第一九〇話:それよりも、雷光号をくれ
「あのな」
機動要塞『シトラス』政庁用後部艦橋。
最上部にある、高級幹部用の会議室で、船団フラット艦隊の総司令官、エミル・フラット総代大佐は溜息交じりに話し始めた。
「戦闘に特化した中枢船。そりゃ確かに魅力的だ。艦隊の連中を作戦区域まで連れて行ってから出動させる。その方針もいい」
俺が用意した――正確には、ミュウ・トライハル大尉が作成して提出した――機動要塞に関する書類に目を通しながら、エミル。
「だけどよ、建造費と資材、そして運用費ってもん考えろ。そこら辺が度外視できたシトラスはともかく、ウチじゃ無理だ」
……なるほど。それは道理だった。
「それとも、建造費や材料はそっちもちか?」
「恐れながら、エミル総代大佐」
俺が何か言う前に、会議に参加していたトライハル大尉が割り込む。
「いまのシトラスにそのような余裕はございません」
「だろうな」
織り込み済みだといわんばかりに、エミル。
「で、では此度の機動要塞建造に伴う、五船団の戦力不均衡は、承認なさると――」
「そうはいっていない」
それも想定通りといわんばかりに、エミルは即答した。
「トライハル大尉。貴官は先の騒ぎのどこまでを知っている?」
「――! お答えします、総代大佐。ほぼすべて、です」
「そうか……なら、オレらがいずれ、例の黒幕とぶちあたるのは想像できているな?」
「はい――」
俺が話したときは大いに取り乱したトライハル大尉だったが、いまは毅然と対応していた。
同盟関係とは言え、他の船団には弱みはみせられないということなのだろう。
その切り替えに内心舌を巻く俺である。
「だから、戦力の増強は認める。だが、不均衡になるのは看過できん。言い方は悪いが、一回やらかしている以上、な」
「おっしゃる――通りです」
やや声を下げながらも、トライハル大尉は同意した。
彼女自身の責任ではないが、元々いた組織が混乱の原因だったのだ。多少の負い目があるのだろう。
「あとな、マリウス」
「ああ」
「政庁はいらねぇ」
「だろうな」
元々エミルたちに渡した資料は、政庁となる後部艦橋や、それに付随する機能をあらかじめ取り払ってある計画も併記しておいた。
それだけも、かなりの費用が抑えられたからだ。
だが、元々の費用が、少なくとも船団フラットには受け入れがたかったらしい。
「ウチも要らないわね。基本戦術は『殴られながら進んで殴り返す』だから」
制圧前進を得意とする船団ジェネロウスの司令官、提督聖女ドゥエ・ブロシアが、そう発言する。
「重装甲の戦艦を何隻も積んだら、さすがに重いでしょ? 余り効率的ではないわ」
「ウチだとどう運用しても水雷艇大量積載になるから、ここまでデカくなる必要はないしな」
エミルが同調する。
「そういう意味で、揚陸を得意とする我々にも不要ですね。もともと、似たような機能は実装しておりますから」
と、船団ルーツ総司令官代理、リョウコ・ルーツ少将が発言する。
こちらは間もなく、司令官を継承し、それに伴い中将に昇進予定であった。
「そういう意味でオレらが欲しいのは――」
一同を代表するように、エミルが言葉を引き継ぐ。
「雷光号だ」
「機動要塞ではなく――か?」
「あったりまえだろ。最小限の人数で航行できて、戦闘は自動化同然で、おまけに変形して近接戦闘もできるんだぜ? これで欲しいと思わない方がどうかしてる」
「そうですわね。航行速力も機動性も、我が高速戦艦隊とも随伴できる艦として申し分ないものですし」
そこではじめて声を上げたのは、船団ウィステリアの司令官、アステル・パーム中将である。
「ですからわたくしも、いただけるのであれば雷光号と同等の性能を誇る巡洋艦を望みますわ」
「もちろん、雷光号と同じ性能とは言わねぇよ。それは多分無理だと思っている」
再び一同を代表して、エミルはそういった。
「そうだな――一週間くらい、そこらを見学してるから、その間に返答をくれ。期待しているぜ?」
■ ■ ■
「難題を、課せられてしまいましたね」
機動要塞『シトラス』の船渠に載った雷光号へと、俺とトライハル大尉は移動していた。
ちなみに船渠に載った船へは、機動要塞の全部から後部へと架けられた巨大な梁の上を伝って移動する。
目的の艦の上で、梁を移動する可動式の籠を降ろすことにより乗り移れるように作ってあるのだ。
ちなみに、ひとつの籠におよそ五〇人が搭乗可能である。
これを二十台同時に動かすことにより、最大一〇〇〇人を一度に移乗可能なようにしていた。
それもこれも、なにもかもが大きな機動要塞だからこそできる機構である。
「いや、難易度はむしろ下がったな」
「はい?」
「その方が楽だといったのだ」
個人的には、五隻の機動要塞から五個艦隊を発進させる光景をみたかったのだが、資材の問題があるのならば、仕方があるまい。
「しかし、私は内政のお仕事を中心としてきたので軍事には疎いのですが――雷光号の量産はかなりの困難を伴うのでは?」
「わかるのか?」
「何度か乗りましたからわかります。戦闘そのものは体験しておりませんが、軍艦としては私達の船団シトラスが保有するそれとも、他の船団とも基本思想から異なるものであることは」
「――なるほどな」
乗っただけでわかるというのは、艦隊に所属しているものでも難しいものだ。
それが出来るのは、クリス達艦隊司令官級になるだろう。
それが、内政官出身のトライハル大尉にも出来ていることに、俺は内心舌を巻いていた。
「そもそも、資材はあるのですか? この機動要塞ひとつでもう余裕はないように思えますが……」
「ある。正確には鹵獲した」
「鹵獲――もしや」
「そうだ。先の艦隊戦で沈めた海賊の残骸。あれを使う」
「なるほど、あれでしたら……しかし、どこまで性能を落とす――いえ、制限させるつもりですか?」
「それについては、俺の一存で決めるものではあるまい。クリスの判断を仰ごう。それと、雷光号自身にもな」
甲板に降りた可動籠から降りて、雷光号の甲板から操縦室後方にある、共有の居室へと移動する。
そこにはすでに他の件で別行動していたクリスと、残って書類仕事をしていたアリスが待っていた。
『おかえり、大将』
ニーゴの声が、室内に響く。
どうも、部屋が狭くならないようにとあらかじめ雷光号と融合していたらしい。
「エミルさんたちは、なんと?」
おそらく予想はついているのだろう。
あまり気にしていない様子で、クリスが訊く。
「雷光号の量産型が欲しいという要請を受けた」
「なるほど、さもありなんですね」
やはりといった様子で、クリス。
「性能については、これからやる会議で詰めようと思う。その前に、重要な前提の話だ」
「前提――ですか?」
トライハル大尉が、首を傾げる。
「ああ。――ニーゴ、重要な話だ」
『おう』
いつになくまじめな声で、ニーゴが答える。
なので俺も、声音を落として訊くことにした。
「貴様――」
『おう』
「弟と妹、どっちが欲しい?」
『妹!』
即決だった。
「ず、随分早いな……」
もう少し、考え込むかと思ったのだが。
『そりゃ、弟が駄目ってわけじゃねぇよ? でも海賊って基本野郎社会だからよ』
「おそらく元となった機動甲冑が男性扱いだったからだろうな」
一部の魔族からは女性型の機動甲冑も要望されていたが、結局は試案だけに留まり、設計図だけで終わっている。
もしもあの忌々しい勇者が現れて戦局がひっくり返るなんてことがなければ、試作くらいは進んだのかもしれない。
「……あ、あの、ニーゴさん。そしてマリウス管理官」
クリスがどこか申し訳なさそうな顔で発言した。
「そこからはじめるということなら、私からひとつ、いいですか?」
「ああ、頼む」
最近はそればかりであるが、俺の専門はもともと軍艦ではない。
それゆえ、クリスからの情報提供は、本当にありがたかった。
「少し言いにくいことなんですが……」
「構わない。今のうちに、情報は共有すべきでは」
「では――」
姿勢を正して、クリスは続ける。
「私達のあいだでは、艦船の扱いは女性なんですけれど」
――なに?
『なんだってー!?』
ニーゴが、驚愕の叫び声を上げた。




