第十八話:契約、そして改装祭り
甲板にあがってみると、メアリは自分の船の上で待っていた。
かなり長い間アリスと話し込んでいたのだが、律儀に待っていてくれたらしい。
「あら、ちょっとはましな顔になったじゃない」
「その件では、世話になったな」
「世話っていうほど、時間経ってないわよ」
「そうだったか……そうだったな」
感覚的に一昼夜は話し合っていた気がするが、実際はそうでもなかったようだ。
「さて、立ち話もなんでしょ」
横付けにした雷光号から乗り移り、船長室に案内される。
当然のことながら、こちらは雷光号と違ってただの船であるため、全体的に手狭だった。
「んで、あたしの『暁の淑女号』の帆についてだっけ?」
席を勧めながら、メアリが言う。
「ああ。どこで手に入れたかを、教えてほしい」
「——話せば、長くなるわよ」
「構わない」
「そう。なら、覚悟して聞きなさい」
自分も席に座り、両肘を机の上に置いて、メアリは言葉を続ける。
「あれは……星の綺麗な晩だったわ——」
たしかに長くなりそうな導入だった。
「ここから遠い船団でね、酒場で意気投合したおじいさんにもらったの」
「……それで?」
「使い方を教えてもらって、うちの船にとりつけて、それでおしまい」
「まったくもって長くないな!」
「導入までが長かったでしょ?」
「やかましいわ!」
断言するが、封印される前の俺であったら、今のでまちがいなく消し炭になっていただろう。
「それで、その老人には会えるのか?」
「いいえ、無理よ。その日からしばらくして亡くなったわ。なんでも、重い病気を患っていたんですって」
「そうか……それは確かなのか?」
「ええ。あたし達が水葬したからね」
「弔ったのか」
「そりゃあね。こんなすごいものをもらったんだもの」
しばしの間、沈黙が辺りを包む。
折角の手がかりであったが、掴むまもなく霧散してしまった——そんな感じだ。
「察するところ、帆の由来を知りたかったみたいね?」
「ああ。風が吹き出す帆なんて、きわめて珍しいからな」
「見ただけでそこまで気付く方が珍しいわよ」
それはもちろん、制作者だからな。
とは、流石に言えないので沈黙で誤魔化すことにする。
「まぁあたしも気になって、もらったときに聞いたんだけどね。おじいさんもよくわかっていなかったみたいだったわ」
「そうか……」
「でもね、どこから来たのか察することはできるわ。多分これ、発掘島のものよ」
「発掘……島!?」
俺が封印されていた島以外ではじめて他の島の名前を聞いた。
「島が……あるのか」
「ええ。それで提案なんだけど……貴方、あたしたちと組んでみない?」
「どういうことだ?」
「発掘島ってね、小さいのにとっても深い洞窟を持っている島があって、そこから不思議なものが文字通り発掘されているのよ」
「燃料のいらない灯りとかか」
「そう! よく知っているわね、貴方」
それはそうだろう。
俺が封印される前、一番普及していた魔法具がそれだったのだから。
ちなみに、一から設計し、製作したのも俺である。
「でもその周辺は海賊がうろうろしていてね。あたしたちの船だと逃げることは出来ても倒すことはできないから、そう簡単に近づけないのよ。でも貴方達のその船、なんだか強そうじゃない? おまけに足も速いからあたしたちの船についてくることもできるし」
「つまり、そこに行くまでの護衛か」
「それだけじゃないわ。探索としても人手が欲しいの」
「なるほど……発掘されたものの鑑定も必要だろうしな」
「そういうの得意なの?」
「ある程度は、な」
なにせ、大抵の作成者は俺なので。
「それじゃあ——」
「ああ。その仕事、受けよう。ただ、少し時間をくれ。前の報酬を消化したい」
「そりゃそうよね。こっちも準備があるし、五日ほどあればいい?」
「三日でいい」
「わかったわ! それじゃ、三日後に」
「ああ」
互いに握手を交わす。
そして、その時点で気がついた。
秘書官たるアリスをつれずに、仕事を引き受けてしまったことに。
◾️ ◾️ ◾️
「いえ、お話を聞いてみてくださいって言ったのはわたしですから、とやかくいうつもりはありませんけど……次はわたしも同席させてくださいね」
船団への帰路。
ことの次第を聞いたアリスは怒りも叱りもせず、そう言うだけだった。
「すまなかった……」
「契約の詳細、詰めてないんですよね」
「ああ」
「なら、まだ大丈夫だと思います。あの人たちは多分悪い人ではないので変なことを要求することもないでしょうし」
「いや、まだこの世界の細かい習慣がわかっていないのに、勝手に決めてしまったのは俺の落ち度だ。借りひとつとしたい」
「そうですか……それじゃあ」
いたずらっぽい微笑みを浮かべて、アリスはいう。
「雷光号ちゃんの改造、すぐ近くで見ていていいですか?」
「構わないが……しばらくは、ほぼ徹夜になるぞ」
「構いません」
「見ていても楽しいものではないと思うが」
「そんなこと、ありませんよ」
再び微笑んで、アリスは言う。
「わたしたちの船であると同時に、わたしたちの家でもあるんですからね。楽しくないわけがないです」
というわけで。
ふ。
ふは。
ふはは!
ふははは! ふはははは!
ハハハハハ! ハーッハッハッハァ!
「またせたな! 改造の時間だ!」
『ヒャッハー!』
「ひゃっはー!」
二五九六番につられて、変な歓声をあげるアリスだった。
今回は、報酬の金額にものを言わせて、船団の船渠を借りている。
既に資材も運び込んでおり、周辺の人払いも実施済みだ。
つまり——やりたい放題ができる!
「いくぞ!」
積み上げられた素材を浮かばせ、頭の中に描いた形に加工していく。
それと同時に——。
「まずは船体をまたもや前後に伸ばす!」
『ひゃっはー! ……あんまり痛くしないででででででぇえ!?』
「うわぁ……二五九六番ちゃんがフカキモノドモマグロみたいに輪切りになってる……」
時間はあまりないし、かけるつもりもない。俺は魔力全開で雷光号の改造を進めていく。
「続いて機関を強化する! しかも俺と直結するだけではなく、魔力を貯蔵する魔法具を追加だ!」
『マジで!?』
「マジだ! これにより数日間の単独行動が可能になったぞ!』
『ひゃっはー!』
これにより、なんらかの事情で俺が留守の間でも雷光号は動けるようになる。
今度向かう発掘島にこもる場合、外で待っている雷光号に何かあった場合、すぐに迎撃行動が取れるというわけだ。
それに、なにかあったときにアリスだけも船が動かせるようにしておいたほうがいいだろう。
幸いアリスと二五九六番は仲が良い。いざという時はふたりでどうにか対処できるに違いない。
「そして武装だ! 両舷にある主砲に加え、艦首と艦尾に小口径速射砲を追加する!」
『マジかよ!』
「マジだ! これで小型船の掃討が相当楽になるはずだ!」
『……大将、アンタ冗談が下手だな』
「やかましい! 次、内装!」
「おふろ! おふろ! おふろ!」
それを待っていたとばかりに、アリスが叫ぶ。
「風呂は最後だ。まずは洗濯機!」
「洗濯機!」
「洗濯板などもはや古い! 円筒状にした洗濯板を回転させることにより、自動的に汚れを落とす! 容量は俺と貴様の服三着分、計六着分を一度に洗えるぞ!」
「すごーい!」
「次は乾燥機!」
「乾燥機!」
「一見するとただの狭い部屋だが、湿気を完全に除去してある。さらには機関からの余熱も巡回するようになっており、ここに干すだけで日中の晴天下で干すのと同じ効果が得られるぞ! もちろん、やっかいな汐風の類は完全に遮断してある!」
「すごーい!」
アリスの語彙がだいぶ退化しているのが気になる。
それだけ風呂が待ちきれないのだろうか。で、あれば——。
「そして……」
「そして!」
「またせたな! 風呂だ!」
「お風呂ー!」
年相応の少女らしく、アリスが飛び跳ねた。
よほど期待していたのだろうか。
ここまで狂喜乱舞するアリスは、はじめてみる。
「海水の風呂ではないぞ。真水に変換してから使用する本物の風呂だ!」
湯船の使う素材を目の前で加工しながら、解説する俺。
「ほ、本当ですかっ!?」
「嘘を言ってどうする。さすがに湯船は肩が浸かる程度の深さ、脚が伸ばせるくらいの広さしか確保できなかったが——」
「十分すぎですよ! って、あれ? 見た目が深い?」
「揺れ対策だ。雷光号が大きく揺れた時に湯がこぼれてはもったいないし、再度補充するにしても時間がかかるからな」
それならば、最初から湯船を深く作ればいい。ただし、ただ深く作るのでは閉塞感があってよろしくないので、ラッパのようにある程度の深さから上に向かって広がるように調整してある。
「続いて湯の出し方だ。赤い蛇口で機関からの放熱で暖められた熱いお湯が、青い蛇口で常温の水がでる。風呂を入れる時はこのふたつを使って好みの温度にしてくれ」
「温度調整もできるんですか!」
「ああ。もちろんだ。なお、湯船に適正量の湯が溜まると、二五九六番が知らせてくれるようになっている」
『マジかよ』
「試験してみよう」
『《モウスグ、オフロガワキマス》本当だ! すげぇ!』
これで、湯船が溢れることはまずないはずだ。
「本当に、すごい……」
魔力によって素材を変換し、風呂として組み上げていく様子を見ながら、アリスがため息をつく。
「こんなお風呂、船団の中枢で働く人でも入れないですよ……」
「そうか。だが、関係ないな」
風呂をあれだけ熱望していたのだ。広さこそかつての城にあったそれとは比ぶべくもないが、少なくとも機能は同一とさせたかった。
『悪ぃ、ふと思っちまったんだけどよ』
二五九六番が口を挟む。
『オイラの中で、女の子がお風呂……って、やばくね?』
なるほど。言いたいことはわかる。
だが——。
「安心しろ。入浴中は二五九六番が感知できないようにする」
「いえ、別に気にしませんけど……」
「俺が気にする」
『オイラも気にする』
あまりにも警戒心のないアリスに対し、俺たちの意見が期せずして一致した。
「でも、お風呂はいっている時に敵襲とかあったら大変ですよね?」
「……む。確かにな」
「こちらから連絡ができる装置とかつけられませんか?」
「やってみよう。いや、やろう」
「ありがとうございます」
古典的なのは伝声管だが……軽量化と設置体積減少を兼ねて魔力を通した鋼線を使うべきか?
いや、それだと錆びるからいっそ糸に。
いやまて、常に揺れる環境を考慮したら——。
ふ。
ふは。
ふはは!
ふははは! ふはははは!
ハハハハハ! ハーッハッハッハァ!
やはり、ものづくりはいい。
心が癒されていくのが、実感できる。
◾️ ◾️ ◾️
そして、三日後。
「完成しましたね……」
「ああ。我ながらよい出来栄えだ……」
雷光号の改装は終了した。
全長が長くなり、機関も強化されたため、以前より速度が出るようになっている。
加えて、あまった機関出力で急回頭、急制動できるようになったため、機動性も犠牲になっていない。
快適性だが、こちらは純粋に船体が長くなったため安定度が上がっている。加えて、今まで足りなかった日用品も運び込んだためため、住居としての居住性は格段上になっていた。
「おはよう! ここにいるって聞いたんだけどおじゃましていいかしら?」
様子を見に来たのだろう。メアリがひょっこりと顔を出していた。
「あ、はじめまして。マリウスさんの秘書官を務めています。アリス・ユーグレミアです」
「『暁の淑女号』船長、メアリ・トリプソンよ。よろしく」
ふたりで、握手を交わす。
そういえば、アリスが同世代の少女と一緒にいるのはこれがはじめてではないだろうか。
そう考えると、何故か感慨深かった。
「なんか、眠そうね。貴方」
「いえ、そんなことは——ふぁ……ご、ごめんなさい」
「気にしないわ。ただ、そんな遅くまで何をしていたの?」
「朝まで、マリウスさんと一緒に……ふあぁ……」
いやまて。その言い方はまずい。
「……貴方、あれだけ深刻な顔しておいて、そんなことしてたの?」
案の定、メアリは盛大な誤解をしていた。
「まて、ちがう、誤解だ!」
「色々と、すごかったです! 三日三晩、ずっと動きっぱなしで!」
「んなっ!?」
メアリの顔が、たちまち真っ赤になる。
どうも、そちらの方にあまり免疫がないらしい。
現に、俺を獣を見るかのように睨んでいる。
獣ではなく、魔王なのだが……。
「貴方、自分の秘書官にそういうこと——」
「だから誤解だ!」
「いろんなものが次々と入っていって……すごい光景でした」
「なにを入れたっていうのよ一体!?」
「俺の話をきけえええええええええ!」
船渠を俺の絶叫がこだまする。
誤解が解けたのは、昼を過ぎてからだった。
■今日のNGシーン
「風呂は最後だ。まずは洗濯機!」
「洗濯機!」
「洗濯板などもはや古い! 円筒状にした洗濯板のを回転させることにより、自動的に汚れを落とす! 容量は俺と貴様の服三着分、計六着分を一度に洗えるぞ!」
「すごーい! 君はものづくりが得意なフ◯ンズなんだね!」
「た、たべないでくださーい!」




