第一六四話:強行偵察
「よーし、こんなもんだろ」
エミルの指示で、俺は雷光号を停船させた。
『気をつけろよ、大将。それに嬢ちゃんたちも』
今回は同行しないニーゴが心配そうに声をかける。
そう。俺達はこれから雷光号を降りて、積載した水雷艇で先を進むことになる。
目的は、船団シトラス中枢船近海。
ここから先は雷光号だと目立つので、水雷艇で行くことになったのだ。
現在、雷光号から吊り下げられ、海面に降りた水雷艇は二艘。
双方共に迷彩が施され、片方はエミルと俺が乗ることになっている。
そしてもう片方は――。
「まさか操縦できるとは思わなかったぜ。いつ習ったんだ? クリスタイン」
軽く慣らし運転をしてから、エミルがそう訊いた。
「私は司令官ですから。同盟相手とはいえ、変わった船を扱っていたら、研究しますよ」
エミルと同じくツナギ型の水着と流線型の兜を身につけ、操縦桿付近に設置された各種計器を読み取っていたクリスが、顔を上げてそう答える。
ちなみにツナギ型の水着と流線型の兜はクリスの後にいるアリスも着用していたし、俺も着用している。
曰く、これで海に落下しても生存率が上がるらしい。
「ただ戦闘中に落ちたら気休めみたいなもんだからな。気をつけろよ」
エミルは笑いながらそういったが、俺はともかくアリスとクリスは洒落にならない。
なので当初は俺とエミルのみで強行偵察するべきだと進言したのだが――。
「ごめんなさいマリウス艦長。危険は承知ですが、中枢船の状況はこの目で確認したくて」
クリスにそういわれると、俺からは何も言えなくなる。
そしてアリスの方といえば、置いてきぼりはなしという気配を、まるで先の陛下のように燃え立てていた。
もっとも、アリスがクリスを補佐した方が安全であるという目論見もある。
ゆえに、今回の強行偵察には俺と同じく観測手として同行してもらうことにした。
「よし、それじゃそろそろ行くぜ。ここからは発光信号はなし、全部手信号だ。読めるやつは?」
クリスとアリスが手を挙げた。
「へぇ――クリスタインはともかく、ユーグレミアもか。やるじゃん」
「発光信号装置もない、小さな船にのっていたこともありまして。手旗とか、手信号はある程度勉強させられました」
と、アリス。
ちなみに手信号とは、片手の形で簡単なやりとりを行う、原始的な信号だ。
俺自身も封印される前、つまり魔王軍としての手信号は習得していたが、今の時代はとんとわからない。
「こっちはオレがいるから大丈夫だな。ほんじゃ、いくぜ! マリウス、しっかり掴まれよ」
両手をエミルの腰に回す。
その瞬間クリスの水雷艇から何故か嫉妬の感情がふたつほど沸き立ったが、気にしないことにしようと思った次の瞬間、雷光号の緊急発進にも負けない加速度が、俺の身を包んだ。
体感速度というのは、地面や水面に近ければ近いほど感じやすいものであるが、この水雷艇も例外ではないらしい。
まるで水面すれすれを飛翔する海鳥のような気分を、俺は味わっていた。
ふと振り返ると、すぐ斜めうしろ――万一の衝突を避けるため、真うしろではない――を、クリスの水雷艇が追走している。
後のアリスはというと、クリスにしがみつくような格好で身を丸めている。
さすがに、水雷艇に乗った経験はないようであった。
空と海の間を切り裂くように、二艘の水雷艇が進む。
当初は夜間の偵察をエミルから提案されていたが、おそらく海賊は夜目が利くという俺の説明を受け、こちら側が行動しやすい日中が選ばれていた。
それにしても、この水雷艇――速い。
エミルの戦闘機動はこの目で見ていたが、実際に乗ると改めて、エミルの技量の高さに驚く。
雷光号くらいの大きさになると多少の揺れはあるとはいえ波のことはまるで考えなくて良いが、この水雷艇はちょっとした波でもその船体が大きく上下する。
故にエミルは波の大きさを判断し、あるときは乗り上げ、またあるときは避けるように航行していた。
そのあとに続くクリスの水雷艇が遅れている場合は、あえて推力を落とし追いつくのを待っている。
特筆すべきは、それを見もしないで確認していることだろうか。
やがて――。
エミルが手を挙げ、推力を落とした。
俺でもこれはわかる。停止を促す手信号だ。
クリスの水雷艇が、俺達の真横で停船する。
停船すれば、手信号でなくても話せるからだ。
「そろそろですか」
兜の前面を跳ね上げ、クリスがそう訊く。
「ああ。ここからどうやって観測するか、だな」
「まずは俺が試そう」
あらかじめ組み上げておいた魔力で、鳥型の斥候を放つ。
「オイなんだよいまの。めっちゃかっこいいじゃねぇか」
「発掘品のひとつだ」
そういうことにしておく。
「エミル、外縁を回れないか。外周の四分の一ほどでいい」
「できるぜ。ついてこい、クリスタイン」
これを四回ほど繰り返し、計四機の斥候を放つ。
結果――。
「北に三隻、南東に三隻、南西に三隻か……」
南東、南西にいた計六隻はみな同じ形をしていた。
俺達が出逢った頃の雷光号より大きく、奇しくも現在の雷光号と近い。
雷光号から砲塔を削り、腕を生やして長銃を持たせるといえばわかりやすいだろうか。
おそらく、その長銃が『暁の淑女号』に風穴を空けたのだろう。
銃身の長さを考えると、雷光号でも当たれば無事では済まない貫通力を備えていそうであった。
藍色に塗装された船体は雷光号ほど洗練されていなかったものの、実際に矛を交えれば十分脅威となるだろう。
なにより、数が多い。
これはエミルの艦隊を頼りにしなければならないだろう。
だが、それよりも問題があった。
「北の三隻――いや、三体か? なんなんだ、ありゃ」
エミルが困惑の声を出す。
俺も出したかった。
なぜなら、北の三隻は雷光号の強襲形態――つまり、元となった機動甲冑に近い形態をとっていたからだ。
「あれ、オレ達が迷宮で戦った機械人形だろ。なんで海賊がそんな格好をしてんだ。あれって海賊がらみだったのか?」
「そういうことなんだろうな」
内心の動揺を押し殺して、俺は答える。
三機のうち二機は赤い塗装が施され、肩に大口径の砲を一門ずつ積んでいる。
手に持っているのは、藍色の六隻がもっていたのと同じ、長銃だ。
おそらく、遠距離を補佐する機体なのだろう。
問題は、残りの一機。
それは、白い機体であった。
白い機動甲冑というものは、封印される前の魔王軍には存在していない。
故に、俺が封印されたあとに製造されたものだろう。
右手には長銃、左手には盾。それはいい。
問題は、背中に背負っているものが――。
「なんでアイツ、剣の柄だけを背負ってんだ? マリウスの光帯剣じゃあるまいに」
「おそらく、そのまさかだ」
「……マジかよ」
「あぁ」
その重大性に、クリスとアリスも息を呑む。
あの白い機動甲冑型の海賊は、俺がまだ実現できない機動甲冑用の光帯剣を装備している。
それはつまり――あまり認めたくないことだが――俺を上回る技術力で、製造されているということであった。




