第一八八話:政庁を作ろう
数日後、雷光号操縦室、兼管理官執務室。
「というわけで……」
渋い声のまま、元クラゲの中年と青年と中間――本人曰く、中年であるつもりらしい――の男は優雅に片手を胸に当てて一礼した。
「私はファウスト・ウォーターと名乗らせてもらっている。大佐の地位をいただいたことだし、これからはファウスト大佐、と呼んでほしいものだね」
「同じく――」
こちらは妙齢の女性の声で、かつて船団ジェネロウスを混乱に陥れた女が、優雅に膝を折って一礼する。
「リバー・サウザンドと名乗らせていただいております。ああ、ジェネロウスの時はリナ・シュガーと名乗っていたのでご心配なく。容姿も、少し若返らせましたので同一人物とは疑われませんでしょう」
なるほど。
いわれてみれば、船団ジェネロウスにてであったときより、少々若く、また柔和になっているようにみえる。
もっとも、雰囲気というか気配はあまり変わっていなかったが。
「では、ファウスト大佐とリバー大佐と呼ばせてもらおう……ちなみに、どこからひっぱってきた名前だ?」
「偉大なクラゲの英雄からだね」
「同じく」
「――そうか」
クラゲの英雄。
一体なにをしたのか気にはなったが、いまはさておく。
「それで、貴様達の下につけた、トライハル大尉はどうだった?」
「それは――」
「そうですねぇ」
ファウストとリバーがめくばせする。
それはごまかすという訳ではなく、どちらが先に発言するべきかを、悩んでいるようであった。
「ファウスト大佐、貴様からだ」
なので、俺が先鞭を付けてやる。
するとファウストは安心したように一息つくと、
「優秀な人間であるよ。間違いない」
「……リバー?」
「もしも、という表現を使わせていただけるのであれば、もしも彼女がもっと早く私の下にいたのならば、もっと早くジェネロウスを手中に収めていたのではないかと」
「――そこまでか」
「ええ。彼女はいままで出逢った内政官の誰よりも――判断が、早いですね」
「そして――」
リバーの言葉を継ぐように、ファウストが続ける。
「切り捨てるのが上手い」
「ほぅ……」
それは、内政官として必須の技能だった。
なにに対応し、何に対応しないのか。
ときにそれらに優先順序を設け、さらに必要によっては、なにもしない――つまり、切り捨てる必要がある。
ミュウ・トライハルにはそれができるのだという。
「これにより、海底工場の生産力と、指定された資源の製造量、貯蓄量は著しくあがっているね」
ファウストは、そう締めくくった。
「ならば、もっと階級を上げて裁量を増やしても――」
「問題はないでしょうね」
自分たちの階級に追いつかれる可能性が高くなるのに、リバーはそう肯定した。
もともと、今の地位にあまり固執がないのかもしれない。
「わかった。彼女の昇進はクリスに掛け合おう。他になにか気になることはあるか?」
俺の質問に、ファウストとリバーは再び顔を見合わせた。
だが、今度のは譲り合いではなく、いうべきかいわざるべきかを悩んでいるようにもみえる。
「どうした、忌憚なく述べよ」
「では、私から」
ファウストが、やや当惑した様子で続ける。
「いつまで、雷光号を政庁代わりに使うつもりかね?」
……あ。
■ ■ ■
「なるほど、政庁の建設は確かに重要なものです」
と、俺からの話を聞いたトライハル大尉は、肯定した。
「現状雷光号の操縦室では、事務所程度の事務能力しかありません。最低でも、『バスターⅡ』級の作戦司令室くらいの情報処理能力がほしいところです」
「そこなんだが」
と、俺は設計図を海図を展開するための机の上に広げる。
「現在の中枢船では、政治部こと行政府が艦橋前方、情報部こと図書館が艦橋後方、そして防衛部こと護衛艦隊が後部港湾部近くにそれぞれ本部を置いていた。だが今回の有事で政治部は暴走し、それを抑止する防衛部は機能を十全に活かせなかった」
船団シトラス中枢船の設計図、その各部を指揮棒で指しながら俺は続ける。
「特に政治部に対する失望が大きく、次に防衛部に対しても失望とまではいかないが中立的な意見の者が増えていると聞く。事実上、いまの中枢船は情報部でもっているようなものだ」
「その意見に関しては、否定は致しません」
現在、図書館は全力全開で船団の民に対し、報道を続けていた。
これにより、船団の民に対しいくらか慰撫する効果が既にみられている。
「なので俺は、政庁を作るにしても、中枢船に置かない方法にすべきだと思う」
「ごもっともです。ですが、具体的には?」
トライハル大尉の質問に対し、俺は頷いて二枚目の設計図を広げる。
「同規模の中枢船を、もう一隻建造する」
「――はい?」
「こちらに政治機能をすべて移し、同時に護衛艦隊の機能もこちらに移し、航行の権限はすべて防衛部に持たせる……どうだ?」
「……ど」
「ど?」
度し難かったか?
「どこにそんな資材があるっていうんですかー!?」
なるほど、そっちの話であったか。
だが、こちらの話は最後まで聞いて欲しいものである。
俺はそれを説明すべく、小さく息を吸ったのであった。




