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勇者に封印された魔王なんだが、封印が解けて目覚めたら海面が上昇していて領土が小島しかなかった。これはもう海賊を狩るしか——ないのか!?  作者: 小椋正雪
第八章:船団長、魔王マリウス

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第一八六話:全部、私のせいなんです。

「おちつきましたか?」


 二杯目の茶を取り乱したミュウ・トライハルの前に置いて、アリスはそう訊いた。


「は、はい。すみませんでした……」


 前から思っていたのだが、茶の栽培は俺が封印される前でも難しいものであった。

 ここは俺が治めていた魔王領より栽培に適した暖かい地域であるが、肝心要の大規模な斜面――というか陸地がない。

 そのことをさりげなくアリスに訊くと、案の定というかなんというか、チャノリという海藻を使っているということだった。

 遙か東国では海草を干して粉にして茶にする風習があり、それは茶というよりも出汁の効いたスープのようであったと記憶しているのだが、そのチャノリを使った茶は塩気を全く感じないのだから不思議なものである。

 閑話休題。


「落ち着いたようでなによりです」


 こちらもアリスから淹れてもらった茶を飲みながら、クリス。


「お互いに冷戦状態であったから仕方ないかもしれませんが、我が護衛艦隊は法治を旨としています。いかな事情があろうと、いきなり処刑なんてことはしませんよ」

「いえ……クリスタイン元帥とて、私の話を聞けばそうも言えないと思います……」

「――父がらみの、話ですか?」


 びくりと、ミュウ・トライハルの肩が震えた。

 どうも、クリスの指摘通りであるらしい。

 そして指摘したクリス自身はというと……。


「そんなことだろうと、おもっていました」


 深い、溜息をついていた。

 それは、怒りとも呆れとも違う、それでいて悲しみや嘆きとも違う、独特のものであった。

 それはもう、クリス以外には理解できない感情になりつつある。

 もしかすると、クリス自身にもわかっていないのかもしれない。


「さしずめ、例の会議のときに出席していたという線ですか?」

「はい。あのとき……私も出席していたのです。船団長補佐官の、ひとりとして」


 例の会議とは、クリスが船団シトラスの護衛艦隊の司令官にならざるを得なかった事件――。

 すなわち、超巨大海賊とクリスの父親である前司令官が、座乗する戦艦ごと相討ちになった件のことだろう。

 クリスと共に他の船団を巡っていくうちに、その時の様子は各方面から語られその事件の全貌はだいぶ明らかになっていたが、結論からいうと……。

 一番の問題は、船団シトラスの政治部にあった。


 そういう意味で、ミュウ・トライハルのいっていることは正しい。

 正しいが……。


「私はあのとき、反対したのです。シトラスの護衛艦隊から戦力を裂いてまで撤退する必要は無いと……ですが、結局は自分の命惜しさに……!」

「――確かにそうかもしれません。ですが、当時の政治部に、あのぼんくらを止められる人材はいなかったでしょう」


 いままではぼんくらという言葉を濁して使ったり、隠していたクリスであったが、実際に船団をひっくり返した今はかばい立てする必要が無いと判断したらしい。

 ……いや、クリスにしてはやや扱いがぞんざいだが、これは――。


「――失礼。死者に対する礼儀がなっていませんでしたか」

「いえ……それだけのことをしたのは確かですから」


 ――なるほど、腹芸のひとつだったか。

 同時に、それを使いこなせるクリスに内心感嘆する。

 それを習得せざるをえない環境を思うと、単純に褒めることは出来なかったが。


「ただ、その――亡くなったのは、確実なんですね……」

「ええ。マリウス管理官が、徹底的に調べ上げてくれましたし、その結果をヘレナ司書長も事実であると認定しました」

「そうですか……」


 表向き、船団長とその後継者は、自決したことになっている。

 おそらくその情報はミュウ・トライハルにも届いていたが、その情報の確度を計っていたのだろう。


「ですがやはり、この結末は――私達政治部に問題があったのです。常日頃から、船団長を諫めることができる環境を作っていれば……いえ、あの場で命をかけて正しさを証明していれば……!」

「戦う力の無い政治部の方には、仕方の無いことです」

「ですがっ……そのため、こうして政治部と防衛部は緩やかな冷戦状態となり、結果としてどちらかが倒れるところまで行き着いてしまいました。船団の政治に関わる者として、この結果は最悪に等しいものです……!」


 両方の拳を握りしめて、ミュウ・トライハルは言葉を絞り出す。


「いまからだって、やりなおせますよ」

「私は、クリスタイン元帥ほど、強くはありません……」

「私が逃げ出したいと、思わなかったことがない。そう思っていませんか?」

「……えっ」


 ミュウ・トライハルが、顔を上げる。

 彼女の妹、へたをすれば娘ほどの年齢の、クリスに。


「いまいちど、お願いします」


 深く頭を下げて、クリスは続ける。


「貴方のいうとおり、船団シトラスはふたつに割れ、そのうちひとつは消滅しました。ですがまだ、この船団には、民がいます」


 正確に言うのならば、船団の運営に関わる人材が、大幅に減っているというのが現状だろう。

 特に政治を司る行政府の人間が、圧倒的に足りない状態となっている。


「貴方を大尉待遇で、護衛艦隊に迎え入れます。その後、マリウス管理官の麾下に入り、新しい行政府の立ち上げに参加して欲しいのです」

「そのお気持ち、大変嬉しく思います」

「では……?」

「ですが、私にはできません」


 少しの間だけ、沈黙が辺りを支配した。


「それは――なぜですか?」

「それでも私は、罰を受けたいからです……」


 なるほど。

 ミュウ・トライハルは自らを許せないのだろう。

 これを翻意させるのは、なかなかに難しい。


「なら、処刑より厳しい罰がありますが?」

「えっ!?」


 しかしクリスは、あっさりといった。

 まるで、そういうことには心当たりがあるというように。


「そ、それは……いったい?」

「簡単な話です」


 人差し指を立てて、クリスは答える。


「知ることという、単純な罰です」


 ……ああ、なるほど。そういうことか。

 アリスもすぐに気付いたらしく、こちらを一瞬だけみる。


「あの……それって、どういう……?」

「ミュウ・トライハルさん。これから貴方は是が非でも船団シトラスのために力を注ぐことになるでしょう」

「そ、それは強制労働的な意味でしょうか?」

「まさか。もっと単純な話ですよ。――マリウス()()、よろしくお願いします」

「へ、陛下!? それは船団ウィステリアにしか――!?」

「いいのか……? クリス」

「ええ、かまいません」

「――わかった」


 肩をすくめて、俺は魔力を集中させた。


「ミュウ・トライハル」

「な、なんですか!?」

「噛むなよ、舌を」


 ふ。

 ふは。

 ふはは。

 ふはははは!

 ふははははは!

 ハハハハハハハ!

 ハーハッハッハッハァ!

 それからどうした!


「理解していただけただろうか」

「……じゅ、十分過ぎます! 十分過ぎますから!」


 そこで俺は、魔力を操作し、ミュウ・トライハルごと宙に浮かべていた椅子をそっと床に降ろした。

 同時に、宙に浮いていた俺も着地し、身に纏っていた紫電を解除する。


「クリスタイン元帥……! あなたは、あなたというひとは……!」


 椅子の肘掛けにしがみついたまま、ミュウ・トライハルは声を張り上げる。


「これを船団シトラスで知っているのは、私と、ヘレナ司書長と、秘書官であるアリスさん、操舵手であるニーゴさんだけです」

「こんな! こんなに力のある方を船団長に推挙したのですか、あなたは!」

「ええ、推挙しましたが?」

「こ、このような方を御せる自信があると……?」

「まさか。私ではとてもではないけど無理です」

「で、では、クリスタイン元帥。貴方はこの方を船団長にしてどうするおつもりなんですか!? よもや船団の私物化を!?」

「別にどうもしませんよ。船団の私物化なんて、とてもとても」

「ですが! マリウス――か、か、管理官でしたら、それが可能なんですよ!?」

「マリウス管理官なら、そんなことはしませんよ」

「そんな保証が、いったいどこにあるんです!?」

「きづいていませんか? もしマリウス管理官が本気でこの船団を欲しているのなら、こうなる遙か前、それこそはじめてこの船団を訪れた時点で、武力制圧してしまえばよかったんです」


 ミュウ・トライハルが、言葉を詰まらせる。

 それはつまり、クリスの言うことが正しいと理解したのだろう。


「本来であれば、もう少し信頼できるようになってから明かすつもりであったのだがな」

「できうることなら、知りたくなかったです。こんなこと……!」


 だろうな。

 ミュウ・トライハルの性格上、関わりたくないというのが本音だろう。

 だが……。


「しかし貴様は罰を望み、そしてこうして罰せられた。それならばあとは……わかるだろう?」

「……ええ。予想とだいぶことなりましたが、これも私が望んだことです」


 意外にもはっきりと、ミュウ・トライハルは肯定した。


「ですから、今度は――我が身を賭してでも、今度こそは――」


 涙目になりながらも、こちらをまっすぐと見つめ、断言する。


「貴方を補佐し、間違っていることは全力で止めますからね、マリウス管理官!」



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