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勇者に封印された魔王なんだが、封印が解けて目覚めたら海面が上昇していて領土が小島しかなかった。これはもう海賊を狩るしか——ないのか!?  作者: 小椋正雪
第七章:船団シトラスの簒奪

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第一六一話:帰れば、また来られる。


 舳先から操縦室に戻る間に、クリスは平静を取り戻していた。

 ただし、それはあくまで表向きの話であり、その胸の中では感情が荒れ狂っているのが、俺には手を取るようにわかった。

 ――あったのだ。

 俺にもかつて、そのようなことが。


「誰でも構いません。知っている人がいたら教えてください」


 制帽を目深に被って、クリスは開口一番そういった。


「『バスター』の乗組員は玉砕していない――間違いないですね?」

「私の職分にかけて、断言するわ」


 ヘレナが挙手してそういった。


「護衛艦隊旗艦『バスター』は他の船が中枢船から脱出する際、その殿(しんがり)に立ったわ。旗艦たる攻撃力と防御力、その両方を最大限に利用したのよ。その時点で、乗組員は艦が動く必要最低限だった」

「それはあたしも保証するわ」


 メアリがヘレナの言葉を継ぐ。


「あたしたちの『暁の淑女号』は『バスター』から退艦した乗組員を避難させるために何度か現場と船団を往復したから」

「でも、残ったものはいたと」

「……ええ」


 クリスでは無く、メアリが視線を下に向けた。


「別にメアリ船長を責めるつもりはありません。彼らの意思を尊重しています。……その、遺体は回収できましたか?」

「ええ。あいつらが去ったあとにね。その――行方不明者は、零ではなかったけど」

「構いません。むしろ、お心遣い感謝致します。メアリ船長」


 そう言って、クリスは大きく頭を下げた。

 その挙動はどこか大振りで、気持ちにまだ整理がついていないのがよくわかる。

 もっとも、それの気付いているのは俺とヘレナ、そしてアリスだけのようであった。


「それでヘレナ司書長、生き残った護衛艦隊は――ウィステリアに?」

「ええ、そうよ。最近ジェネロウスがらみのアレで、お互い行き来することが多かったからね。ルーツといつも喧嘩しているフラットは避けるようにしたの」


 こちらは普段と変わらない様子で、ヘレナが答える。


「とはいえ、誰かがマリウス君達に事態を伝える必要があった。馬鹿がバカなことをして莫迦な事態を作り出してしまったことをね!」


 前言を撤回する。

 ヘレナも、相当頭にきているようであった。


「確認しますが……」


 かつて聞いたことがない声の低さで、クリスが問う。


「政治部が、知性のある海賊と結託して中枢船を占拠した。それであっていますか?」

「ええ。非常時用の中枢船内伝声管で現護衛艦隊を破棄し、新たな護衛艦隊を新設するなんてふざけた宣言を行った直後に、あれらが出現した」


 それに対する、ヘレナの反応は早かった。

 その時点で中枢船にいた情報部の全人員へ、即座に退艦するよう命じたのである。


「幸い護衛艦隊がすぐに動いたのと、メアリちゃんたちが飛び込んできてくれたおかげで、私達情報部は無事に脱出できたわけ。図書館を放棄するのは業腹だったけど、背に腹は代えられないわ」


 現在、情報部の大半はウィステリアにて護衛艦隊と行動を共にしているという。


「これでだいたいのことのあらましは話したけど、何か質問はある?」

「確認したいことが、いくつかある」


 挙手をしながら、俺は訊いた。


「まず、海面下の工場にいたクラゲと、ウィステリア経由でジェネロウスから送ったクラゲはどうした」

「二頭? いえ、二匹かしら? とにかく両者とも海底工場にいるわ。潜水艇は現在一隻がその工場においてあって、必要最低限の保安要員と待機状態。もう一隻はウィステリアに避難したわ」

「――では、海賊どもはその海底工場を探しているそぶりは?」

「あるわね。時折一体だけ前触れも無く水面下に潜って、しばらくしたら浮上するというのをくりかえているという報告をメアリちゃんから貰ったわ」

「ということは、あいつらが今回の原因ではなさそうだな」


 周囲の視線が俺に集中した。


「そうね。そこまでは気が回らなかったわ。ありがとう、マリウス君」

「まずは動機のひとつが消えたな。それで連中は、海底工場の探索と、中枢船の確保だけ――なのか? 他の船団への攻撃や、逃げた船への追撃は?」

「中枢船から近い場合、追撃はあった」


 今度はドロッセルが答える。


「だが、予想以上に追撃の距離は短かった。中枢船から離れるのを危惧しているように感じられるくらいに」

「そのように命令されているのだろう」


 誰がしているのかは、さっぱりわからないが。


「だいたいは把握できたが――当面はどうする?」


 いままでの旅と違って、今回は船団の趨勢を決める話だ。

 そうなると、かつての魔王としてならともかく、いまの一介の艦長ではどうにもならない。

 ――そう。

 それを決めるのは、クリス自身に他ならなかった。


「……まず、おおまかな方針ですが」


 感情が吹き荒れながらも、そこは護衛艦隊の司令官であった。

 雷光号の操縦室内にいる全員を見回して、クリスは続ける。


「第一に、護衛艦隊の再編を行います。第二に中枢船の奪還を。ただしこれは、相当難しいので、再編が完了したあと念入りに作戦立案を行う必要があるでしょう」


 そう。作戦指揮官というものはおおまかな方向を決めるだけでいい。

 あとは参謀達に細かい作戦の内容を吟味させ、そしてそれを実行させればいいのだ。

 当然、それを完遂する責任を負うのもまた、司令官の役目であるが。


「では、俺達は船団シトラスを迂回してウィステリアに向かうのか?」

「いいえ。いまは非戦闘員のヘレナ司書長もいますし、なにより『暁の淑女号』の船長と秘書官が同乗したままです。一度フラットに戻ります。異存のある方は、いますか?」


 誰も、何も言わなかった。


「結構です。では、一度フラットに戻りましょう」

「ニーゴ」

『あいよ。回頭一八〇度。帰投するぜ』


 雷光号がゆっくりと艦首を巡らせる。

 それを確認すると、クリスは艦尾方向へと視線を向けた。

 操縦室内にはなにもない。扉を隔てて、各自の部屋、その奥には居間、そして風呂があるだけだ。

 だが、クリスにはみえていたのだろう。

 大破着底している『バスター』と、その先にいる中枢船を。


「そう。帰れば、また来ることができるんです」

「クリス……」

「少し休みます。フラットに着いたら起こしてください」

「わかった。ア――」


 俺が指示を出す前に、アリスが席を立っていた。


「クリスちゃんとしばらく一緒にいますね」

「ああ、頼む」


 精神的に疲弊していることを隠せていないと判断したのだろう。

 クリスは、なにも言わなかった。

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