第一七八話:魔王ですが、昇進しました。
「まぁ冗談はさておきとして、だ」
急に緊張を帯びた目になって、エミルは訊いた。
「彼のひょろ長いの、北の船団を自分のものにしたようなこと、言っていたよな。調査させるか?」
「いまはやめておいた方がいい。事実だとしたら、よほど念入りに編成しないと、全滅するおそれがある」
「――やっぱりそうか」
頷くエミルとほぼ同時に、その場にいた各船団の司令官全員の顔が引き締まった。
タリオンが言っていたことが事実であれば、最悪の可能性として、今回以上の規模での艦隊戦が起こりうるということだ。
「わかった。ここらへんはまず各船団の情報部に任せた方がいいな。――ヘレナ司書長?」
「ええ。実は既に五船団の情報部で北の船団への共同情報網を張ったわ。交易船からの情報が主になるから伝達速度は余り早くないけど、ないよりはマシでしょう?」
エミルが、調子外れの口笛を吹く。
「さすがは本職さんだな。んじゃまぁオレらは、万一そいつらが雪崩れ込んできたら、どう潰すかを考えるわ」
「ええ。よろしく」
「ところでマリウス」
「なんだ?」
「『雪崩れ込んで』の、雪崩ってなんだ?」
「……雪は知っているな? あれが高い山に降り積もりすぎて、限界を超えると一度に麓へ向かって崩落する現象だ。雪崩れ込むというのは、そのときの様子をたとえたものだな」
「へぇ……なるほどな」
どうやら、言葉だけが遺っていたらしい。
エミルだけではなくアステルやリョウコ、さらには伝承に詳しいアンやヘレナも驚いている。
「んじゃ、今日はこんなところだな。今後の方針として、オレらはしばらく残るが、手空きの艦は各船団に帰らせる」
「ああ、それでしたらこちらもひとこと」
機をうかがっていた様子で、アステルが手を挙げる。
「こちらに避難されていたシトラスの船は、すべてお返ししてもよろしいですわね?」
「はい、それでかまいません」
いつもの様子にもどったクリスが、はっきりと返答した。
「んじゃま、中枢船の復興、がんばっていこうぜ。解散!」
□ □ □
「ふぅ……」
雷光号操縦室――の後方にある共有の居室で、クリスは長椅子へ倒れ込むようにして横になった。
「こんなに疲れたのは、就任の時以来ですね……」
「お疲れ様でした、クリスちゃん」
アリスがそう労って、茶を淹れる用意をする。
「中枢船の復興には、時間がかかりそうか?」
俺がそう訊くと、クリスはごろりと長椅子の上に仰向けになり、制服の襟元を緩めると、
「いいえ。報告がすでに上がっているんですが、物理的な損壊は最小限でしたのでそれほどではないです。ただ、政治部を取り仕切っていた人材が軒並み抜けてしまったので……」
いまになってわかったことだが、北の船団――つまりはタリオン――と結託した船団長とその息子に対し、有能な官僚は次々と逃げ出してしまったらしい。
中枢船に残っていた者も、今回の攻略戦で降伏していたが、復職は――クリスとヘレナが温情を出しているのにもかかわらず――固辞しているそうだ。
「逃げ出した官僚は、北とうちとの間にある、中小規模の船団に行ってしまったみたいなんです。呼び戻すにしても時間がかかりそうですね」
「南は?」
「ここから南に船団はありませんよ。単独の交易船や漁船が漁を行う程度です」
それはちょっと気に掛かる話であった。
これより南にはなにがあるのか……。
ことが落ち着いたら、クリスに訊いてみようと思う。
「とすると当面は、護衛艦隊と情報部で船団を運営すると?」
「はい。なので――」
勢いをつけて起き上がり、クリスは対面に座る俺を真正面にみた。
「これからは、マリウス艦長にも色々とお手伝い、してもらいます」
「俺は一介の艦長だぞ? しかも大佐だ。そういうのは将官の仕事だろう」
「そうですね」
めずらしく、意地の悪い笑みを浮かべてクリスは肯定する。
「でも、偉くなったらそうもいっていられないと思います」
□ □ □
翌日。
「辞令です。今回の中枢船奪還作戦における多大な功績を認め、雷光号全乗組員を一階級昇進とします!」
昨日と同じく元帥の制服に身を包み、みっつの階級章を机の上に並べてクリスはそう宣言した。
つまり――。
ニーゴは特務曹長から少尉に昇進。
アリスは少尉から中尉に昇進。
そして俺は、大佐から……少将に昇進となる。
船団シトラスの護衛艦隊には准将官となる准将の階級がないため、いきなり将官になってしまう俺であった。
「少尉か……特務曹長って響き、好きだったんだけどなぁ」
ニーゴが少しだけぼやく。
「その代わり、儀礼用とはいえ剣が支給されますよ。ニーゴさんの体格に合わせた専用のものです」
「マジで!? おっしゃ、燃えてきた!」
「あの、わたし軍の勉強あまりしていないんですけど、大丈夫ですか?」
アリスが心配そうに訊く。
中尉ともなると俺が封印される前は中隊長、もしくは機動甲冑の上級操縦士、船団シトラスの護衛艦隊では航海士、もしくは小型艇の艇長になれるほどの階級だ。
当然本来であれば士官学校という専門の養育機関を、それもしっかりと成績をだして卒業しなければならない。
そこを、アリスは気にしているのだろう。
「アリスさんは、マリウス艦長の副官専任ですから、大丈夫ですよ」
と、安心させるようにクリスはいう。
「むしろ、階級がないと困るんです。でないと他の方を副官に据えないといけませんから。それは、アリスさんもいやですよね?」
「 は い ! 」
かつてない勢いで、アリスは即答した。
「さて――」
こちらへ振り向き、ニッコリと笑ってクリスは続ける。
「マリウス艦長は、艦隊から独立していた艦長から、私の直属になってもらいます。少将となれば一艦隊を率いるのが常ですが……それは少しの間、まっていてください。当面は、『私が座乗する雷光号の艦長』という立場でお願いします」
「……なるほど」
それはつまり、どういうことかというと。
クリスは、自分の座乗艦を雷光号に固定させたということだ。
ゆえに、いままでの海賊狩り認可のためにしてきた航海以降も、クリスはここにいるということになる。
「……より指揮が執りやすいよう、少し改装するか」
観念して、俺はそう答えた。
これからは船団シトラスの総旗艦という立場になりかねない。
ならば、ある程度雷光号にも指揮機能が必要だろう。
「よろしくお願いします。それと、明日の護衛部と情報部の合同会議には、マリウス艦長も出席してもらいます」
我慢できなくなったのか、嬉しそうに一回だけくるりとまわり、クリスは続ける。
「なにせもう、マリウス艦長は将官なんですから!」
つまりは、そのための将官か。
俺は苦笑して、それを受諾した。




