第一九二話:シスターフリート(建造編)そして……。
「性能一緒かよ。そいつはありがてぇ」
機動要塞『シトラス』高級将官用会議室で、俺から書類を受け取ったエミルはそう呟いた。
もちろん、船団シトラスに滞在中である他の船団の司令官――リョウコ、ドゥエ、そしてアステル――も参加している。
「ただ、搭乗員の数は元の雷光号からは減らすつもりだ。強襲形態になった際、員数が多いと支障のある可能性がある」
なので、雷光号の3~4名から、2名に減らす――と伝えようとしたところで、エミルが挙手をした。
「その件なんだが……その、無人化は可能か?」
「無人? 可能だが、何故だ?」
「んー、これはリョウコ達とも話しあったんだけどよ、雷光号って手動じゃ動かせねぇだろ」
手動――?
その発想は、いままでなかった。
「雷光号?」
『出来ねぇことはねぇけど、どこまでやるかによるぜ? 普通の軍艦みてぇにやりたいってんなら、相当数乗っけないと無理だし、いつものオイラたちみたいに少人数でやるってんなら、大将みたいになんでもできねぇときついと思う』
「――やっぱりそうか」
通信機越しに届く雷光号の返事に、エミルが頷く。
おそらくそれはリョウコ達も気付いていたのだろう。さすがは司令官といったところだろうか。
唯一クリスがハッとした貌をしていたが、おそらく雷光号に載っていた期間が長かったため、その感覚が鈍っていたのだろう。
「なら、オレらとしては無人化で進めてもらいたい。その代わり、例の通信機は積んでもらうけどな」
「了解した。他に何か要望はあるか? 自律中枢に関する注文があれば受け付けるが」
「……いや、いらねぇよ」
一瞬リョウコ達に視線を送ってから、リョウコはそう答えた。
「容姿やら性格やらを決めても、それに作ったことに対する責任を負いきれねぇからな」
「……なるほど」
多数の将兵の生命や艦船の存亡に関する責任は司令官として負うことは当然であるが、生命の創造に等しい部分には責任が持てない。
それは俺が封印される前、機動甲冑を自律化する際にも議論され、同じ結論がでたことであった(そしてそのまま見送りに近い形で計画は実現しなかった)。
時が変わっても、そして種族が違っていても、おなじ結論に到ったのは非常に興味深いことだった。
■ ■ ■
「まぁ、そうなりますよね」
会議後。雷光号居室。
長椅子に身体を預けるように座って、クリスはそんな感想を述べた。
「私だって、そこには責任が持てません。希望通りに作って、後で関係が悪化したりしたら最悪ですから」
「そうか、それもありうるな……」
魔族側での結論は(もし作れるのなら)その設計は魔王である俺のみが行うとしたのは、その責任の所在を明確化するのに最適であったのだろう。
「マリスちゃんを基本にするということでしたけど、性格もみんなマリスちゃんみたいになるんですか?」
アリスが、一歩踏み込んだ質問をする。
「いや、マリスから参考にするのはあくまで核の部分だ。マリスは人格形成中ずっと俺の支配下にいたから、その影響がつよくなっている。ゆえに、今回の雷光号量産型の四隻は、マリスとはだいぶ性格が異なるだろう」
「そうだったのですか――それが当然だと思っていました」
と、当のマリスがそう呟く。
マリスのときは規格外の強さを誇るドゥエを攻略するため、かなりの戦闘技能と記録をマリスに組み込む必要があった。
そのため、俺の支配下に長時間いる必要があったのだ。
「また、軍艦としての航行機能、砲撃機能、そして強攻形態による戦闘機能を身につけさせないといけないから、マリスとは大きく異なることになるだろうな」
その辺は、厳格に決めずにあえて成長させる要素を残しておこうと考えていることもある。それによって、性能以上の実力を発揮できる要素をもつ可能性があるからだ。
「容姿はどうするんです? マリスさんのときは割とのってしまいましたけど、また私とアリスさんを参考にするのもちょっと――」
クリスが困り顔で訊く。
たしかに、マリス自身はジェネロウスにいるとはいえその立場は俺直轄だからいいが、クリスに似た艦が他の船団の護衛艦隊旗下にいるというのは、少し収まりが悪い。
「そこは変えようと思う。もちろん、アリスもだ」
「わたしは、かまいませんけど?」
「いや、俺が構う」
相変わらず、歯止めのないアリスであった。
「じゃあ、どなたを参考にするんですか?」
クリスが興味深げに訊く。
「そうだな……俺が封印される前の関係者でいこうとおもう。タリオンのように生存していることを考えると、既に戦死している者がいいだろうな」
「なるほど」
「つまり、わたしにとって先輩にあたる方達ですね」
と、アリス。
「どんな方なのか、楽しみですっ!」
「性格が一緒になるかどうかは、わからんがな」
なにせ、ひとくせもふたくせもあったので。
ちなみに、トライハル大尉は頭から煙をあげたまま硬直していた。
どうも、理解が追いついていかないらしい。
□ □ □
ふ。
ふは。
ふはは。
ふはははは!
ふははははは!
ハハハハハハハ!
ハーハッハッハッハァ!
なんか最近建造シーンにしか使われていないかこれ!
□ □ □
「船渠扉、解放。各艦、発進します!」
『バスターⅡ』の通信士席から、アリスの声が響く。
艦橋には俺をはじめ船団シトラスの関係者、そして他の船団の護衛艦隊の高級士官達が詰めかけていた。
わざわざ『コマンダー』にバスターアーマーを装着して『バスターⅡ』としたのには、訳がある。
少しでもその高さを上げて、雷光号量産型のお披露目がよく見えるようにしたのだ。
ちなみに、機動要塞『シトラス』後部艦橋の方が高さが高いのだが、その船渠から発進する艦を上からみるより、『バスターⅡ』で真正面から観る方が印象がいいだろうというのは、俺の判断であった。
「各艦進水完了しました。雷光号、先導に入ります」
雷光号が先頭になり、単縦陣を敷く。
その後に続くのは、雷光号の量産型、計四隻。
武装や機関の出力はそのままだが、無人化したため上部構造物は極端に小さく、また全体的に優美な流線型となっている。
「雷光号、増速しやや距離を置け」
『あいよ!』
「続く四隻はそのまま単縦陣を維持。等速のまま『バスターⅡ』を横断せよ」
『はいっ!』
『わかったよっ!』
『了解であります!』
『かしこまりました!』
通信機越しに、聞き慣れない少女たちの声が響く。
いうまでもなく、雷光号量産型――いや、
「アリス。各艦を紹介してくれ。各艦、簡単に自己紹介を」
「了解しました。先頭は一番艦紅雷号」
『紅雷号よ! よろしくね――んんっ、よろしくおねがいしますっ!』
「続いて二番艦、黒雷号」
『黒雷号だよ。まだ得意不得意はよくわからないけど、よろしく!』
「続いて三番艦、紫雷号」
『紫雷号であります! どんな任務でも、なんなりと!』
「最後尾四番艦、蒼雷号」
『蒼雷号と申します。まだ未熟者ですが、よろしくお願い致します』
凪いだ海を、四隻の紅雷号型特殊巡洋艦が航行する。
その隊列には、一糸の乱れもなかった。
「ふむ……興味深いですわね」
アステルが、そんな声を漏らす。
「マリウス中将、どの艦がどこに配属されるのかは、もう決まっているのですか?」
「いや、まだだな。これからある程度の基礎訓練を行い、そのあとで決めようと思う」
リョウコの質問に、答える俺。
「まぁウチはどの艦でもいいけれど……」
という割りには、各艦の挙動をしっかりと目で追いながら、ドゥエ。
「んー、思ったより若い感じだが――」
自分も若いのを棚に上げ、最後にエミルがそういった。
「こいつはいいな。おもしろくなってきた!」
『バスターⅡ』の前を横断し終えた紅雷号型四隻が、鮮やかな機動で回頭する。




