第二〇〇話:大宴会スマッシュガールズ!
機動要塞『シトラス』後部艦橋内に設えられた大型迎賓室には、多数の関係者が集まっていた。
「それでは皆様、乾杯の前に一言申し上げます――」
船団ウィステリアの主席儀典官、エツコ・バザーフィールドは手に杯を持って音頭を取った。
落ち着いた雰囲気を醸し出すこの妙齢――クリスの母、いや、アステルやリョウコ、エミルの母親世代よりひとまわり上くらいだろうか――の女性は、五船団が合同で催し物を行う際、司会としてよく抜擢されているらしい。
船団ルーツの生まれながら船団ジェネロウスに渡り、先代聖女(アンとドゥエのブロシア姉妹の前の聖女にあたる)の側近まで勤め上げた後、聖女の代替わりを機に退任。
その後フラット、シトラスに渡って、各船団の礼儀作法を修め、最終的にウィステリアに請われて、儀典官に就任と、納得のいく経歴だった。
こういう経歴を持つ者は、俺が封印される前の魔王軍でも珍しい部類に値した。
さぞかし、含蓄のある前口上を得ることができるだろう――。
「もうわたくし驚きの連続ですのよ!
あのクリスタインのお嬢ちゃんがここまで立派な司令官に成長したと思ったらどこからかご立派な武人を招き入れて海賊狩りの称号を得るために五船団を巡る旅にご一緒するなんて!
わたくし、うちのアステルお嬢様とクリスお嬢ちゃんが仲違いされているのを前から憂いておりまして、クリスお嬢ちゃんが来航なさったときはこれはもう一肌脱いでなんとかして差し上げましょうとおもっていたんですけれど、
なんと、アステルお嬢様とクリスお嬢ちゃんが当人同士で仲直り!
まぁ、なんという美しい友情でしょう!
以前お話ししましたかしら? わたくし船団ジェネロウスで、先代聖女様にお仕えしていたのですけれど、今代の方は不穏な噂が絶えませんでしたの。
ですからわたくし、お暇をいただいて調べてみようかとおもっておりましたら、あらびっくり!
クリスお嬢ちゃんと見いだされた武人がジェネロウスに渦巻く陰謀を見事に叩きつぶされたんですのよ!
しかも武人の方、美しい姪っ子さんまでいらっしゃって、あらあらまぁまぁ、隅に置けませんわね!
ところでわたくしの生まれは船団ルーツなのですが、長年隣の船団フラットと仲違いしておりましたの。
それこそアステルお嬢様とクリスお嬢ちゃんの確執よりずっとずっと長いものでしたが、あらびっくり! 両船団の間に仕込まれていた恐るべき罠を粉砕した際に、その仲違いがとうとう終わったのです!
しかもそれにも、クリスお嬢ちゃんと、武人の方が関わっていらしたなんて!
世の中不思議な縁というものがありますわね!
そして五船団の歴史でも類をみない、船団シトラスのっとり事件。
わたくし軍事は専門外ですのでなにもできませんでしたが、祈ることしかできませんでしたが、なんと、クリスお嬢ちゃんへうちのアステルお嬢様、今代の聖女様姉妹、ルーツの御曹司様、そしてフラットの総大将が駆けつけてくださったのです!
なんという美しい友情なんでしょう!
こうしてクリスタインのお嬢ちゃんと彼女が見いだした武人は無事に船団シトラスを取り戻し、しかも新たな船団長へと就任なされたのです!
その武人こそ、ここにいらっしゃるアンドロ・マリウス船団長代理船団管理官! みなさん、盛大な拍手の代わりに、杯を掲げることで彼を称えることと致しましょう!
――あらやだ、少しおしゃべりが過ぎたかしらウフフ! それでは、乾杯!」
特に含蓄のある言葉ではなかった。
むしろ、ものすごく長かった。
そういうわけで、五船団合同の会食である。
わかりやすくいえば、紅雷号型四姉妹と、各船団の司令官たちとの、本格的な顔合わせであった。
「へぇ、おまえらって、普通に飲み食いできるんだな」
「はい。詳しい原理はわかりませんが、最終的には燃料と同等なものに生成してそれを消費することにより、長期間の単独行動を可能にしているんです。もっとも、定期的な整備は必要ですけれど」
「どんな食いもんでも燃料にできるっての、すげーな。それだけでもウチにほしいわ」
「私も、船団フラットの艦隊構成には興味があります。単座式水雷艇――ですか? 私が所属すれば、援護が主になるのでしょうか?」
「いんや、先頭張って一緒に突撃するってのもアリだ。ただ、そっちは図体がでかいから回避は大変だけどな」
「なるほど――それは興味深いです」
意外というかなんというか、エミルとウマがあっているのは、やや性格に独特なところがあるオニキスでも実直な軍人気質のあるスピネルでもなく、丁寧でまじめな性格であるサファイアであった。
「なるほど、制圧前進でありますか……ふぅむ、御一緒に盾を並べることはむずかしそうでありますな」
「何言ってんのよ、それをできるようにするまでのお膳立てが大事なの。敵を制圧前進の範囲である扇状に押し込むのは、あんたたち快速の巡洋艦の仕事よ」
「ふむむ――それならば、自分も役立てそうでありますな」
「……いいけど、うるさいわよ。ここぞというとき姉さん歌い出すし」
「なぁに、賑やかなところには慣れていますゆえ」
別の卓の前ではドゥエとスピネルがそんな会話を続けていた。
乗り気であるスピネルに対してドゥエはそれほどでないようにみえるが、ときおり何気なくスピネルに視線を送っているところをみると、まんざらでもないらしい。
「少し気になっていたのですが……我が『鬼斬改二』の鬼斬アーマーを、貴殿は装着できるのでしょうか?」
「うん、できるよ。父さんがそのようにしてくれたからね」
「なるほど……ではすこしばかり我が船団が有利になってしまいますね」
「そうだね。でも、その前にカタナの使い方、習わなくちゃ。一応、剣はマリス姉さんに習っているんだけどね」
「剣と刀は微妙に違いますからね。その点、貴方の兄のニーゴ殿は習熟速度がおそろしく早かったです」
「それならボクも、負けてられないね。……教えてくれるかい? カタナの道を」
「いいでしょう。ルーツ家の軍人として、私が持てる限りのことをお教えしましょう」
「ありがとう」
ここも意外だったが、リョウコとオニキスが意気投合していた。
どうもオニキスはあの狂気の産物のような設計思想で造られた片刃の剣、刀に魅了されたらしい。
それと、雷光号の強化部品である鬼斬アーマーがルーツだけにあることは確かに問題であった。近いうちになんとかしなければならないだろう。
「となると、スカーレットはウィステリアか?」
そう思ってアステルとスカーレットを探す。
だが――。
「あら、マリウス中将。ちょうどよかったわ。スカーレットさんをみかけませんでした?」
当のアステルからそう尋ねられて、俺は困惑した。
中将と呼ばれて困惑したわけではない。
実は船団長代理管理官に就任したことと、紅雷号建造の功績から中将に昇進したのだ。
どうも、船団長に相当する者が少将のままでは、他の船団と釣り合いが悪いらしい。
——閑話休題。
「いや、てっきり一緒だと思っていたんだが」
「私はそれを希望しているのですけれど、肝心のスカーレットさんの姿がみえませんの」
「ふむ……?」
どちらかというとスカーレットの好奇心は強い方だ。
だから、自分から興味のある船団に話しかけていくのではないかと思っていたのだが……。
「マリウスさん、マリウスさん」
そこで、アリスが小声で俺の袖を引く。
「どうした、アリス――?」
人差し指を口許に押しつけ、アリスはそっと指を外に向けた。
そこは艦橋のように張り出しがあって、スカーレットがひとり手すりに身体を預けて外を眺めている。
「ふむ……」
「おまちください、マリウス中将。ここは女同士の話とみましたわ」
俺を制して、アステルが前に進み出る。
「すこし、スカーレットさんとお話してきますわ」
「ああ、頼む」
そういうことは、秀でた者に任せるに限る。
俺はアステルにあとをまかせ、アリスと共に他の歓談の場へと足を向けたのであった。
□ □ □
「こんなところにいましたの」
背後から声をかけられて、あたし――紅雷号、スカーレットは、思わず背筋を伸ばしてしまった。
「アステル・パーム中将……! 申し訳ありません。気付かなくて――」
「かまいませんわ。それと、いつもの口調で構いませんわよ。今日は軍務ではありませんもの」
「あ、ありがとうございます」
どうも、あたしが普段気をつけていることを看破されてしまっているらしい。
こういうことに素早く気付けるというのも、中将の中将たる由縁なのだろう。
「みなさんとお話しませんの?」
飲み物を片手に、アステル中将は気軽な様子で訊いてくれた。
「最初は、そのつもりだったんですけど……」
手すりに体重を預けて、あたしはそう答える。
ものすごく大きな機動要塞『シトラス』の艦橋上部なだけあって、ここからみえる海面は、遠い。
「今回の顔合わせが終わって、配属が終わったら、いまの生活がおわっちゃうって思うと……なんか、積極的になれなくて」
サファイアとも、スピネルとも、オニキスとも、そう気軽に会えなくなる。
なによりパパとの距離は、今よりずっと遠くなるだろう。
今あたしがみている、海面までの距離よりも——ずっと。
「わかりますわ」
「えっ」
想像していなかった素早さで、アステル中将は即答した。
「私も、同じ経験がありますもの」
「ええっ!?」
ちょっと、想像できない。
だって、アステル中将には兄弟姉妹はいないって聞いているし――。
「士官学校は、ご存じでして?」
あたしの混乱を余所に、アステル中将はそう訊いてきた。
「あ、はい。軍の幹部になるための学校ですよね」
「ええ、そして私はパーム家の娘。士官学校には必ず入らねばなりませんでした」
「なるほど……」
いわゆる家柄というものだろう。
クリスタイン元帥が、あの年齢――実年齢なら、あたしよりはるかに年上だけど、それは置いておく――で軍の司令官なのと同じことだろう。
「士官学校では、同じ歳格好の貴族の子弟が自然と集まるものですの。私の場合は、四人ひと組の班がそうでしたわ」
「四人――!」
それって、あたしたち四姉妹と同じ数!
「時には競い合ったり、時には同じ課題を乗り越えたり……みな、かけがえのない友人ですわ。あくまで私的には、ですけれど」
「私的ってことは、軍務や公務から離れた場合ってことですよね……あっ!」
「きづかれましたわね」
そういうところに素早く気づける方、好きですわよ。と、アステル中将は続ける。
「スカーレットさんがお気づきの通り、皆、いまでは友人である共に、私の大切な部下です。いくら私人では友人でも――ね」
「それって、辛くないですか……? あ、ごめんなさい」
「いえ、構いませんわ。そしてその返答は――ときおりは。といったところでしょうか」
あたしのぶしつけな質問に、アステル中将はちゃんと答えてくれた。
「ですが、時の流れは止まりませんし、戻ることも決してありませんわ。ですから、私たちは前を向かねばなりませんの。なぜなら、大きな力を持つ者は、大きな責務も負わねばなりませんから」
「大きな、責務……」
「貴方もそうですし、貴方の兄に当たる、ニーゴさんもそうでしょう。そしてなにより、マリウス中将も……」
「あ――」
たしかに、その通りだった。
パパの過去を、あたしたちは詳しく聞いてはいない。
けれどもそれは、過酷で、苛烈で、なによりも気が遠くなるような長い年月を経ているのだと、アリスさんから聞いている。
それでもパパは、あたしたちの前では少しも辛そうにしていないし、悩んでいるようにもみえない。その目は、常に――。
「前を、向いている……」
「そうですわね。多分きっと、マリウス中将も苦しむことはあるのでしょう。けれども、前を歩むことを止めてはいませんわ」
「アステル中将も……ですよね」
「――ええ。そうみえるといいんですけれども」
つまりみんなも、いまのときがずっと続けばいいのにと思ったことがあるということだ。
そしてそれがかなわないと知っても、歯を食いしばって、前を向いている。
それを決して、気取られないように。
「パパもアステル中将も、すごいですね……あたしにも、できるかどうか」
「できますわよ。こうして私に話してくださったのですから」
できるからこそ、誰か話せるもの。
できないものはずっと心に秘めるものですわ。
そうアステル中将は続ける。
「今は少しお辛いでしょう。ですが、それを乗り越えることができると、少なくとも私は信じておりますわ」
「ありがとう……ございます!」
あたしは深く一礼した。
同時に、たったいま気付いたことに、内心で驚く。
誰かに信じてもらえるだけで、こんなにも勇気づけられるものなんだって……!
「さて、私はそろそろ戻りますけれど、スカーレットさんはいかが致します?」
もう少し、海風を浴びるのもよろしいでしょうけれど。
そういうアステル中将に、あたしはかぶりを振った。
「いえ、御一緒させてください。それと――船団ウィステリアのこと、もっと知りたいです。先ほどの、士官学校の話も」
「――いいでしょう。さすがは緋色の宝石、スカーレットの名前を選んだだけのことはありますわね。私の目に、狂いはありませんでした」
あたしを導くように、アステル中将が手を伸ばす。
その手をしっかりと掴んで、あたしは前へと歩き出した。
そう、歩き出すことを決めたんだ。
□ □ □
「ただいま戻りましたわ」
そういって、アステルはスカーレットと一緒に戻ってきた。
「あ、パパ――もしかして、心配していた?」
俺が他の歓談を切り上げ待っていたことに気付いたスカーレットが、少し恥ずかしそうにそう訊く。
「さてな。俺はただ、アステルが貴様を連れてくるのを待っていただけだ」
「そっか……うん、そうだよね。ありがとう、パパ」
どうやら、この短い時間で随分と精神的に成長したらしい。
スカーレットの瞳に宿る光が以前よりずっと強くなっていることに、俺は内心感嘆していた。
「あー、なんかずっと話していたら喉が渇いちゃった。よっと——」
そういって、スカーレットが手近な杯を手に取り、一気に煽る。
「あっ、それは……」
アステルが指摘したが、もう遅い。
それは、もっとも酒精が強い蒸留酒を蜜と果汁で飲みやすくした飲み物であったのだ。
「だ、大丈夫ですの?」
「一応酒精で機能が低下することはないが――」
分解に少し時間がかかることは、たしかだ。
「う゛~……」
そしてスカーレットの顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「なんか、身体が熱い……」
「少し休んだ方がいいですわね」
「そうだな、スカーレット、こっちに――」
俺がスカーレットの手を引いて、休ませようとしたときだった。
『みなさーん! 元気してますか-!』
突如、拡声器で叫んだものがいる。
何かと思って前方の壇をみると、聖女アン・ブロシアが威風堂々と立っていた。
片方の手には、今使った拡声器が、
そしてもう片方の手には、いまスカーレットが飲んだものと同じ蒸留酒の杯が――!
『宴もたけなわといったところで、一番! ジェネロウス聖堂聖女、アン・ブロシア! うたいまーす! ついでにぬぎまーす!』
そういって、着ていた服を一瞬で脱ぎ去るアン。
幸いにしてその下は水着であった。
「だれよ、姉さんに飲ませたの……!」
頭が痛そうに、ドゥエが呟く。
『それでは聞いてください! 『あたしの彼はみんな民』――!』
よりによってそれか!
俺が歌ったことになっているあの歌か!
「よっしゃこいやー! 前座の踊りはオレにまかせろっ!」
いつのまにかすっかりできあがったエミルが服を脱ぐ。
幸いにしてその下は水着であった。
『たいへんすばらしい曲でしたね!』
まだ歌い終わっていないというのに、別の拡声器から声が上がった。
その主は――クリス!?
「そういえばクリスさん、儀礼用の醸造酒をひとくち飲んだだけでもよっぱらいましたわね……」
「歳を考えればありうることだろう!?」
今思い出したようにアステルが呟くが、なんというか、もう遅い。
『二番、クリス・クリスタイン、歌います! 船団シトラス船団歌『誠の中に』!』
思ったより高く伸びる声でクリスが歌い出す。
『さんばーん! 紅雷号スカーレット、うたいまーす! 作詞作曲蒼雷号サファイア『ふなぴょい伝せ――』』
「とめてええええええ! だれか姉様をとめてええええええ!」
普段の落ち着いた雰囲気をかなぐり捨ててサファイアが絶叫し、スピネルとオニキスが呆れながらもスカーレットを担ぎ出そうと突進する。
「なんか、すごいことになりましたわね……」
「ああ、そうだな……」
アステルとふたり、溜息をつくしかない。
「でも――」
そんな騒動の中、いつの間にか俺の隣にいたアリスが、蒸留酒の杯を傾けながら続ける。
「こういうのもたまには、いいですよね?」
紅く頬を染めたアリスの背後で、酔ったエミルが見事なバク転をキメていた。




