第一九九話:雷光号vs紅雷号四姉妹、真昼の大決戦!(演習だよ)
『さてと――』
強襲形態になった雷光号が、得物で肩を叩きながら、前方を見据える。
その先には、同じく強襲形態になった紅雷号四姉妹が、それぞれ武器をお手本通りの正確な構えでもって、対峙していた。
『――!』
遠目にみても、彼女たちが緊張しているのがよくわかった。
強襲形態における、白兵戦演習。
今日はその、本番となる。
なお、紅雷号たちの強襲形態は、女性用の鎧を参考に造られている。
これは時間のかかる新造ではなく、かつて女の子の形をした機動甲冑が欲しいという一部の魔族の非常に強い要望があったため設計だけはなされていて、その結果短い建造期間でも無事に対応できたことに繋がっていた。
ちなみに当時は『アホか貴様は』の声多数で却下されている。
俺もそういったうちのひとりだったが、念のため設計だけはしていたものが、まさかこんな形で実を結ぶとは思わなかった。
おそらく、魔族将兵六万余騎のだれひとりとして、想像できなかったに違いない。
『おう大将、そろそろはじめてくれや』
「ああ」
ちなみに今回、俺は雷光号に載っていない。
機動要塞『シトラス』後部艦橋で、エミルたち他の船団の司令官たちと観戦という形を取っている。
いうまでもないことだが、それにはアリスとクリスも同伴していた。
また、ジェネロウスからはマリスも加わっている。
おそらく、妹にあたる彼女たち――そして自らが教えてきた白兵戦能力の向上を見届けたいのだろう。
「でははじ――」
「いや、ちょっとまて」
はじめようというところで、エミルに止められる。
「どうした?」
「どうしたもこうしたも――雷光号がもっているアレ……なんなんだ?」
いうまでもないことだが、演習である以上、本物の武器は使えない。
寸止めすればいいという話もあったが、万一事故が起こると、大きさが大きさだけに影響も半端ないものになる。
そのため、紅雷号四姉妹の武器は、俺達が使う演習用の剣を拡大再生産したものになっていた。
だが、雷光号のそれは――。
「演習時に、当たったのが一発でわかるようにして欲しいという本人の希望があってな」
「だからって、戦槌はないだろ。練習用の軟質素材だろうと、あんなんが当たったらタダじゃすまな――」
百聞は一見にしかずといわんばかりに、雷光号が戦槌で自分の肩部分を叩いてみせた。
ピコンッ! と、盛大な音が響く。
「なんだあれ」
「叩いたときに音が出るように改良した。ついでにいうと中は中空で、叩いたときに蛇腹状になった槌部分が押されて、中の空気が音を出すようになっている」
俺が封印される前の時代では、子供のおもちゃとして有名なものであったが、今の時代ではどうだろうか。
「確かにガキのおもちゃと一緒でわかりやすいけどよ――」
どうやら、今の時代でも遺っていたらしい。
世代を超えても、あの槌のおもちゃには子供を引きつける何かがあるのだろう。
「そこまでやるか、普通」
「わかりやすさを最優先しただけだ」
いつものやりとりを終えたところで、俺は立ち上がる。
いままではクリスが執り行うことが多かったが、今後は仮とはいえ船団長になった俺の方が多くなるだろう。
「それでは――はじめ!」
演習海域を、緊張の糸が張り詰めた。
『あー……』
雷光号が、再び戦槌を肩に担ぐ。そして開いている方の腕で招くような手振りをすると、
『面倒くさいから、まとめてかかってこいや』
『いったわね!』
即座に紅雷号が斬ってかかった。
「なんと――!」
リョウコが感嘆の声を上げる。
それは紅雷号の反応の早さだけではない。
そのあとをすぐに援護する形で蒼雷号も斬りかかり、さらには黒雷号が二隻の影に隠れながらも突きを繰り出す準備に入ったからだ。
しかも紫雷号に到っては姿そのものがみえない。
おそらく、紅雷号が斬りかかると同時に潜行したのだろう。
それに対し、雷光号はというと――。
『遅くは――ねぇな!』
戦槌を一瞬で構えると紅雷号の剣を槌の部分で弾き、続く蒼雷号のそれを柄の部分で弾く。
そしてそのまま構え直して一回転すると柄頭の部分で隠れながら突きを繰り出した紅雷号の一撃を弾きかえした。
『んでもってそこだっ』
そこから回転する運動力そのままに背後から海面を割って飛び出した紫雷号に戦槌を叩きつける。
ピコンッ! という、盛大な音が周囲に鳴り響いた。
紫雷号もたいしたもので、見破られたと気付いた時点で剣を護りに回し、刀身で一撃を受けていた。
とはいえ戦槌の膨大な運動力で弾かれ、倒れはしなかったものの大きく飛びすさる形になる。
『な、なぜ背後からくると――!?』
しかし動揺は隠せなかったらしい。
紫雷号の声は、わずかに上擦っていた。
『んなもん勘だよ、勘!』
戦槌を構え直して、雷光号が答える。
『つうかみえなくなったら、背後狙っているって丸わかりだろ?』
『くっ……!』
この演習、実は初回である。
規模がどうしても大きくなるため、いままで紅雷号たちの白兵戦は、スカーレットたちの姿で行っていたからだ。
だから、多少はやりづらさがあるのではないかと思っていたのだが。
『だったら――!』
紅雷号たちは、一斉に突きを主体とした突撃体勢に移行した。
それも、扇状に展開し要になる雷光号を狙うという、回避も防御も難しい連携である。
「――フッ!」
ドゥエが、凶悪かつ愉快そうな声を上げた。
それはかつて、俺達がドゥエと戦ったときに使った戦法と同じだったからだ。
それに対し、雷光号はというと――。
『んきゃ!?』
『ああっ!?』
『のわっ!?』
『おっと!?』
両肩四基の主砲を斉射し、紅雷号たちに直撃させる。
『あのな、なんのために演習弾に積み替えたと思ってるんよ』
戦槌を構え直して、雷光号。
『ぐぬぬ……』
対する紅雷号は悔しそうであったが、事実は事実であると思ったのか、反論しなかった。
『それなら、利用するまでさ!』
そして即座に黒雷号が、弾幕を形成する。
遅れて蒼雷号、紫雷号、そして紅雷号も弾幕を張り、視界が一時水柱に覆われた。
そして視界が晴れる直前――。
『なんじゃそりゃあ!?』
はじめて雷光号が驚きの声を上げた。
武器を収めた紅雷号と蒼雷号を、それぞれ紫雷号と黒雷号が両手を握りあい、円周上にふりまわしてから雷光号に向けて放ったのだ。
そして紅雷号と蒼雷号はそれぞれ武器を――構えずにそのまま蹴りの姿勢で、先ほどの突撃とは比較にならない速度で雷光号に殺到する。
『うおおおお!?』
雷光号が戦槌を盾のように構え、二方向から飛び込んできた――同士討ちを避けたのだろう、さすがに挟み撃ちにはしなかった――二隻の蹴りを受け止め、大きく後退する。
『サファイア、次っ!』
『ええ!』
蒼雷号が両手を組み、それを紅雷号が踏み台にして――、
『させっかよ!』
『んきゃっ!?』
雷光号に蹴っ飛ばされる。
そしてそのままの姿勢であった蒼雷号に対し、
『わ、私を踏み台にしたっ!?』
紅雷号の代わりに飛び上がった雷光号は、そのまま戦槌を大きく振り上げ――。
『ふっとばされんなよおおおおおっ!』
全推力を解放し、そのまま急降下、そしてその勢いをすべて使って、戦槌を海面へと力一杯叩きつけた。
衝撃波が走り、その次に巨大な水柱が立つ。
それは水に全範囲攻撃となり、巨大な機動要塞『シトラス』をも揺さぶったのであった。
「――それまで」
機をみて、俺はそう宣言した。
短い白兵戦であったが、それぞれが全力を出せたのを確認できたからだ。
『あー、びっくりした。まさか姉妹をぶんなげるなんてな』
雷光号が、ゆっくりと戦槌の構えを解く。
対する紅雷号たちは答えない。
防御こそできたものの、その距離を大きく引き離され、体勢をどうにか整えているところであったからだ。
『ありがとうございましたっ』
それでも、四隻は剣を構え直して一礼した。
『おう! またやろうぜ!』
雷光号も戦槌を構え、一礼する。
「どうだった?」
そこであらためて、俺は見学席にいるエミルたちに声を掛けた。
「……戦力として、十分に有効であるとわかりましたわ」
一同を代表してか、アステルがそう答えた。
「ただその、わたくしたちに指揮できるかは、また別問題ですわね……」
「そだな。全く新しい兵器を扱うつもりでやらねぇと」
エミルが即答する。
「でもまぁ、みていて面白かったわ」
と、大変愉快そうにドゥエ。
「あとは、私達が彼女たちを十全に扱えるよう、交流を増やすのみですね」
リョウコがそのように締め、全員が同意するように頷いた。
「……なるほどな」
どうやら、スカーレット四姉妹の鍛錬の他に、エミルたちとの交流の場も設けなければならないらしい。
それはそれで、頭を使うことになりそうだった。
■本日の幕間
——演習前日
「これが貴様の要望で作成した戦鎚——」
「ゴルディ○ンハンマー! ゴルディオ○ハンマーじゃねぇか! うおお! みなぎってきた!」
「四姉妹を光に還すつもりか、貴様は」




