第一六九話:強襲、連合艦隊
「リョウコのやつ、間に合わなかったか」
船団フラット中枢船『偉大なる轟』艦隊司令部。
その再奥にある執務室で次々とあげられてくる報告書を捌きながら、エミルはそうぼやいた。
「仕方がありません」
その隣に机を借り受け、同じく報告書を片付けていたクリスが応える。
「一番近い船団といえども、余所の船団の内乱が本当かどうかを確かめ、それが真であっても次にはどちらの勢力に加勢するのか決めなくてはなりません。さらには侵略行為であると他の船団に捉えられないよう、編成には細心の注意を払う必要があるでしょう。いかにリョウコさんといえども、そんなに早く決断は出来ませんよ」
「そういうもんかね」
「エミルさんが早すぎるんです」
そういっている間にも、クリスとエミルは視線すら交わさず書類を次々と仕上げていく。その速さたるや、往事の魔王群兵站部のようであった。
「せめて、もうちょいまてればな」
「残念ながら、そうはいかない」
もう一度ぼやくエミルに、今度は俺が口を挟む。
ちなみに俺は書類決裁の方には参加していない。
むしろ決済前のそれを、運ぶ側であった。
そして書類は何処から来たのかというと、アリスを含む幕僚達が、文字通り死にものぐるいでやり終えたものであった。
ここに細かく、消費する燃料や弾薬、そして糧食が記されているのだ。
さらには、それらが費やされることによってどれだけの費用がかかっているのかも。
「増援が現れた以上は、もう待てない。これ以上増えたら、俺達の艦隊では対応できなくなるからな」
それは、先行偵察している『暁の淑女号』からのものであった。
同行している水雷艇母艦から水雷艇を小拠点ごとに往復させることにより、状況を高速で伝達できるようにしたのだ。
結果判明したのは、紺色の海賊が三隻増援に現れたとのこと。
これにより相手の陣容は変わり、現在は中枢船より東西南北に三隻ずつ布陣しているらしい。
「こっちだって、じゃかぽこと無人水雷艇増やせるわけがないしな」
「そういうことだ」
「まぁ、そういうもんだよな……っと。よし、こっちは終わったぜ。そっちはどうだ、クリスタイン」
「もうすぐ終わりますよ。というか、分量はそちらの方が多いはずなのに、もう終わったんですか……」
ちょっと悔しそうに、クリスが最後の書類を片付ける。
それを見計らったかのように、双方の艦隊の高級幹部達が、次々と入室してきた。
「――いけるか、おまえら」
「ええ」
エミルの問いに、腹心のユウザが代表して答えた。
「よし。んじゃ――船団シトラス中枢船を取り返すぞ」
クリスが机の上に置いていた制帽を、目深に被る。
■ ■ ■
船団フラットを発した俺達連合艦隊は、進路を北西に取った。
真西に取れば最短距離で進めるが、それでは北に陣取る未だ詳細不明の赤の一〇八、一〇九、そして白き七八を先制攻撃できない。
紺の一七八(おそらく他の番号もあるはずだが、判明しているもののみとする)は六隻から九隻に増えたとはいえ、通常の運用方法で倒せることは確定している。
ならば、不確定要素が多い赤の二隻と白の一隻に対して、集中攻撃をしかけ損耗、あわよくば撃破を狙うしかない。
それが俺、そしてクリスとエミルが得た結論であった。
「目標座標を通過。バスター雷光号、南へ回頭。全艦もそれに続きます」
アリスの報告通り、全艦一糸乱れぬ挙動で南へと進路を取った。
操縦室内が、徐々に緊張感で満たされていく。
俺も、アリスも、クリスも無言であった。
そう。クリスはコマンダーに移乗していない。
今回旗艦はバスター雷光号とし、その指示をコマンダーが伝達する。
そういう運用となっている。
俺もアリスも、危険であるためコマンダーへの移乗を勧めはしたのだが、当の本人は首をゆっくりと横に振ると、
「今回ばかりは、前線に居たいんです。それにどのみちバスター雷光号が沈めば、私達は全滅ですよ」
そういわれると、返す言葉がなかった。
故にクリスは、提督席から前方を凝視している。
その目は前方の海況というよりも、はるかその先にある船団シトラスの中枢船を見つめているようであった。
「水母戦艦『轟基』より発光信号。『そろそろ出るわ』とのことです」
いうまでもなく、エミルのことであろう。
あの箱庭でも自ら水雷艇を駆っていたので、そうなるだろうと思っていた。
だから、驚きはそれほどない。
そもそも船団フラットでは司令官が前線に出張るのが、風習であるならば、俺もクリスにも異議はなかった。
そんなことで口を挟んで折角得られた協力者の士気はそぎたくなかったからだ。
「無人水雷艇『リトルバスター1』から『リトルバスター27』展開完了。続いて有人の水雷艇、展開を開始します」
アリスの報告通り、艦隊の前方に無人水雷艇がやや密集した状態で布陣した。
本来は散開していたほうが望ましいのだが、あまりにばらけると母艦からの操縦が難しくなるからだ。
だが、有人水雷艇には、その問題がない。
なのでその後方へ配置につく有人水雷艇は、大きく散開していた。
その配色は海の色に紛れるため蒼く塗装してあるのだが、一隻だけ、真っ赤な水雷艇が中央に位置している。
いうまでもなく、それはエミルの水雷艇であった。
明らかに目立つ存在であったが、それこそが士気高揚の証なのだろう。
そしてなにより、目立つくことにより狙われやすくなっても、本人の技量がそれを寄せ付けないからだろう。
「こっちもそろそろだな。全艦、徹甲弾装填」
「了解。全艦、徹甲弾装填」
アリスの発光信号が艦隊じゅうに伝わり、バスター雷光号を含む大型艦が徹甲弾を装填する。
これにより、いかに機動甲冑といえども直撃すれば無事では済まなくなった。
あとは、無人、有人水雷艇の雷撃と併せればよりあたりやすく、そして大打撃となるであろう。
「水雷艇母艦巡洋艦、戦艦副砲、徹甲弾装填。ただし射程距離に入るまで撃つな」
「了解です。『水母巡、戦艦副砲、徹甲弾装填。射程距離に入ってから射撃せよ』」
艦隊全体に、緊張感がみなぎる。
『敵さん、動き無し! まもなく射程距離に入るぜ』
雷光号から報告が入り、俺は背後の提督席を振り返る。
「主砲斉射三連、同時に無人、有人水雷艇は雷撃を実行してください」
「了解しました。『全艦、主砲斉射三連!、同時に全水雷艇は雷撃を敢行!』」
アリスが、クリスの命令を伝えたときだった。
『敵さん動きあり! 白いのがなんかしようとしている!』
雷光号が、焦った声でそう報告した。
「映像、拡大でまわせ!」
操縦席の肘掛けを手で掴み、俺は叫んだ。
即座に雷光号が、観測機器で捉えた映像を表示板に拡大して表示する。
白き七八が、はじめて自ら動いた。
手にした細身の長銃を構えて――。
「撃て!」
クリスが叫んだ。
「敵になにかさせるな! 撃て!」
俺も叫ぶ。
それにあわせて、全艦が火砲を開くその直前――。
白き七八が、長銃を撃った。
だが、それは火砲ではなかった。
「な――」
白い光の束が、雷光号を掠めた。
「なんだとっ――!?」
直後に相手方に大量の水柱が立ち、様子がしばらくわからなくなる。
だが、こちらは――。
「水母巡一隻に直撃しました!」
アリスが、悲鳴を抑え込んでそう報告する。
「戦艦並みの携帯兵器ということか――なんということだ……!」
「自力航行可能なら回頭して離脱! 無理ならば付近の艦が随伴して救助活動を実行!」
唖然とした俺の代わりに、クリスが的確な指揮を送る。
「発光信号入りました。自力航行、かろうじて可能。ただし戦闘機能は完全に喪失! 戦線を離脱させます」
「マリウス艦長! 今の攻撃は一体!?」
「光の魔法……いやちがう、光を束状に収束させたのなら弾速が目に見えないはずだ。ならば、ごく少量のなんらかの物質に荷電させ、弾頭として撃ち出している――敢えていうなら、荷電粒子砲といったところか」
原理としては俺の光帯剣の刀身を、超高速で撃ち出しているものと捉えればいい。
ただし、それは俺にもまだできないことであった。
「名前は後回しです。射程は!」
「おそらくこちらより長い! 次は修正射撃が来るぞ!」
一瞬、クリスと視線を交錯させる。
その瞬間で、お互いなにをすべきかは、だいたいがわかった。
「アリスさん、発光信号! 大型艦、中型艦は散開、射撃はこちらの指示があるまで待機!」
「了解しました! 『水母戦艦、水母巡は散開! 射撃は指示あるまで待て!』」
「雷光号はこのまま前進! 随伴の水雷艇と共に白き七八に接近戦をしかける!」
『マジかよ大将!? ちくちょう、やってやんよ!』
雷光号が加速する。
正面の水柱が収まる前に超至近距離砲撃戦による、白き七八の撃破。
これができないと、艦隊が先ほどの荷電粒子砲の餌食になってしまうからだ。
それだけは、なんとしてでも避けねばならなかった。
■本日のNGシーン
「一撃で、一撃で撃破だと……! なんということだ……!」
『大将、それ負けフラブな』




