第二十三話:愛剣
■登場人物紹介
【今日のお題】
アンドロ・マリウス:勇者に封印されていた魔王。
【自分の髪型について】「銀髪のストレートロングだが、今は黒にしてうなじ辺りで縛ってある」
アリス・ユーグレミア:魔王の秘書官。
【自分の髪型について】「金髪で肩くらいまでの長さでしょうか。カチューシャとかリボンとかをきぶんでつけることがあります」
二五九六番:元機動甲冑。現海賊船雷光号。
【自分の髪型について】『オイラ髪ないからわかんね』
メアリ・トリプソン:快速船の船長。
【自分の髪型について】「所謂栗色ね。髪型は読者さんの世界だとポニーテールって言うのかしら」
ドロッセル・バッハウラウブ。メアリの秘書官。
【自分の髪型について】「黒のベリーショート。ただし何らかの事情で画像化、映像化された場合、大人の事情で深い藍色になる模様」
「大人の事情とか言うな」(マリウス)
砦の中は、本当に簡素だった。
必要最低限の寝泊まりができる設備しかなく、防備用の武器もないに等しい。
言ってしまえば、この建物はただの箱だ。
しかし、その中央部には唯一価値のあるものがあった。それは——。
「昇降機……!」
「そう。それがこの砦で唯一にして、もっとも重要なもの」
荷物を下ろしたドロッセルが、そう言った。
一度に運べる量は、立ったままなら十人ほどだろうか。
斜めに掘られた坑道の上に敷かれた軌道(作者註:レールのこと)を地面と並行のまま降れるようになっており——つまり、軌道に対し斜めに取り付けられているわけだ——その先は暗くて見えない。
「下には灯りはないわ。今のうちに用意して」
ドロッセルに言われて、俺とアリスは携帯用の灯りを用意する。
「えらく小さいわね……光量大丈夫?」
「大丈夫だ。問題ない」
大きさが筆記具ほどしかないのを訝しがっただろう、メアリがそういうので、俺は目の前で試験点灯させる。
「うおっ、まぶしっ!」
「そこ、遊ばないで」
案の定というかなんというか、ドロッセルに叱られてしまう。
「ただ、その光量は素晴らしい。まるで劣化のない発掘品のよう」
「そうかもしれないな」
実際は発掘島への航行中に俺が作ったものであるから、当然だろう。
「昇降機の準備ができたわ。全員乗って」
ドロッセルの指示で昇降機に乗る。
それそのものはカゴのようになっており、真ん中に制御装置があってそれをドロッセルが操作していた。
「いいわね?」
「ああ」
「大丈夫です」
「いつでも!」
「では、行くわ」
その一言と主に、昇降機は音も無く動き出した。
俺たちはそれぞれ準備してきた灯りをつける。
坑道そのものはそれなりの広さがあった。もしかすると、後から掘ったものではなく、元からあったものなのかもしれない。
「移動中に伝えておく。探索において、最も重要なのはこのひとこと」
俺、アリス、そしてメアリの注目を集める中、ドロッセルは小さく息を吸って、
「『まだいけるは、もう危ない』故に、疲れたらすぐに申し出てほしい」
その場にいる全員が頷く。
それぞれ危険をかいくぐってきただけのことはあって、皆真剣に聞いていた。
「ちなみに時々変なのが出るから、要注意よ」
普段から腰に下げている細身の剣に触れながら、メアリもそう忠告する。
「何が出た?」
「なにか蝶のようなものや、鳥のようなのね」
「——ようなの、とは?」
「なんか変なのよね。斬っても手応えがないっていうか」
アリスが息を飲む。俺が何度も魔力で仮想生物を作り上げてきたのを、見ているためだろう。
「それでその後に、小型の海賊みたいなものが出るわけか」
「その通りよ。さすがは発掘品の専門家ね!」
もう間違いない。ここは、魔族の生き残りがつくった設備だ。どこまで稼働しているかわからないが、少なくとも、巡回用の仮想生物と、警護用の動く石像まで配置してある。
その両方とも、おそらく魔法具で定期的に生み出されるようになっているのだろう。
もしくは、俺と同じ魔族の生き残りがいるか、だが……後者はあまり期待しない方が良いのかもしれない。
「ところで、気になっていたのだけれど」
ドロッセルが、アリスの腰に収まったそれを見て言う。
「アリスさんのそれは、銃?」
「はい、マリウスさんからいただきました。使い方も、ひと通りは習っています」
ただし、銃口から飛び出るのは弾丸ではなく、俺が装填した雷の魔法だ。
それ故、危険が迫った時以外、使わないように厳命してある。
通常の戦闘では、俺ひとりでふたり分動けば何も問題は無いからだ。
「それにしては、小さい。普通はもう少し長く、重たいはず」
「なんでも、拳銃と言うそうです」
「初めて聞くが……なるほど」
それはそうだろう。船を降りる前に、俺が暫定的にそう名付けたのだから。
装填数は三発分。全部命中させれば、機動甲冑すら撃破できる。
その威力故に、滅多に使ってはいけないと言う側面もあるのだか、アリスはそれほど軽はずみなことをしないので、そこは心配していない。
「そういえば、マリウスのそれ、なに?」
俺の腰に提げてあるものをみて、メアリが興味深げに聞いてきた。
「護身用の武器だ」
「武器? それにしてはなんか短いけど……短剣や棍棒じゃないでしょそれ」
「そうだな。まぁ使わないことに越したことはないから詳細は説明しないが——」
そう言っている間に、昇降機は到着した。
ドロッセルが据え置き型の灯りを設置する。
万一はぐれたときのための、目印らしい。
「ドロッセル、この遺跡の構造は?」
「単純な一層構造。通路も一本道で、右側にだけいくつかの大きな部屋があるだけ。ただし、内部はそれなりに広い上に、最深部には開かない扉がある」
「なるほど」
「天井も高いので上から何か来る可能性はある。注意して」
「わかった、気をつけよう」
察するに、小、中規模な前線基地といったところだろうか。
地下に埋めた理由はわからないが……ああ、いや。違った。
海が、上がってきただけか。
俺たちは、一列になって進む。先頭を灯りと探索用の長い棒を持ったドロッセル、二番目をいつでも剣が抜けるように構えたメアリ、三番目に灯りを掲げたアリス、そして最後尾を俺が務めている。
「(見覚え、ありますか?)」
アリスが目配せしながら小声でそう訊いてきた。
「(多少はな。だが何が出て来るかわからん。油断はするな)」
「(わかりました)」
実際、細かい部分は俺の知る様式と微妙に異なっている。それが戦局が逼迫したことによる変更なのか、それともただ月日を重ねて行くうちに変わっていった仕様なのか、俺には判別付かなかった。
あれから、どれだけ経ったのだろう。
あれから、どんなことが起こったのだろう。
——突然、ドロッセルの足が止まった。
「気をつけて! なにかが出てきた」
メアリがほぼ反射的に細身の剣を抜いて、前に出る。
俺はまだ腰に提げているものには触れず、ただ前方のアリスを庇う。
アリスとドロッセルを中心に、メアリと俺とで前後を固めた次の瞬間——。
前方の暗闇から、突如鳥型の仮想生物が飛び出てきた。
俺が普段偵察用に使う、小型の鳥を模したものではない。相手を襲うことができる、肉食の猛禽類を模した鳥だ。
「よいしょっ——とぉ!」
その両脚から繰り出される鋭い爪の一撃はしかし先頭に躍り出たメアリには届かず、代わりに真正面から彼女の剣を食らうはめとなった。
空中でしばしもがいてから、猛禽の仮装生物は消失する。
「ふぅ……」
「剣も得意なのだな」
「当然よ!」
そう言いながらも、メアリは前方の闇をにらんで動かない。
腕もさることながら、経験もかなり積んでいるのだろう。
封印される前の俺であったら、小隊長、あるいは中隊長に抜擢——、
「マリウスさんっ」
「——ふん」
アリスの警告と俺の身体の反応は、ほぼ同時だった。
真後ろから再び猛禽型の仮想生物が襲ってきたその瞬間で、腰に提げたそれを引き抜く。
そのひと動作で、安全装置が解除。小さな羽音のような駆動音を響かせて、刀身が形成された。
これぞ、魔法と技術の集大成のひとつ。
光の魔法を力場で固定させた、光帯剣だ。
並みの装甲であれば生身のものを剣で斬るように、頑丈なものでも時間をかければ溶断することができる万能剣。
それを実証するように、大して腕に力を込めず俺は猛禽の仮想生物を一刀両断していた。
ふ。
光帯剣を片手で持ち直し、静かに下にさげる。
それを感知して、刀身が光の粒となって消失した。
ふは。
ふはは。
久々に剣を振るったが、腕は落ちていないようでよかった。
この光帯剣、片刃剣の峰や両刃剣の平に相当する『触れても安全な場所』が無いので扱いは難しい。
「な——」
ドロッセルが絶句する。
「な——、なにそのかっこいいの!」
メアリはメアリで、別の意味で絶句していた。
「この武器、二五九六号ちゃんも装備できたら強そうですね」
「その手があるな」
ひとり冷静なアリスの指摘は、正しい。
俺も時間さえあれば、巨大な機動甲冑用も作るつもりであったのだが、残念ながらあの忌々しい勇者との最終決戦には間に合わなかったのだ。
「それより貸して貸して! あたしにもそれ貸して!」
「駄目だ。いかに剣が得意でも、慣れていないうちは振り回すと怪我をする」
実は俺自身当初は使いこなせる自信がなかったので、軽い火傷で済む練習用のものを作って、何度も鍛錬を積んでいたりする。
そうでもしないと、うっかり自分自身を斬りかねないからだ。
「ちぇっ」
「練習用と思しき物もある。戻ったら貸すから、まずはそれで練習するんだな」
あからさまに落ち込んだメアリのために、そう言ったのだが……。
「あの、マリウスさん。それ……わたしの分も、ありますか?」
「あ、ああ……探してみよう」
なぜかアリスもくいついてきたのであった。
気に入ったのか——気に入ったのか!?
■今日のNGシーン
「ちなみに時々変なのが出るから、要注意よ」
普段から腰に下げている細身の剣に触れながら、メアリもそう忠告する。
「何が出た?」
「カタツムリとか、網タイツをはいた鯛とか……」
「パ◯ワ島か、ここは」




