第二一四話:うちの姉には聖女の矜持がない!
「船団ジェネロウスは、船団シトラス麾下に入ります! それと、私は雑用でもなんでもいいので、雇ってください!」
「聖女が気軽に求職するんじゃあない! それとマリウス! 真に受けて姉さんに変な役職を与えないように!」
機動要塞『シトラス』迎賓室。
船団の外から貴賓が来た場合のために作ったその部屋は、かなり豪奢な(俺の趣味でもクリスの趣味でもなかったが、こういうものはそこそこ派手にやらないといけない。それは、封印される前に魔王領で内政していたとき、痛いほどわかっていた)造りかつ、政治的なあれこれを配慮して、外部の声が一切聞こえず、また内部の声も一切漏れない静謐な部屋であるはずであったが……。
いまはただ、姉妹喧嘩の場となっていた。
「そもそも船団シトラス麾下に入るってなによ! あのときそうならないようにしたのは、マリウスでしょ!」
「あのときといまとは、事情が異なります! それにあのときは――あのときは、マリウスさんが、いえ! マリウス様が、初代聖女灰かぶり猊下であらせられるとは、思いもしませんでしたしっ!」
確かにそうなのだが、それはあくまで結果的な話で、おそらくは俺が封印されたあと人間側が残した資料が曲解されたものにすぎない。
というか、本当にやめてほしい。
この場には聖堂聖女アンと提督聖女ドゥエのブロシア姉妹しかいないが、仮に船団ジェネロウス幹部――さらにはジェネロウスの民がいたら、とんでもないことになったのは間違いない。
――まてよ?
「アン」
「はい! なんでしょう初代聖女灰かぶり猊下!」
「いや……普通にマリウスで頼む。本当に、頼む……!」
なぜ魔王が聖女になったのか……!
よもや、タリオンの謀略の一部ではあるまいな。
そう思う、俺である。
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北方。
元・北海船団ポセイダル。
現・絶海虚構船団ヴォイド。
「ご安心ください陛下。臣の謀ではございませぬ」
『〇〇六番――』
『いい加減慣れろ、〇一〇番。それと〇七八番の複製量産の準備はどうだ?』
『欠番であった〇七九番に当てるという話だったな! ハハハハハ! 順調だ!』
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「それでアン」
「はい、なんでしょうマリウス管理官閣下」
聖堂聖女であるアンが俺の敬称に閣下を付ける必要はないのだが、そこは初代と今代のけじめというものであるらしい。
そこはまぁ、わからなくもないので追求しないこととする。
「俺がその――しょ、初代聖女だという事実は、どの段階まで共有されている……?」
船団内全員ということはまずないだろう。
だが、ある程度は周知の事実になっているといってもいい。
「どの段階もなにも、私とドゥエだけですね!」
一瞬も迷わずに、アンは即答した。
続いてドゥエが皮肉気に片方の眉を上げて、
「初代聖女が股間に立派なものをぶらさげてました――なんて知り渡ったら最後、暴動よ、暴動」
「股間に立派なのとかいうな」
頭に提督とついているとはいえ、聖女は聖女だろう。
「ドゥエの言い方はちょっと――はしたないですけど、本質は一緒です。いままで遠ざけてきた男性が――その、初代聖女だったというのは……」
なるほど、船団ジェネロウスの中心部にある島は、男性は入ることが出来ない。
これはドゥエが聖女を簒奪騒ぎを起こした際新たに加えたものであったが、実際島の中枢部分、アンのいう聖堂は昔から男子禁制であったのだという。
「あぁ、ちなみに島の他の部分には男は立ち入りできるようになったわよ。色々と不便だったから」
気まずそうな表情で、ドゥエが解説する。
当の禁制をひいた本人であるからだろう。
「はい! おかげで、家庭を持つ者はだいぶ生活が楽になったようです! これもマリウス様のおかげですね!」
「俺ではない。マリスの功績だ」
ブロシア姉妹の警護として背後に控えているマリスが、抗議の視線を俺に向けた。
たしかにあの島にいた間の大部分は、マリスの自我はまだ芽生えておらず、代わりに俺が遠隔操縦をしていたのだが、生憎そのことを公表するつもりはない。
仮に公表すると、よけいな混乱を招くのはマリスも承知しているのだろう。
故に、視線のみの抗議で済ませてくれるのは、こちらとしてもありがたかった。
「とにかく!」
ここで押し切ってみせるという自信をみなぎらせて、アンは続ける。
「初代聖女であるマリウス様の麾下に加わるというのは、歴代聖女にとってこれ以上ない栄誉です。それが出来るのなら、いまやってしまうのが道理ですよっ!」
「公表してりゃあね! 現状じゃ、最近ブイブイいわせてる景気のいい船団に、歴史の重みを持つはずのウチが頭を下げに行くようなもんでしょ!」
ブイブイいわせてる景気のいい船団。
いや、その表現に間違いはないのだが。
「だからといって、初代聖女のこと公表してみなさいよ。最初にも言ったけど暴動よ、暴動。信心深い信者にとって、憧れのお姉様である初代聖女が男だったなんて知られてご覧なさい、殉教者大量発生よ!?」
「す、舞台に定期的に立ってもらって慣れてもらうとか?」
「ないわよ!」
「ないわ!」
思わずドゥエと一緒に叫んでしまう俺であった。
「え、でも……たとえば、私が舞台で歌っている途中の間奏で、マリウス様が踊りを交えつつ重低音で祝詞を高速詠唱したら格好良くありません?」
一瞬、場が静まりかえった。
「たしかに、それいけそ――じゃない!」
最も早く、ドゥエが我に返る。
というか、アリスもクリスも、マリスですら、何故『イケる!』という顔をしているのか。
それがわからない!
「だいたいそれでウケたとして、その先どうするのよ」
「一曲終わったら、私が実はこのマリウスさんが、初代聖女でしたって発表すれば、多くの民に受け入れられるなかなって……」
「ただの爆弾発言じゃないのよそれ!?」
俺もそう思う。
だから、アリスもクリスもマリスも、そしてアンも、いけるのに……という顔をしないでほしい。
「もう……! じゃあドゥエはどうやったら私達船団ジェネロウスがシトラス麾下につくことを認めるんですかっ!」
「まず私はどうなってもいいけれど、姉さんの地位を絶対保証。できるなら聖堂なんて文字を消してただの聖女に戻すこと。軍務と政務は譲るけど、信仰の自由は保障すること。こんなところかしら」
「じゃあそれで」
「ちょっ!?」
「ただ、ドゥエの立場もある程度保証してくれることを希望します」
「そんな都合のいい条件、マリウスが飲むわけないでしょ!」
「――いや、飲むが」
「飲むの!?」
もう一度、場が静まりかえった。
ただし、今度は熱に浮かれた空気はない。
ここから先の一言一句で、各の船団の未来が変わることを理解した、緊張をはらんだ沈黙であった。
「船団シトラス管理官にして、初代聖女猊下であらせられる、アンドロ・マリウス様」
いままの雰囲気から一変し、実に聖女らしい厳かな雰囲気と言葉遣い、そして凜とした芯のある声で、聖堂聖女アン・ブロシアは言葉を続ける。
「既に船団フラット、船団ルーツを併合し、北方の海賊船団に備えるという貴殿の判断を、私は尊重致します」
皆があっけに囚われる中、涼やかな視線を俺に向けて、アンは続ける。
「また、この事態においてもはやジェネロウス単独では、どうすることもできません。かくなる上は、いつつの船団がひとつとなり、北方船団に立ち向かうことが最善となりましょう」
「……仰るとおりです、聖女猊下」
こちらも口調を改めて、俺はそう答える。
フラットもルーツも、俺から併合を打診した訳ではないが、結果としていつつの船団はひとつにまとまりつつある。
それがなせれば、タリオンの率いる北方の海賊船団と、対等以上に戦うことは可能であろう。
「――で、あれば。先ほど提督聖女ドゥエ・ブロシアが申し上げた条件で、併合していただくということでよろしいでしょうか。出来ることなら、彼女の地位も保証して」
「可能です。聖女猊下。また、元フラット、ルーツ護衛艦隊の司令官はそれぞれ元帥の地位を保証しております。提督聖女ドゥエ・ブロシア猊下にも、元帥の地位を保証致しましょう」
「……その温情に感謝致します。それでは、のちほど正式な手続きを」
「了解致しました。聖堂聖女猊下」
ポンと、手を打ち鳴らす音がした。
アンが自分の胸の前で、両手の平をあわせたのだ。
「やりました!」
「ね、ねぇさん……」
あっけにとられた様子で、ドゥエがそう呟く。
「ほら、ドゥエももっとキリッとして! 提督聖女の地位はなくなったけど、元帥に叙されたんですよ! 元帥!」
「あ、うん……ありがとう」
「それじゃマリウス様! 私はしばらくこの船団に保証人として残ります! 現在ジェネロウスの艦隊がこちらに向かっている最中ですが、いちどドゥエを戻して合流させ、あらためて併合の手続きと、人員の派遣とを行うという形でいいでしょうかっ?」
「あ、ああ。それで構わない」
いつもの調子に戻ったアンに俺もすこしばかり驚きを隠せなかった。
「それではドゥエ、指揮の方、よろしくお願い致します! 私はここでしばらく皆さんと交流を深めますので!」
「それはいいけど、ウチの艦から何名か護衛は出すわよ。あの選抜試験の時のアヤカたちだから、大丈夫でしょ?」
「はい! 大丈夫です!」
「じゃあそれで。マリウスしばらくねぇさんを頼むわ」
「いってらっしゃーい!」
「姉さんも一緒に来るの! 滞在用の荷物を渡すからついてきなさい! まさか、着の身着のままでシトラスにいるつもり!?」
こちらもいつもの調子に戻ったドゥエが、不満げな様子のアンの首根っこをひっつかみ、ずるずると迎賓室の外へ引きずり出していく。
「なんというか――」
呆気にとられた様子で、アリスが呟いた。
「アンさんに、載せられましたね――」
アリスと同じような表情で、クリスが続ける。
「ああ、そうだな……」
俺も、そんな顔であったに違いない。
ブロシア姉妹に続き、マリスが一礼して、扉が閉まる。
かくして船団ジェネロウスも、船団シトラスの麾下に入ったのであった。
「雷光号叔父上。今回の件、自分には全くわけが分からなかったのですが——」
「……んー、まぁ、スピネルにはまだ早いんじゃねぇかな」
「父上の衣装は前が開いた白いジャケットに、同じく白いパンタロンで舞台に立てば、映えること必至であると思いました! なんとかマスターのボ○ージュのように!」
「話にがっちりついていってんじゃねーか」




