第一九五話:黄昏魔王
長い間生きていると、やらかしてしまうことが多々ある。
魔王でいるとそういうものは時として致命的なものへと発展することもまた多々あるので、速やかに原因を分析し、対策を行うことを常としていたのだが、時にはそのやらかしで心の針が振り切れて、何も出来なくなってしまうことがある。
ちょうどいまが、それだった。
幸い、今の俺は魔王ではない。
なので、心置きなく(?)黄昏れることができた。
「ふぅ……」
機動要塞『シトラス』の執務室から雷光号の居間に戻り、長椅子の上にだらしなく背を預ける。
スカーレット四姉妹を製作する際、マリスの時のようにアリスやクリスを参考にしては他の船団との折り合いがまずくなると思い、封印される前の関係者を元にしてしまったのが、そもそもの間違いであった。
現状スカーレットだけとはいえ、まさかあそこまで外見に性格が引っ張られるとは思わなかったのだ。
「マリウスさん」
アリスの声に、ふと我に返る。
気がつくと長椅子の前の卓に、湯気の立つ茶が置かれていた。
「大丈夫ですか? 先ほどスカーレットちゃんたちが名前を決めたときから、少し調子が悪いみたいですけど……」
「ちょっと――な」
アリスが淹れたお茶をもらいながら、俺。
「なにがあったか――いえ、どうしてそうなったか、教えていただいても、いいですか?」
アリスの質問は、鋭かった。
結果という未来ではなく、原因となった過去の方に問題があると看破したからだ。
「スカーレットが――いや、サファイアも、スピネルも、オニキスもそうなんだが……」
なので俺は彼女たちのことについて、アリスに説明する。
「なるほど。マリスちゃんにあまり似ていないのは、そういうことだったんですね」
「いっそ、マリスを長女にした五姉妹にしてしまったほうがよかったかもしれんな……」
「でもそれ、スカーレットちゃんたちに言っては駄目ですよ?」
「――そうだな。その通りだ」
製作してから、こうすれば良かったなどとは、制作者が決して言ってはならない言葉だ。
特に、自らの意識をもっている彼女たちには。
「それにしてもスカーレットちゃん、そんなにその、先代の魔王さんに似ているんですか?」
「魔王さん……まぁ、そうだな」
魔王さん。
アリスからはそう呼ぶしかないのかもしれないが、すごい表現だった。
「外見はほぼ一緒だ」
「そして性格も似ていると」
「ああ。そうなるな」
そこへきて、偶然とはいえ、スカーレットという名前を自ら選んだ。
そんな偶然が重なって、俺の心労になってしまったというわけだ。
「でもそれ、マリウスさんしか知らないことなんですよね?」
「そうだな……そうなるな……」
それがまた、少し辛いところでもある。
いっそのこと、本人が眼前に現れて俺をどつき回してくれた方がよっぽど精神の安定にいい。
「じゃあ、わたしにも教えてください」
「……なに?」
思わず、顔を上げる。
そこには、どこか包み込むような余裕を見せる、アリスの笑顔があった。
「わたしにも、先代魔王さんのことを教えてください。そうすれば、マリウスさんの心の痛みは半分になります」
「いや、しかし――」
「話したくないことは、教えてくれなくてもいいですから」
俺の心を読んだかのように、アリスはそういった。
……ふ、ふはは。
思わず、苦笑してしまう。
「それは、もう少しあとでだな」
「どうしてです?」
「おそらくもうひとり、話を聞きたい者がいるからだ」
「――あ、それって」
アリスが言い終わる前に、居間の扉が開かれた。
ニーゴが何も言わないでここまで入ってくることができるのは、たったひとり。
いうまでもなく、クリスだった。
「どうした、クリス」
「いえ、なんかマリウス管理官の具合が少し悪そうなので、泊まりに来ました」
手に持った寝泊まり用の荷物をぶらぶらさせながら、クリスはそう答えた。
――つくづく読まれているなと思う。
「引っ越しは終わったのか」
「ええ、あらかた。もともと私しかいない家でしたし」
クリスの家は、元々船団シトラスの中枢船、護衛艦隊の詰め所の隣にあった。
その詰め所が機動要塞『シトラス』に移るので、司令官であるクリスも、私邸を『シトラス』に移すこととなったのだ。
もっとも、幼い頃は使用人や司令部の幕僚が同居していたが、最近はずっとひとり暮らしであったらしい。
「そういう意味で、雷光号のでの生活は楽しかったです。私にも、こういう家族と過ごすような生活をしてもいいんだなって――ちょ、アリスさん!? いきなり抱きしめないでください!? 胸を押しつけたらもごご!」
最後まで言わさず、クリスを抱きしめるアリスであった。
その豊かな胸に、クリスの頭が半ば埋まっている。
「ぷはっ!」
「よかったな」
「代わりますか!?」
「いや、遠慮しておく」
おもわず、口の端に笑みが浮かんでしまう。
同時に、このふたりのやりとりを観ているだけで、心が軽くなっていることに気付き、内心苦笑する俺であった。
「それで? 一応部屋はそのままだからすぐに泊まれるが、なぜそうすることにした?」
「さっきいいましたよ。マリウス管理官の具合が悪そうだったからです」
「そうみえたか」
「ええ。おそらくスカーレット四姉妹――それも、長女の件だと思いました。まちがっていましたか?」
「いいや、まちがっていないな」
「では――」
寝泊まり用の荷物を床に置き、クリスは宣言した。
「私とアリスさんに、スカーレットさんの生まれについての話、聞かせてもらいましょうか! ――あ、話してつらいところはいいです。そういうのを話すと逆効果ですから」
「……かなわないなアリスとクリスには」
肩をすくめて、俺。
黄昏れていたら、まったく同じ対応をされてしまったことに、苦笑を禁じ得ない。
おそらく往事のタリオンがみたら、狂乱してしまったのではないだろうか。
「それじゃあクリスちゃん、夕飯は一緒に作りましょうか」
「あ、はい。ぜひ!」
「ならば、俺も手伝おう」
どうやら、今日の夜は長くなりそうだった。
「ねぇパパ、このダイヤモンドって宝石もいいわね」
「最も硬い宝石だからな」
「あ、じゃあこれからも名前をもらって、ダイヤ・スカーレットって名乗ってもいい?」
「駄目だ(一秒)」
「即答!?」
「それだけはシャレにならないから、駄目だ」(真剣)
「そんな真顔で!?」




