第二一一話:フラット艦隊大返し
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船団フラット護衛艦隊旗艦水母戦艦『轟基』作戦会議室。
その部屋には艦橋を当直の士官達に任せた、船団フラット護衛艦隊の幹部たちが勢揃いしていた。
上座中央に座るのは、船団フラット護衛艦隊司令官エミル・フラット総代大佐(元帥相当)。
その隣に直立する、威風堂々した大男は、ユウザ・フィクスター組頭大佐(大将相当)。
エミルの左右に座って控えるのは、若衆大佐(准将相当)と、文字通りの重鎮である。
「――以上が、オレの出した結論だ」
背筋を伸ばし、正面を見据えたままエミルは言葉を結んだ。
そしてそのままの姿勢で、沈黙する。
対する幹部達も、静かなままであった。
だが、涼やかな表情のエミルと違い、彼らの顔面には、脂汗が浮いていた。
「なにか、質問はあるか? いっておくが、いまのうちだぞ」
「質問というか、その……本気なんスか……?」
おそるおそるといった様子で、中程の席に座るまだ若い幹部がそう質問をする。
「ああ。本気も本気、大本気だぜ?」
エミルの返答に、会議室中が騒然となる。
当然だろう。
エミルからの提案は、それだけ突飛なものであったのだ。
「でも、なんであいつらとなんです?」
今度は別の、やや年長の幹部が、挙手して訊く。
「いま、連中とは非常にいい関係が築けています。このままでもいいのでは?」
「いい関係が築けているからだよ。そもそも、だ」
ぐるりと幹部達を見渡しながら、エミルは続ける。
「マリウスはなんで、いつつある船団からシトラスを選んでやってきた? たとえばなぜ、ウィステリアじゃなかった?」
「そ、それは……彼の船団は貴族主義に固まっていたから――」
「そうだな。じゃあ、ジェネロウスは?」
「多少はマシになったとはいえ、聖女を中心とする信仰集団だから……?」
「それも正解だ。んじゃ、俺達フラットとルーツは――?」
「そりゃ、普段からドンパチしていたから――!?」
「そう。そういうことだ」
極めて冷静な表情でエミルは言葉を続ける。
「いいか、北の船団がこっちを攻めてくるってことはだ。その真ん中にいる船団は、降伏するか、避難する必要が出てくる。そして降伏するって選択肢は、ちっとでも頭がよけりゃあり得ない選択肢だって気付くはずだ」
「そもそも北の船団がまるっと置き換わっているわけですからね、あの海賊どもに」
隣で依然直立不動の姿勢をとっていたユウザが、そう口を挟んだ。
「そういうこった。降伏したら最後、物理的に食われちまうだろうよ。だから、避難する。そうなると行き先はどこになる……?」
「船団……」
「……シトラス!」
幹部達が、ほぼ同時にそう呟いた。
「そう、そうなるな。つまり、北から侵攻が始まったら、船団シトラスに他の船団が庇護を求めるようになる。マリウスのことだ、最初の頃はどうにかなるだろうが――そのうちそっちに手一杯になる可能性が高い。だから、オレはそうなる前に手を打とうと決めた訳だ。そうすりゃ、ルーツもジェネロウスも、そんでもってウィステリアも動かざるを得なくなるだろうよ」
「で、ですが総代……その案がうまくいかなかったら、どうするんです……?」
ユウザを除く幹部達の視線が、一斉にエミルへと向く。
「そうだな。リョウコがそんなヘマするたぁ思えないんだが――そのそきゃただ単に三対二だ。勝てねぇ数字じゃねぇさ」
再び作戦会議室が喧噪に包まれる。
いまいったエミルの返事を、それぞれが検証しはじめたからだ。
そこで、扉を勢いよく開かれ、艦橋に詰めていた士官か駆け込んでくる。
「総代! 中枢船『偉大なる轟』から、先ほど伝えた件について、返事が届きやした! 先代からです!」
「おう! 親父はなんだって?」
待っていたとばかりに、エミルが訊く。
「つ、つたえます! 『馬鹿野郎!』」
「――かぁっ! やっぱ直接話さねぇとだめか!」
エミルが天を仰ぎ、会議室内は総立ちとなった。
「続きがあります! 『頭はお前だ。お前のやりたいようにやればいい。引退済みのことなんざ気にするな、突っ走れ! 向上せよ!』
会議室は、沈黙に包まれた。
「い、以上です!」
「――そうか」
「……お嬢!」
「……お嬢!!」
「……お嬢っ!!」
再び幹部全員が、エミルに視線を向けた。
今度は疑念でも心配でもない。
ここまで来たからには、エミルについていくという意思表明であった。
――やはり先代は本当に半端ない方だ。
そんな中、直立不動の姿勢でユウザは思う。
――まるでここでのことを見越して、今の返事を返したとしか思えねぇ……!
「それならば、だ……」
エミルは、静かに立ち上がった。
「お前ら、異存はねぇな」
「了解!」
「お前らの命、オレが預かった。いいな?」
「了解!」
「お前らの家族――船団フラットの命も、オレが預かった。本当にいいな?」
「了解!!」
「よし、わかった!」
元帥杖代わりの小型の銛を腰から引き抜き、エミルは宣言する。
「全艦隊、回頭一八〇度! 目標、船団シトラスっ!」
「了解! 全艦隊、回頭一八〇度! 目標、船団シトラスっ!」
艦橋の士官が復唱し、艦橋へと再び駆ける。
「まったく、貴方はたいしたひとですよ」
幹部達がそれぞれの職務のために作戦会議室を飛び出していく中、依然直立不動の姿勢を取ったまま、ユウザはエミルにしか聞こえないような低い声でそういった。
「いつつの船団丸ごと賭けるほどのひとになるたぁ、思いもしませんでした」
「買いかぶるなよ」
両肩をほぐすように回しながら、エミルは答える。
「オレはいつだって分の悪い賭けはしてこなかった。違うか?」
確かに違わない。
ユウザは苦笑して、それに応えた。
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『というわけでお父様、私達は戻ります』
「は!?」
蒼雷号からの緊急通信を受けるのと、哨戒網から船団フラット護衛艦隊がこちらに引き返してくるという一報を飛ばしてきたのがほぼ同時だった。
おかげでは俺達――船団シトラス――は、蜂の巣を叩いたかのような大騒ぎに陥っていた。
「フラット方面の艦隊、出撃準備! 万一を警戒します! マリウス管理官は、念のため雷光号の出撃準備を!」
「了解した」
『マジかよ』
クリスが早くも指示を飛ばし、機動要塞『シトラス』は早くも戦闘態勢を取る。
「蒼雷号。もう少し具体的に頼む」
『ですから――そちらに戻ります』
「理由は」
『それは、エミル総代大佐から直接お訊きした方がよいかと――あっ? 通信ですか? ええ、お父様とですけれど……はい、代わります?』
「ちょっとまて。エミルが蒼雷号に乗りこんだということか?」
こちらの通信能力が高いことはある程度把握していたからだというのはわかるが、それをあっさりと蒼雷号が許すというのがよくわからない。
そもそも、なにか用事があって戻るというのなら、こちらに来ていた艦隊すべてではなく、単艦だけ――それこそ蒼雷号だけなど――戻るなり、そもそも用件を先に伝えればいいだけの話だと思うのだが。
最悪の事態は、なんらかの事情で敵対行為を取ることになった場合だ。
これをどうしても勘案しないといけないため、こちらとしては早くエミルの、ひいては船団フラットの意思を確認したいのだが。
『すまんすまん、急に転進したからびっくりしただろ』
「それどころではない。エミル・フラット総代大佐。船団シトラス船団長代理として貴官に問う。船団フラットの艦隊がこちらに向かっている理由を答えて欲しい」
『おう、聞いて驚くなよ』
驚くようなことといえば、敵対するぐらいだが、他にあるというのだろうか。
『船団フラット護衛艦隊司令官、エミルフラット総代大佐より、アンドロ・マリウス船団長代理に、船団フラットの総意を通達する』
「聞こう」
俺の隣で、アリスが猛烈な勢いで発光信号を送信しはじめた。
こちら側の声を聞かせずに、船団シトラスの艦隊を動かすためだ。
クリスも沈黙し、元帥杖のみで大まかな指示飛ばしつつ、エミルからの返事に耳を澄ませている。
『我ら、船団フラットは――船団シトラスの麾下につくこととした!』
……は?
「は?」
「え?」
「へ?」
クリスが、トライハル少佐が、そしてアリスまでもが、変な声を上げてしまう。
『現在中枢船『偉大なる轟を含む全船が、船団シトラスに向かうよう手配中である。また、船団フラット護衛艦隊指揮権を、一時的にクリス・クリスタイン司令官預かりとする。異存はないな。っていうかないよな』
まて。
まてまて。
そんなことをすれば――!
「あっあっあっ、あああああ……!」
トライハル少佐が、俺と同じ結論に達した。
「増えちゃう……! お仕事が、爆発的に増えちゃう!」
船団フラットが、船団シトラスの麾下に入る。
簡単に言ってしまえば、それはふたつの船団を合併するということだ。
それはつまり、どういうことかといえば。
いままで保たれていたいつつの船団の均衡が、破られるということにある。
そしていま、北の船団が半年後に攻めてくるという緊急の課題がある。
それに直面した、他のみっつの船団の取るべき道といえば――。
「エミル――貴様、本気だな……?」
『おうよ。本気も本気、大本気だ。だから――』
その声に茶目っ気を載せて、エミルは続ける。
『五船団統一、しちゃおうぜ?』
トライハル少佐が、静かに卒倒した。




