第一五六話:鬼斬雷光号・抜刀!
その瞬間、誰もが言葉を発しなかった。
最近は俺のやることにすっかり驚かなくなったアリスすら、目を丸くしてこちらをみている。
さすがに、誰も合体機構を作ったとは思いもしなかったのだろう。
だがこれで雷光号は予備の魔力炉と直結し、その機関出力を二倍に。
推進器を増やし、傾斜をかけた装甲によって対砲撃性を向上。
いまは残弾が少ないため戦艦の大口径主砲が使えないが、剣とは別に大ぶりの刀をそなえることによって、接近戦能力を大幅に向上し――、
『なんじゃこりゃあああああ!?』
――当の本人が、一番驚いていた。
『身体が軽い!? 合体したから重くなってるはずなのに軽い!? どうなってんだこりゃ!?』
「機関の出力が上がったからな。――! さがれ、鬼斬雷光号!」
『おう!』
小気味よい加速が身を包む。
そして先ほどまで鬼斬雷光号が立っていた場所を、斬撃が通り過ぎた。
どうも機影の方はさほど驚かなかったようだ。
あるいは、余裕がなくなったことに気付いたか。
『これならやれる――やれるぜ、大将!』
いままで片手で持っていた剣を背部に格納し、もう片方の手で持っていた刀を、両手で構えて、鬼斬り雷光号は深く腰を落とす。
『せいっ!』
打ちあうこと、一合、二合、三合。
今度は打ち負けたり、よろめいたりすることはなかった。
ただ――。
「五分五分、か……!」
機影の自動甲冑も、その足取りはしっかりしていた。
計算上は過剰出力になると踏んでいたのだが、そんなことはなかったようだ。
『んん……あいつもはええなぁ……』
「たしかにそうだな」
半月状の関節など、俺からは理論だけが先行しているようにみえるのだが、そうでもないらしい。
あとは、流線型の装甲だが、それとみてわかるような継ぎ目がないのがもどかしい。
これを斬るには、それ相応の技量が必要だが――。
『……なぁ、大将。この形態で、鞘ってねぇの』
「あるにはあるが……」
背部から、帆柱を変形させた鞘を射出する。
すると鬼斬雷光号はそれを受け取り、静かに納刀して……構えた。
――これは、リョウコの抜刀術か!
そこへ折良く、鬼斬の前半部分――揚陸艦『鬼斬』といったところか――から、発光信号が届く。
「リョウコさんからです! 『ニーゴさん、線です。もっとも綺麗な線を描くことを考えるんです。あなたの腕なら、それができるはず』!」
『もっとも綺麗な線――そうか』
行く先々で剣を習っていたことが活きてきたらしい。
ニーゴが鞘を手に持ち、静かに構える。
『大将、めっちゃふかすぜ? いいな?』
「ああ。おもいきりやれ。総員、安全帯を怠るな」
アリスとクリスが、それぞれの席に自分が固定されているかを確認する。
ここまでだってずいぶんと振り回されてきたが、めっちゃふかすと訊いてくるほどだ。
念には念を入れておきたい。
「俺からもひとつ」
『おう』
「貴様のその刀な、只の刀ではない」
『っていうと?』
「ほしがっていただろう? リョウコと同じものを」
『――マジかよ! 使い方は?』
「自動だ。貴様の剣の腕にあわせて、自動で解放される」
『よっしゃ! それなら――』
鬼斬り雷光号が、再び腰を深く落とした。
同時に、俺の魔力がものすごい勢いで消費されていく。
直結したふたつの魔力炉が、その機関を最大にふかしていたからだ。
『いくぜ』
直後、先ほどとは比べものにならない加速によって、俺達の身体は座席に押さえつけられた。
水面が連続して爆発し、その上を滑るように鬼斬雷光号が突撃する。
機影の自動甲冑が、迎撃するかのように鋭い突きを放った。
それは正確に、俺達がいる操縦席を狙っているのがわかる。
なぜなら、巨大な切っ先が目の前に迫ってきたからだ。
だがそれを、鬼斬り雷光号は皮一枚で避けた。
その直前、巨大な刀が鞘走り――あまりの速さに、空気中の水分が凝固して刀身が雲を引く。
まさにそれは、一閃だった。
鬼斬雷光号が引き抜いた刀が、紫電を帯びたかのように輝いている。
いうまでもないことだが、それはリョウコの光刃刀を応用したものだ。
刃に雷と光の魔法を凝縮させ、斬る。
これにより金属の物理的な切れ味に加えて、凝縮された光が装甲を焼き切り、その内部を雷が壊すという、凶悪な仕様となったのだ。
それでも、あの流線型の装甲は斬撃を弾くか、ずらす可能性を秘めていた。
しかし――。
『――やってやったぜ』
鬼斬雷光号の刀の腕は、確かなものであった。
まるで時間を操作する魔法でもかけたのかのように、機影の自動甲冑の胴体に真横一文字に熱線が浮かびあがり――。
内部から爆発が起きて、大きくのけぞる。
『おっと!』
そのまま崩れ落ちるところを、鬼斬雷光号が支えた。
『さぁ、大将。行ってくるんだろ?』
「……ああ」
気付いていたか。
「クリス、アリス。ここを任せる」
俺は操縦席から立ち上がり、外へと向かう。
「わかりました」
「おきをつけて、マリウスさん」
ふたりの声を背中に受けて、俺は外へと身を躍らせた。
決着はついた。
あとは機影に訊くべきことを訊かなければならない。




