第二十一話:発掘島周辺海域掃討戦
■登場人物紹介
【今日のお題】
アンドロ・マリウス:勇者に封印されていた魔王。
【好きなこと】「開発だな」
アリス・ユーグレミア:魔王の秘書官。
【好きなこと】「お料理ですね」
二五九六番:元機動甲冑。現海賊船雷光号。
【好きなこと】『そら航行よ』
メアリ・トリプソン:快速船の船長。
【好きなこと】「色々あるけど、やっぱり船の操縦が一番ね!」】
ドロッセル・バッハウラウブ。メアリの秘書官。
【好きなこと】「陰謀」
『いるぜ』
広範囲の感知力を誇る二五九六番がそう呟いた。
「いるようだ」
続いて魔力を編んで作り出した仮装生物で偵察した俺も、アリスを介して発光信号でそう報告する。
「いるみたいね」
最後に、双眼鏡で様子をみていたメアリもそう結論づけた。
さらに数日の航海を経て、俺たちは目的地の発掘島、その近海にまで近づいていた。
事前情報ではそのあたりを件の海賊が 跋扈しているということで警戒していたのだが、案の定——。
「知性のない方か」
「その模様。そもそも知性のある方は滅多に出てこない」
定例会と同じく船を横付けにした作戦会議場——自分が今乗船しているそれがその知性のある海賊だということをつゆ知らず、ドロッセルは断言した。
いや、それは単に俺とアリスの運が良かったからかもしれない。
もし最初の島で遭遇したのがあのおぞましい方であったら、俺は改造しようなどとは思わず木っ端微塵に粉砕していただろうし、そうした場合その残骸から船を作り上げるわけだから、今よりもずっと装備は充実していなかっただろう。
それはさておき——。
「相手は、五隻か」
前回より数が少ないが、今回はこちらから攻めるわけだ。攻めるよりも守る方が容易いのは、陸戦も海戦も一緒だろう。
「どういうわけか、海賊は五隻で組むことが多い」
「五隻……か」
そういえば、船団を襲ってきた海賊も五隻二組の計十隻だった。
「まさか……な」
「なにか?」
「いや、なんでもない」
俺が封印される前の話だが、人間側の最小戦闘単位は五人だった。もともとは、冒険者なる団体が一組五人であったことの名残であったらしい。
その風習が今の人間の間では廃れているようなのに、あのおぞましい海賊たちには引き継がれているというのは、いくらなんでもないだろう。
「それで今まではどうしていた?」
「どうもこうもないわ。ああやって張り付かれるともうお手上げ」
肩をすくめて、メアリがそういう。
たしかに、防御より回避を重視し、攻撃より速度を優先したメアリたちの船では、守りを崩すのには向いていない。だが——、
「だが、俺達二隻なら?」
「そうね……あたし達二隻なら、うちの暁の淑女号が囮になって敵を引き連れ、砲撃が強い雷光号に撃破してもらうってのはどう?」
「なるほど、釣り野伏せか」
「釣り野伏せ?」
「回避を最重要視した装備を施した少数の部隊を遊撃において敵を引っ掻き回し、主力が出てきたら逃走。追撃でその主力が追いかけてきたら、待ち構えたこちらの主力、あるいは全軍が同時に叩くという戦法だ」
俺が封印される前は、回避を中心とした風の魔法を重ねがけした騎兵が撹乱を引き受け、敵を釣り出したところで伏せておいた機動甲冑による一斉突撃をやっていたものだ。
あれは決まると戦の雌雄が一気に決するので、指揮冥利につきるものがあったが、その分騎兵の損害は対策を練っていても割と大きく、ここぞというときにしか使えなかったのをよく覚えている。
それと、機動甲冑用の塹壕を掘るのも案外大変だった。身の丈の十倍ある機動甲冑であるから、伏兵として運用するときはかなり深い塹壕がいるわけだ。そんなものを歩兵で掘るわけにもいかないので、機動甲冑用のシャベルという見た目が非常に滑稽なものを開発した憶えが——。
——閑話休題。
「……驚いたわ。マリウス、貴方艦隊の指揮をとったことがあるの?」
「いや、艦隊はない。だが海へ出るときに、一通りの戦術戦略は学んでいてな」
嘘は言っていない。
現に俺は封印されるまで艦隊の指揮を直接執ったことはなかったからだ。
「そうなのね。でも、その調子ならすぐにでもなれるんじゃない?」
「であれば、いいがな」
自分の艦隊を持つ。それはたしかに魅力的な話ではある。
今はまだ、遠い夢だが……。
「ただ、どうやって釣り出す? 下手に刺激すると固まったまま襲ってきそうだが」
「ドロレス?」
「それについては心配ない」
あとその略し方はやめてほしい。そう言いながら、ドロッセルが後を引き継ぐ。
「幸い連中には感知範囲があり、そこを侵さなければ襲っては来ない。逆にいうと、複数の海賊が相手でも、多少ばらけていれば一隻ずつ『釣る』ことは可能」
「まぁ、稀に失敗してまとめてくることもあるんだけどね」
「経験があるのか?」
「あるわよ。そのまま突っ込むわけにもいかないから、こっち側が有利になるまで延々と引きつけ続けていたけど」
「幸いこちらの機関は無限。燃料を気にする必要はない。もっとも、延々と砲撃を喰らい続けるのは、生きた心地がしなかったが」
「わかります」
俺ではなく、アリスが頷いた。
おそらく追いかけ回された経験があるのだろう。
「まぁ、二隻同時くらいなら何も問題はない。もしそうなってもこっちに持ってきてくれ」
「いいの?」
「二隻同時に相手できないほど、雷光号はやわじゃない」
これもまた、事実だった。
もっとも、暁の淑女号を援護する余裕は流石にないが……。
「それじゃあ、その方向でいきましょう!」
メアリが決断を下す。
言い忘れていたが、二隻間の指揮権は俺ではなく、先任の——つまり俺よりに先に船長をやっていた——メアリにある。アリス曰く、船の規模が上であろうと総合的な戦闘力に明らかな差があろうと、そういう風習らしい。
「そうと決まれば早速行動開始よ。行くわよ、ドロレス」
「了解した。あとその呼び方はやめてほしい」
メアリとドロッセルが自分の船に帰り、ゆっくりと離れていく。
俺とアリスも船室に入り戦闘の準備に入った。
「聞いていたな? 二五九六番」
『ああ、あっちの姉ちゃんが敵さんを引っ張ってきて、そいつをオイラがズドン! だろ。いい作戦だと思うぜ』
たしかに、陸戦でやってきたことを海戦に置き換えただけなので、わかりやすい。
「暁の淑女号、前に出ます!」
通信席にあるお互いの位置を光点表示した表示板を見つめて、アリスがそう報告してくれる。
「こういう時は、帆船の特性が生かされるな」
『どういうことよ?』
「あれは機関を使わないからやろうと思えばほぼ無音で近づける。隠密行動に向いているわけだ」
しかも風が吹き出る魔法がかけられた帆を使用して任意の方向に任意の速度で動けるときている。相手からしてみれば、反則の塊といえるだろう。
それをぬきにしても、暁の淑女号はまるで相手の視線がどこを向いているのかわかっているかのように、複雑な航跡を描きながら迂回していく。
『前から思っていたけどよ、あの姉ちゃん腕いいな!』
「それは否定しない」
本人はたぶん嫌がるだろうが、もし俺が普通の船を指揮するなら、操舵手を任せたいくらいであった。
『お、一隻釣れたぜ。うまくあいつらの視界をかすったみたいだ』
「発光信号!『我一隻確保。対処されたし』」
「返答。『引き受けた。そのまま進め』」
「了解です!」
二五九六番が感知するのと、発光信号が飛んでくるのがほぼ同時だった。
それは操船だけでなく、乗組員全員の練度が高いことを示す。
おそらく、そこまで仕上げるのに相当な訓練を積んだのだろう。
『きてるぜきてるぜ!』
船内を重低音が響き、続いてごろごろと重たいものが動く音が響く。
それは雷光号が主砲の弾薬を装填し、砲塔を動かしている音だった。
「よく狙えよ」
『おう! っていうかこの距離なら狙わなくても当たらあ!』
自信に裏打ちされた威勢のいい声で、二五九六番がそう答える。
「暁の淑女号、雷光号の横をすり抜けます!」
『敵さん正面!』
「撃て!」
前回の反省を踏まえて防音を施したとはいえ、それなりの爆発音が響いた。
雷光号が主砲を発射したのだ。
そして間髪を容れず 間をおかずに、火柱が立つ。
真正面から撃ち込まれた砲弾は反撃を一切許さず、海賊は前後真っ二つになって沈んでいった。
「なんか——前よりも派手だったような……」
一部始終を二五九六番の視覚情報として正面の表示板から見ていたアリスが、そう呟く。
『……大将、主砲の威力上げた?』
「上げたぞ」
ふたりには言っていなかったが、口径こそ変えていないものの砲身を伸ばしてある。
これにより射程は伸び、同時に近距離であればあるほど、威力が増しているのだ。
「それより、暁の淑女号は?」
「あ、はい! 現在、大きく迂回してます。もう、次の釣りにかかるみたいです」
「やはり腕がいいな」
そうこうしている間に、二隻目がやってきたので、難なく撃沈する。
続いて三隻目。
『なんかぶっ放すばっかで悪いな』
「いや、これも立派な仕事だ」
『そうか……そうだよな!』
「敵、正面にきます!」
『くらいな!』
雷光号から主砲が放たれる。
だが、三隻目は前の一隻目、二隻目と違って多少できる海賊だった。
二連装二基の主砲弾計四発のうち、一発を弾いたのだ。
それでも三発くらっては無事に済むはずはなく、三隻目は撃沈されたが、弾かれた一発がいけなかった。
「四隻目と五隻目、反応しました!」
アリスが叫ぶ。
弾かれた主砲弾が、彼らの感知圏で水柱をあげてしまったのだ。
『砲撃、くんぞ!』
「回避!」
なるほど、砲撃には砲撃で返すのか。
海賊の砲撃であたりが水柱だらけになる中、脳裏で納得しながらも、対応を考える。
「四隻目と、五隻目、こちらに向かいはじめました。二隻とも来ちゃってます!」
「落ち着け、アリス。二五九六番、強装徹甲弾」
『アレ使うのかよ! 試験してからとかいってなかったか?』
「いいからやれ。照準は一隻目と二隻目が重なってからだ。わかるな?」
『……そういうことな! わかったぜ! 』
普段より早い間隔で、重低音が響く。
雷光号の主砲が、砲弾を指定した強装徹甲弾に装填し直したのだろう。
『照準出すぜ!』
正面の表示板に、普段と違う二五九六番の視覚情報が映った。
目の前には前後に並んだ海賊が迫ってきているのだが、それが二重の像になって映っている。
二重像一致式測距儀。
このふたつの像が一致したところが、彼我の正確な距離だということだ。
「回避中止。狙いに集中しろ。お前の装甲なら耐えられる」
『関係ないね。オイラなら回避し続けながら当てられる!』
ふ。
ふは。
ふはは!
こいつめ!
「よかろう。ならばぎりぎりまで引きつけて当ててみせろ。外すなよ!」
『あいよ!』
二重画像が急速に近づいていく。相手も接近するなか、迷いがない。
「アリス、暁の淑女号は?」
「回避軌道に入っています。相手の側面から機を窺っているようですけど——」
「発光信号だ。『手出し無用』」
「わかりました!」
そうこうしているうちに、彼我の距離はさらに縮まっている。
正面からの表示板では先頭の海賊の画像は左右で一致しており、それがどんどん大きくなっていった。
いまでは、そのおぞましい部品の並びがよく見えるほどになっている。
「頃合いだ!」
『あいよ! 発射用意!』
雷光号が、身構える。
「——アリス、憶えておけ」
主砲が発射される瞬間、俺はアリスに向かっていった。
「俺はな……やられたら、やりかえす質だ」
直後、雷光号の主砲が火を噴き——先頭の海賊を貫いて、後続の海賊に直撃し、それを粉砕した。
「そういえば……前の海戦で相手に同じ手を打たれましたね」
「ああ。それを応用させてもらった」
あれはボロボロになった同胞を背後から撃ち、こちらの損壊を狙ったものだった。
それに対し、こちらは相手を貫通することを見越して、二隻同時に沈めてみせたのだ。
「あ、暁の淑女号から発光信号です『貴殿の奮闘を祈る』——おそくなっちゃいましたね」
「なに、雷光号の性能を示すちょうどいい機会だったろう」
席を立ちながら、俺はいう。
「さぁ、次は上陸の用意だぞ」
目の前に、発掘島が迫っていた。
■今日NGシーン
「——アリス、憶えておけ」
主砲が発射される瞬間、俺はアリスに向かっていった。
「俺はな……やられたら、やりかえす。倍返しだ」
「倍返し」




