第一五七話:この上ない吉報
鬼斬雷光号の腕を伝い、大破した機影の機動甲冑に乗り移る。
光と雷の魔法を帯びた刀で両断されたせいか、表面の温度は高く、所々で蒸気と黒煙を噴き出していた。
頭部にたどり着き、面頬部分を蹴り飛ばす。
「生きているな?」
『……ぎりっぎりってところですがね』
あちこちが焦げた機影が、黒煙を吐きながらそう答えた。
『いやー、完膚なきまでにやられましたねぇ……そうだとは思っていましたが、やはり本物でしたか』
あれだけの激闘を経た後だというのに、機影の口調はいつも通りだった。
「その件について、貴様に訊きたいことがある」
『手早くお願いしますよ。なにせあんまり保たないもんですから』
声が固くなってしまう俺に対し、機影は皮肉気な口調を崩さずに言葉を返す。
それは、ある意味ありがたいことではあった。
「ではまずは……貴様の製造者は、ダン・タリオンだな?」
『――えぇ、そうですよ』
この迷宮は、『タリオンの箱庭』と呼ばれている。
その根幹は、中に入る者の身体を魔法で縮小させるひとつの装置だ。
使い道は、製造者が好きなように設定できる演習場、もしくは対象を閉じ込める巨大な罠。
今回は後者としての運用だったが、それを造り、設置できる者は俺をいれてもそう何人もいない。
「タリオンは……我が臣下、ダン・タリオンは生きているのか!?」
『亡くなったという連絡はうけてませんねぇ……』
「本当だな?」
『この後に及んで嘘はつきませんよ』
「そうか――そうか!」
それは、いままでの旅の中で最大級の収穫だった。
――生きている。
我が臣下が、いまも何処かで生きている……!
「次の質問だ。この箱庭は、なんのためにある?」
『だいたい想像がついていると思いますがねぇ……封印が解けた魔王がここを訪れたら、それが本物かどうかを確かめ、確定したら連絡をする。そのためだけに存在しています。――ああ、もう確定した情報は送ってしまいましたので悪しからず』
「どこだ!? どこへ向かって送った!?」
『知りませんよそんなの。【○○したら××せよ】と作られたボクらが、どこの誰に情報を送ったかなんて、わかるはずもないでしょう? いってみれば、ボクはただ狼煙をあげただけ。それを受け取るのは先方の仕事です』
「たしかに、そうだな……」
そのように単純な造りであれば、機構は長期間誤動作を起こさずに稼働し続けることができる。
タリオンらしい堅実な設計だ。
心から、そう思う。
『あー、そろそろ限界なんで、あとひとつくらいでいいですかね?』
再び黒煙をうっすらと吐いて、機影がそういった。
先ほどから気になっていたが、機動甲冑の頭部から一歩も外へ出ようとしていない。
それはつまり、身体がもう動かないということなのだろう。
「では最後の質問だ。この箱庭は役割を終えたのだろう。なら、このあとどうなる?」
『別にどうにも』
機影の返答は、簡素だった。
『いまから貴方がここの管理者です。壊すなり活かすなり、好きにどうぞ』
「そうか。それは――助かる」
ここで散っていった者は相当数に及ぶ。
その場所を破壊するのは、どうも忍びなかった。
『組み上げた卵形の鍵があるでしょう? あれが制御装置のようなものです。使い方は逐一説明しませんが、貴方ほどの者なら、どうにかなるでしょうよ』
「つまりそれを使って脱出しろということだな」
『ですからあとはご自由に。おっと、そろそろ時間のようです』
機影が大きく、息を吐くような仕草をした。
生物とはかけ離れた姿ではあったが、そういうところはまるで生き物のように動く。
それがまた、タリオンの作品らしかった。
『それでは陛下、ごきげんよう。この先なにがあるかはわかりませんが、どうかご壮健で』
「なにか、言い遺したいことはあるか?」
『なにをいうかとおもえば、随分とご温情なことを……ですが……そうですねぇ……』
機影が、溜息をついた。
それは長い間、この箱庭に存在し続けていたことを思わせるような、深い重い溜息であった。
『……あー、アリスさんの大きなおっぱいと、クリスさんの柔らかそうなおしりにはさまれたかったわ~』
「最期にいいたいことがそれか――っ!」
機影は、返事をしなかった。
「――機影?」
機影は、返事をしなかった。
「……そうか。それが、本心だったのだな」
うかつなことに、一体いつから稼働していたのかを、聞きそびれてしまった。
だがそれはきっと、俺達魔族の感覚でも長い時間であったのだろう。
「ご苦労であった。ゆっくり休むがいい」
久々に魔族式の敬礼をする。
本来魔王はそれを受ける側であるが、俺自身がするとそれは、散っていった兵士達へと送る最上級の弔いとなるのだ。
蹴り飛ばした面頬に魔力を流し込み、元の形に戻す。
俺は静かに、踵を返した。
視線の先には、鬼斬雷光号が静かに佇んでいた。
「アリス、聞こえるか」
『あ、はい! なんでしょうマリウスさん』
ニーゴが気を利かせてくれたのだろう。
アリスの声が艦から響く。
「発光信号を頼む。リョウコとエミルの艦を呼んでくれ」
『了解しました!』
俺はこっそりと肩を鳴らす。
これから、生き残った者すべてを、この箱庭から脱出させる仕事が待っていた。




