第二十四話:死の罠、そして。
■登場人物紹介
アンドロ・マリウス:勇者に封印されていた魔王。
アリス・ユーグレミア:魔王の秘書官。
二五九六番:元機動甲冑。現海賊船雷光号。
メアリ・トリプソン:快速船の船長。
ドロッセル・バッハウラウブ。メアリの秘書官。
【今日のお題:自分の愛用武器について】
「光帯剣だな。威力もそうだがなにより見た目が素晴らしい」
「どうみてもライト◯ーバー」
「そこ、うるさいぞ」
「わたしはマリウスさんにもらった拳銃です」
「もらったばかりみたいだけど、大丈夫なの?」
「恐ろしいことに、練習させたら30発中30発命中した。揺れる船上で」
「なにそれこわい」
『オイラの愛用武器? そら二連装計四門の主砲よ。もう見えても三連射までは間をおかずに撃てるんだぜ?』
「自分で改造しておいてなんだが、謎の技術だな。それ……」
「メアリのは、細身の剣だな」
「そうよ。これといって特色はないんだけどね。いざという時に刀身が火薬で飛んでいくくらい?」
「特色すぎるくらい特色なんだが」
「ドロッセルは」
「秘書官は武器を持たない。武器を持つ時、それすなわち自陣営の敗北」
「わたし、銃持っているんですけど」
「よそはよそ、うちはうち」
「自分で使う例、はじめてみたな……」
最初の遭遇戦を経てからは、遺跡の探索は順調だった。
俺の仮の素性が、遺跡の蒐集と管理を行ってきた一族の出というということになっているためだろう、一度潜って調査と収集と行ったはずのメアリとドロッセルは、この遺跡を一から紹介してくれた。
そのおかげで、わかったことがある。
ここは間違いなく魔族の前線基地で、最盛期にはそれなりの人員と装備を誇り、そして何らかの理由で内部に物資を残したまま放棄されていた。
様式が微妙に違う理由は、やはり俺が封印されたあと戦局が逼迫してきたためらしい。そのためその造りは随分と簡略化されていてどこがどうなっているのかが、割と時間をおかずに把握することができた。
そのおかげで——。
「これで、灯りが復旧されるはずだ」
その制御盤がある場所を割り出し、魔力を注入する。
それにより元前線基地の遺跡内に、照明が戻った。
「さすがは専門家」
ドロッセルが、感服したかのようにそう呟く。
「そしてあそこが、斥候が湧いて出てきた装置だ」
俺は天井を指さす。灯りの制御版は床下にあったが、それは日常での整備性を考慮してのことで、監視用の仮装生物生成装置はそう簡単に手出しできない位置にあるのだ。
「アレだったのね……いままでずっと気付かなかったわ」
腕組みをしながら、メアリがそう唸る。
「でもあの高さがあるから、後ろに回り込んだり出来た訳ね。納得したわ」
最初にあった襲撃では、前から襲撃してきたあと、真後ろからも仮装生物が飛び出てきた。
一本道で後ろからの奇襲はあまり想定されないため決まりやすいものだから、そのように設定したのだろう。
天井が高い利点を活かした仕掛けだった。
「少し待っていてくれ。止めてくる」
「止めるって……あんなに高いのに、どうやるんですか?」
「やりようはいくらでもある。綱と、それにあったら鉤爪を貸してくれ」
幸い、どちらもメアリが持っていた。
鉤爪はないだろうと踏んでいたのだが、重量物を引き倒す時、あるいは運搬するときのために用意していたらしい。
俺はそれらを借り受け、簡単な投げ縄を作る。
「これでどうだ」
鉤爪部分を振り回して投擲し、天井部分のとっかかりに引っかかることができた。あとはしめたものだ。
俺は綱で身体を支えると、壁を足がかりにして登りはじめた。
風の魔法を応用して飛んだ方が楽だが、アリスはともかくメアリやドロッセルの前でそうするわけにもいかないだろう。
「よし、これで止まったぞ」
仕組みは単純だった。魔力がないと操作できないが、その分複雑化する必要はないと踏んだのだろう、分解も解析も必要なく操作することができた。早速、向こう一週間は斥候が出ないように調整し直す。他にもこの装置があるかもしれないが、少なくともここを警戒する必要は無くなったわけだ。
帰りはそのまま、ほぼ飛び降りる形で着地する。同時に手首をひねって投げ縄を天井から外すことも忘れない。
「マリウスさん、結構身軽なんですね!」
感心したかのように、アリスがそう言った。
「木登りの類は昔から得意でな」
「木……?」
「帆船の帆柱(作者註:マストのこと)だと思っておけばいい」
今のは軽率だった。幸い、メアリもドロッセルも疑問には思っていないようだが……。
「さて、これであらかた見て回ったと思うが——」
「そうね。それじゃ、一番奥に行きましょ」
メアリによる号令のもと、通路の一番奥に進む。
通路といってもこの広さと天井の高さから考えるに、一番奥にあるのはおそらく——。
「これよ」
それを片手で叩いて、メアリ。
「これよこれ! どうやっても開かないの」
「これは……」
扉と聞いていたが、大きさが想定外だった。
幅は通路いっぱい、高さは天井に達している。
つまりこれは、機動甲冑の——。
「おそらくは、格納庫だな……」
「何の?」
ドロッセルが訊く。
「大昔に使われていた、兵器のだ」
この形式なら、右端に操作盤があるはずだが——よし、あった。
この扉、魔力に反応するようになっている。
魔族でなければ、開けられない。
つまり、俺でなければ、開けられない。
そういう仕様だから、いままでずっと手付かずだったのだろう。
「開けるぞ。開けるが——十分に注意してくれ」
「わかったわ」
「了解した」
「きをつけます!」
それぞれの了承を得てから、俺は操作盤をいじって、扉をゆっくりと開く。
そこにあったのは、予想通り機動甲冑だった。
装備は剣と盾だけだが、その様子は俺が封印される前と同じ姿のものだ。
「アリス、メアリ、ドロッセル。これをみたことは?」
三人同時に、首を横に振る。
やはり、そうか。
「教えてほしい、これは——この兵器は?」
「機動甲冑という。大昔——この世界が海に覆われる前からあった人型の兵器だ」
「へぇ……強いの?」
「海の上に出なければ、な」
現在の世界に適応し、さらに俺が改造を施した雷光号と違い、機動甲冑は水に浮かない。
それ故陸上ならともかく海に出てしまえば一方的に砲撃し放題となるだろう。
「さて、どうやって運び出すか」
一番簡単なのは、俺がそれに乗って移動することだが——。そう思った、次の瞬間。
「マリウスさん!」
アリスが、鋭い声をあげた。
「どうした」
「いま、それが少しだけ動きました——」
「なに!?」
慌てて距離を取る。
二五九六番と同じく自由意志だろうか。あるいは——。
『侵入者よ』
感情のこもっていない声で、機動甲冑がしゃべった。
『この障壁をこじ開けし侵入者よ』
周囲が鳴動する。機動甲冑が動こうとしているのだ
『その浅はかさ、己が命をもって償え』
確定した。この言い回しは間違いなく、
「死の罠だ……」
かつて、俺が封印される前。
拠点がどうしても守りきれないときのために相手を誘い込み、殲滅する罠の計画があった。
基地の奥にまで誘い込み、そこに死蔵してあった無人の兵器で無差別に攻撃を行い、敵の損耗を強いる。
これは、そのひとつだ。
無駄だとわかっているが、一応扉を閉めるよう操作してみる。
案の定、こちらの入力は受け付けなかった。
「逃げるぞ!」
「その前にやることがあるわ!」
メアリとドロッセルが、小さな樽を機動甲冑の足元に投げつける。すると樽は簡単に壊れ、中に入っていた粘液状のものが、粘りつくように広がっていった。
「今のは?」
「足止め用のトリモチよ! 本当はもっと小さいのにやるんだけど、ないよりマシでしょ!」
違いない。
俺たちは通路を逆に、昇降機へと向かって走る。
相手が剣だけでよかった。飛び道具を持っていたら逃げている間に撃たれていただろう。
昇降機までの距離、あと半分。トリモチがどこまで効くかわからないが、船まで撤退できればもうこちらのものだ。
——だが、そこで大きな足音が響いてきた。
「追ってくるわよ!」
剣を抜きながら振り返り、メアリが叫ぶ。
「俺が足止めする! 全速力で昇降機まで急げ!」
同じく光帯剣を引き抜いて、俺。
「アリス!」
「はいっ!」
「ここは俺が食い止める。皆を連れて先に行け」
「でもっ!」
「案ずるな」
意図的に凶悪な笑みを浮かべ、俺は小声で言う。
「少し、本気を出すだけだ」
「——わかりました。でも、無理はしないでくださいね」
「承知している。行け!」
光帯剣を構えたまま、呼吸を整える。
やがて、思い足音を響かせて、機動甲冑の姿が現れた。
「ひとつだけ、言っておく」
『侵入者よ』
「俺は侵入者ではない」
『この障壁をこじ開けし侵入者よ』
「アンドロ・マリウス・ソロ・ゲーティア・36の72! そなたらを導く魔王である!」
俺の背後に、雷でできた翼が生え、一瞬で消える。
名前を全て名乗った時に発動する、本人を証明する魔法の一種だ。
『その浅はかさ、己が命をもって償え』
駄目だった。この機動甲冑に自分の意思はない。
二五九六番という例があるからもしかしたらという希望もあったが、この死の罠が設置された時はまだ、実用に至っていなかったのだろう。
「主人を見忘れたか。哀れな」
熱病に冒されたかのように迫る機動甲冑を見やり、俺はひとり呟く。
『その浅はかさ、己が命をもって償え』
「その浅はかさ、己が命をもって償え」
ほぼ同時に、そう言って。
俺と機動甲冑は互いに必殺となる一撃を繰り出した。
……。
ふ。
ふは。
ふはは!
ふははは! ふはははは!
ハハハハハ! ハーッハッハッハァ!
「マリウスさん」
「——アリス、か」
残骸と化した機動甲冑の前に座り込む俺の背中に、アリスは声をかけていた。
「この大きな兵器はマリウスさんのものだったんですか?」
「ああ、そうだ。俺が作り、俺が仕掛け方を考え、俺ではない誰かが仕掛けたものの——俺が壊した」
なんという皮肉だろうか。
「マリウスさん……」
ふと、背中に柔らかい感触があった。
アリスが、背中から抱きついてきたのだ。
「なんの真似だ?」
「いえ。なんとなくですけど、こうした方がいいと思って」
「そうか……好きにしろ」
普段であればそれほど嬉しいことではないので振りほどくところであったが、不思議とそんな気になれなかった。
「アリス、マリウス! ものすごい音だったけど無事——なによこれ?」
「撃破、した? あなたひとりで?」
「ああ、そうだ」
一度昇降機をのぼってから降りてきたのか、少し間を置いてから、メアリとドロッセルが到着する。
その時にはもう、アリスは抱きついていた姿勢から、俺から一歩はなれて直立不動の姿勢になっていた。
察するに、他の誰かには見せたくなかったらしい。
「嘘でしょ……なにやったらそうなるのよ」
「悪いが、どうやったかは門外不出だ。外に漏れると何かと厄介なことになるからな」
「それは同意する。それにしか効かないとしても個人がこれだけの力をもっていると周囲に知られるのは危険」
「察してもらい、助かる。さて——」
俺は、ゆっくりと立ち上がる。
「一度最深部に戻ろう。これを整備していた装置が残っているはずだ。おそらく、かなりの価値があるぞ」
「それはいいけれど……これはどうするの?」
バラバラになった機動甲冑をみながら、メアリがそう訊いてくる。
「それは、俺たちに優先的に譲ってもらいたい。——ああ。運ぶのが手間だがな……」
だがまぁ、なんとかなるだろう。
「わかったわ。それじゃ行きましょ」
「メアリ、念のため前方に注意を」
「わかってるわよ」
メアリとドロッセルが、少し先を進みだす。
「アリス」
「はい?」
「礼を言う。ありがとう」
「——どういたしまして」
メアリとドロッセルにみえないように、アリスが俺の手を握る。それに応えるように軽く握り返し、俺は再び、遺跡の奥へと歩き出したのだった。
■今日のNGシーン
「マリウスさん……」
ふと、背中に柔らかい感触があった。
アリスが、背中から抱きついてきたのだ。
「……結構大きいな」
「……マリウスさんも、結構余裕ですね」




