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勇者に封印された魔王なんだが、封印が解けて目覚めたら海面が上昇していて領土が小島しかなかった。これはもう海賊を狩るしか——ないのか!?  作者: 小椋正雪
第八章:船団長、魔王マリウス

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第一八五話:元内政官、ミュウ・トライハル


「あの、先ほどは……本当に失礼致しました……」


 俺達を自室の応接間に通して、彼女は俯きがちにそういった。

 さきほどは下着の上にシャツを一枚羽織るだけどいう、かなり大胆――というかずぼらな格好であったが、今はこの船団の作業着とおぼしきものをしっかりと着込んでいる。

 またそのままにしていた、クリスよりは短く、アリスよりは長い髪は、現在うなじ辺りでまとめていた。

 ちなみに、扉を開ける前にあちこちにぶつかる音を俺は感知していたが、案の定部屋は

散らかっていた。

 とはいってもそれはゴミが溢れている訳ではなく、本や紙束が部屋のあちこちにうずたかく積まれているためであった。

 それでもほこりっぽさを感じないのは、掃除が行き届いているためであろう。

 現に、それぞれの書類や書籍の山に、埃のたぐいはまったく積もっていなかった。


「ミュウ・トライハルさん……ですね?」


 クリスが、念を押すように訊く。

 おそらく資料にあった才媛が、想像していたものと違っていたためだろう。

 その言葉に、ミュウ・トライハルはびくりと一瞬震えてから、


「は、はい……そうです。クリス・クリスタイン元帥閣下。そちらが――アンドロ・マリウス少将閣下……ですね?」


 閣下。

 それは将官に対する敬称だ。

 准将――船団シトラスには准将の地位がないので、少将からか――になってからつけられるそれが、かつて魔王として君臨していた俺につけられるというのは、なんともこそばゆいものがある。

 が、いまは感傷に浸っている場合ではない。

 いま、ミュウ・トライハルは俺の名前と階級を正式に言い当てた。

 中枢船ではなく、船団の端に位置する船で、昇進してあまり日が経っていない俺の名前と階級を、正確に言い当てたのだ。

 軍高官の昇任降任は、官報として中枢船から随時発行されていると聞く。

 おそらく彼女は、それをなんらかの手段で常に把握しているのだろう。

 つまりは――。

 噂通りの才媛であることは、まちがいではないらしい。


「え、ええと……そちらの方は?」


 俺の隣に座る(そして反対隣にはクリスが座っている)アリスに視線を向けて、ミュウ・トライハルは訊く。

 官報が出るのは軍高官――つまり、将官であるクリスや俺どまりだ。

 中尉であるアリスの情報は、さすがに掴んでいないのだろう。


「ご挨拶が遅れ、申し訳ありません。わたしはマリウス船団長代行船団管理官の秘書官を務めます、アリス・ユーグレミア中尉です」

「まぁ、その若さで中尉とは――すごいですね。私はてっきりしょけ――あ、いえ、なんでもないです」


 しょけ――処刑人?

 なにを想像しているのか、いまいちわからなかった。

 それと、アリスより二歳年下で既に元帥に登り詰めたクリスのことを忘れていないだろうか。


「ま、マリウス少将閣下の肩書が、船団長代行船団管理官ということは、今後の船団の運営は、防衛部である護衛艦隊が政治も担当するということでしょうか……?」

「いいえ。私達護衛艦隊と、ヘレナ司書長率いる情報部、図書館からそれぞれ人員を募り、おおよそ半々で運営します。それも、当面のことで、ゆくゆくは新しい政治部――行政府として、発足するでしょう」


 よどみなく、クリスはそう答えた。


「それでも筆頭は必要ですから、船団の外から来て、色々と見識が深いマリウス少将に、管理官をお任せすることになったのです。ご理解、いただけましたか?」

「え、ええ。十分に……」


 汗をかいてもいないのに、額を手で拭って、ミュウ・トライハルはそう頷いた。

 確かにここは南の海域だが、室内故日差しは遮られているし部屋の風通しもいい。

 故に、室温はそれほど高くない――はずなのだが。


「そ、それで、本日はどのようなご用件でしょうか……?」


 もはや俯きがちではなく、完全に俯いて、ミュウ・トライハルはそう訊いた。


「聡明なあなたです。もう察していらっしゃると思いますが?」


 それをただの緊張と判断したのか、クリスがそう言葉を紡ぐ。


「で、では……やはり?」

「……ええ」


 自信たっぷりにクリスは頷く。

 そもそもの目的は、彼女の登用だ。

 政治部と呼ばれる行政府で成果をあげながらも、上層部の間違いを諫めたため左遷されてしまった彼女、ミュウ・トライハル。

 そのような経歴の持ち主なら、機会さえあれば中央に戻りたいと願うだろう。

 現にクリスはそう踏んでいるし、俺もそうだろうと思っていた。

 だが、何か様子がおかしい。


「な、なら……私は……」


 肩が震え、次に全身が震え、蒼白な顔とひっくり返った声で、ミュウ・トライハルはそう呟く。

 これは――どういうことだ――?


「あの……ミュウ・トライハルさん……?」


 さすがに様子がおかしいことに気付いたクリスが、少しだけ腰を浮かせる。

 だが、ミュウ・トライハルはそれを別の意味に捉えたのか、明確に身を引くと、おびえた目で俺達をみつめ、


「わ、わたしは……しょ、処刑されてしまうんですねーっ!?」


 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………なぜ?


「どうしてそうなるんですかーっ!」


 クリスがここ数日で聞いた中でも一番の大声で、船中を震撼させた。

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