル、リョウコ」
このふたりは以前全裸のまま、それぞれ機撃銛と刀を作り出していた。
「いや、なんどやっても獲物になっちまってな」
もはや隠すのを諦めたのか、仁王立ちで武器を軽く振りながら、エミル。
「必死に服を想像しているのに、刀しか出てこないんです! これは切腹しろということでしょうか!」
二本の刀を器用に交差させて要所要所を隠したリョウコが、ほぼ涙目で訴える。
さすがというかなんというか、武門出のふたりは身につけるものとして、真っ先に武器を想像してしまうのだろう
「仕方ない。ふたりとも、そこでじっとしていろ……」
少しだけ目を閉じて、意識を集中する。
「これでどうだ」
「お、おおー!」
「かたじけないです!」
簡単な話である。
俺の思考の一部を分割して、エミルとリョウコの服に意識を向けたのだ。
複数の魔法を同時に扱うときの、並列思考。
少々上級の技術だが、これがあるとないとでは、魔法戦は大きく違う。
「大将、すまねぇが……こいつらも頼む」
ニーゴがすまなそうに、背後を指さしながらそういった。
そこには両手で身体を隠した紅雷号四姉妹が、恥ずかしそうにこちらをみている。
「普段は服の概念がないからだろうな……さすがに四隻分は難しい。少し簡略化させるぞ……」
そういうわけで、紅雷号四姉妹は練習に使う、水着状の服にした。
これならば単純な構造のため、俺の思考を分割しても負荷がかかりにくいからだ。
「さて、これで全員分だな? ――そろそろ出てこい、タリオン。貴様の企みの少なくともひとつは、粉砕してやったぞ」
『さすがでございます、陛下』
俺たちの目の前に、タリオンの幻影が現れた。
「前にみたときもそう思ったが、最後にあったときと変わらんな」
『それは当然でございます。姿形が変われば、臣を臣とは思いますまい?』
おそらくは、変装の魔法を使用しているのだろう。
あれから何百年経ったのか未だにわかっていないが、世界の変わり様からみるに、いくら長命の魔族でも姿が全く変わらないのはありえないからだ。
『本来は肉体と精神を分離し、過去への旅へとご招待――のつもりでしたが、案の定見破られましたな』
「貴様のことだ。挨拶代わりのつもりだったのだろう?」
『仰るとおりでございます。さすがは陛下――さて』
俺から視線を外し、その場にいる皆を見回しながら、タリオンは続ける。
『陛下の新しき臣たる皆々様――若干、そうでない者もいらっしゃるようですが……上司? ご冗談を――このたびは絶海虚構船団ヴォイドまでようこそお越しくださいました』
明らかに不審、そして警戒された表情でみつめられているのにもかかわらず、タリオンは演説を続ける。
『これから皆様には、陛下がお話しにになられていない過去を観ていただきます。その上で、陛下の臣を続けるか、はたまた去るか……それは皆様次第でしょう。できうることでしたら、陛下の先兵となりて、人間の殲滅にご協力いただければ幸いですが――おっと、前置きが長くなりました』
タリオンは、手にした高価ながらも装飾の少ない、造りのいい杖をふるった。
すると、なにもない白い部屋に、三列の長椅子が現れる。
『ご着席ください、陛下の新しき配下の方々! これより魔王伝の開演でございます。最後まで、ごゆるりとお楽しみください!』
言われるままに俺たちが着席すると、白い部屋に明滅する光の奔流が流れはじめる。
つまりここは、すべての面が表示板のように風景を映すことができるのだろう。
はたして、光の本流が消え去った後のその風景は――。
懐かしき荒野であった。




