第一五〇話:新年度特別企画『魔王少女ADM(アドミラル)くりす』発動編
「なるほど」
自室で蜂蜜入りホットミルクを飲みながら、私は深く頷きました。
ちなみに両親は共に研究職で夜遅くまで帰ってきません。
ときどき、それが寂しくなることもありますが、いまは好都合でした。
『理解がはやくて助かるぜ』
勉強机の上に置いたキーホルダー大軍艦模型——WSDのライトくんが、安堵した様子でそういいます。
――はなしをまとめると。
なんでも、平行世界というものがあるそうです。
私の住む世界とは、ほんの少しだけ違う世界から、大きく歴史を変えている世界、果てはなにもかもがかけ離れている世界もあるのだとか。
そのうちひとつが、とんでもない世界のようでした。
「魔王」
『そう、それ』
なんでもその世界は、魔王率いる魔族と人間が戦っていた世界なのだそうです。
過去形ということは……どちらかが、勝利を収めたのでしょうか。
「なんで軍艦なんです? 魔王って、もっとファンタジーな世界の住人だと」
魔王というと、剣と魔法の世界というイメージがあるんですが。
実際に私が借りて行使した力は、軍艦による砲撃でした。
もっとも、それをひとりの小学生が動かせるかたちにするというのは、魔法といえば魔法でしたが。
『オイラも良くわかんねぇんだけど、どうも軍艦に乗って戦う魔王なんだと』
「はぁ……」
なんというか、斬新な魔王でした。
「それでその魔王の魔力が、どうしたっていうんです?」
『んー、多分その平行世界でなにかあって、それがこの世界を覆っている魔王の魔力を活性化させちまったんだと』
「つまり、もともとあったものの性質が変わってしまったと?」
『そうそれ! くりすって頭いいな!』
「そ、それほどでも……」
私はただ、良くある物語の定番ネタをいっただけのつもりだったのです。
しかし、魔王の魔力が世界覆っているということは――。
「この世界には、いないんですか? その、魔王が……」
『いや、いる。でも魔力の才能がからっきしの一般人でな。だから本来本人にあるべき魔力が、この世界を覆っているってわけだ。多分本人も自分が魔王だと気付かず、のんびりと過ごしているんだろうよ』
「その方がいいですよ」
この世界の魔王が自分がそうであると知らないことに、どこか安堵している私がいます。
たぶん私がその魔王本人であったら、世界を覆うほどの魔力の管理という責任の重さに、潰されてしまうでしょう。
もっとも、平行世界の私はその魔王にだいぶ近しい人物のようですが……。
なにをしているんでしょうか、平行世界の私。
『オイラWSDは、その際魔力が上手い具合に収束して生まれた、いってみりゃ魔力の結晶だ』
「なるほど」
『んで、その結晶の力を行使する存在を、魔王少女って呼ぶわけよ』
「魔王少女。――魔法少女ではなく?」
『だって本人の魔力や魔法でどうにかするわけじゃねえし』
「言われてみれば、その通りですね……」
その理論だと、多くの魔法少女がなんとか少女になってしまうような気がしますが――閑話休題。
「話を戻しましょう。それで活性化した魔力が収束して、人に当てているなにかがいると?」
『みたいなんだよな。くりすもみただろ、あの変な防波堤のできそこない』
「テトラポットですよ」
『そうそれ』
ただ世界を覆うだけで無害だった魔王の魔力。
それを誰かが、収束して、人に当てて昏倒させているようなのです。
理由と目的が、よくわかりませんが。
「それで、こちらから仕掛ける方法はないんですか?」
『あるぜ』
「あるんですか!?」
『そりゃそうよ。単純な話だけどよ――』
□ □ □
「――なるほど」
翌日の早朝。
双眼鏡を片手に、私は頷きました。
ちなみに学校をさぼっているわけではありません。
たまたま、土曜日だったのです。
なお、手にしているのはただの双眼鏡ではなく、バイザーを変形させたものです。
当初は魔法――失礼、魔王少女に変身してバイザー越しに探すという案だったのですが、人が倒れたあとならともかく、そうでないなら怪しい格好をした小学生がうろうろしているだけだと思われてしまいます。
それは避けたいところなので、バイザーだけの利用、それも装着するとVRゲームに夢中になった小学生だと勘違いされてしまうので、双眼鏡に変形させて利用するという形に落ち着いたのでした。
『まぁ哨戒はこうするより、変身して空飛んじまった方が楽なんだけどな……』
「飛べるんですか!?」
『おうよ、まず通常状態に変身したあとにな――』
「まってください!」
双眼鏡の倍率を上げながら、私はライトくんの言葉を遮りました。
空の一角に、なにかがみえたのです。
そのシルエットは、まるで集団で飛ぶ鳥のようで――。
「前より多い……!」
『ありゃまずいな。前より多くの人が倒れちまう』
それらは一斉に何処かへと移動しているようでした。
「行き先は――? 運動場!?」
『だだっぴろくていいじゃん。そこで迎撃しちまおうぜ』
「まずいですよ、今日は確か付近の小学校合同で、野球大会があるはずです!」
『マジで!?』
選手だけならともかく、教師やその家族が訪れていたら。
その数は、商店街の比ではありません。
『どうするんだ? 避難勧告?』
「そうしたいのは山々ですが、只の小学生である私では説得力に欠けます。だから――」
私はスマホから地図を呼び出すと、この周辺の地形を再確認しました。
「この橋の下で待ち伏せして、ひとつ残らず叩き落とします」
『いいぜ! その案乗った!』
大急ぎで移動し、橋を盾にする格好でその下へと身を潜めます。
橋の下は河原となっているのですが、幸いなことに人はいませんでした。
「ここなら大丈夫ですね……。ライトくん、いきますよ」
『おう、どんとこい!』
「では――」
キーホルダー大のライトくんを手にとって、私はそれを口にしました。
「抜錨!」
前回は全裸にさせられて一分ほど走査されましたが、今回は本当に数秒ほどでした。
白いタイツの上に蒼いレオタードの重ね着――ライトくんのいう、WSW姿になった私は、バズーカ大になったライトくんを構えます。
「よし――」
予想通り、いい具合にテトラポットの集団が飛来してきました。
前回と同じように、複数同時にロックオンします。
ただし、今回は数が多いので一度にすべては落とせません。
「いきますよ」
『おう』
「では――斉射!」
先頭にいた集団が、まとめて光に還りました。
その間に私はライトくんを抱えて十数メートル移動します。
撃ってすぐ移動は、ひとり視点のシューティングゲームでは必須技能です。
「次――」
『次弾が装填済みだ、いつでもいけるぜ』
「では――うん?」
ふと、違和感を憶えました。
バイザーの倍率を上げると、テトラポットの足に相当する部分に、穴が空いていました。
その様子は、まるで、
「銃口……?」
『避けろくりす!』
「っ!?」
私はライトくんを抱えたまま、横っ飛びに避けました。
直後、私がさっきまでいた場所が弾け、河原の石が四方に飛び散りました。
「うわっ――!」
そのひとつが、お腹の横を掠めました。
幸いにして、ぴったりした薄手のスーツがその見た目とは裏腹に衝撃を吸収してくれましたが。
問題は、それが雨あられと降り注いできたことです。
「これじゃ、橋が壊れちゃう――!」
慌てて橋の下を飛び出て、河原を走ります。
「しかも弾幕が激しい――!」
その間にも、河原の石が直撃を受けて飛び散りました。
これではもはや、機関砲です。
「もっとこう、機動力があれば――!」
『あるぜ!』
「あるんですか!?」
『ああ、だけどその場合、くりすが前に踏み込んで戦うことになる。それで、いいか?」
「構いません!」
私は即答しました。
いったん距離を置いて遠距離から砲撃しようとする間に、移動されては元も子もないからです。
『よっしゃ、なら、こう宣言するんだ――』
ライトくんが教えてくれた言葉を心の中で一回だけ反芻し、私は声高らかに叫びました。
『雷光号・強襲形態!』
途端、私とライトくんが光に包まれました。
ひとまわり大きくなったライトくんが上下に分割され、つづいて下の半分がさらに左右に分割されました。
そしてその左右に分かれた部品が、太腿まで覆うブーツのように変形して私に装着。
続いて上半分が横向きに回転して肩当てのように、私の肩と背中に装着されました。
「これは――!」
肩の上に、主砲塔四基がそのまま装着されているので、一斉に前を向きました。
これならば、いままで無駄になっていた後部主砲塔も砲撃に使えます・。
そして手にあるのは、アサルトライフル?
ブルバップサイズの、私でも小回りがききそうな武器でした。
おそらく、副砲がこれなのでしょう。
それより驚いたのが――。
「う、浮いてる!?」
『そりゃそうだ、機動戦闘を行うための強襲形態だぜ?』
足に装着されたライトくんのパーツから、謎の推進力が発生していました。
これは、魔力なのでしょうか。
『どうする? このまま低空で回避しながら撃つか?』
「いえ、敵中を突破して上空から砲撃を浴びせます」
『よっしゃ! んじゃ、出力上げるぜ! くりすは両脚を上手く使って飛んでくれ』
むちゃくちゃな要求でした。
ですが、バイザーに映る脚の動かし方でだいたいを把握した私は、そのまま上昇に転ずるとまず肩の主砲を斉射。
そしてテトラポットの隊列が乱れたところを、アサルトライフルを乱射しながら突破しました。
――眼下には、町の景色。
――そして目の前には、建物などの遮蔽物が一切無い、どこまでも広がる空。
「……わぁ!」
一瞬だけ、当初の目的を忘れてしまいました。
自分の意思で空を飛ぶことは、それだけ心躍るものがあったのです。
『いい砲撃ポイントが取れたぜ!』
「――あ、はい!」
我に返り、姿勢を整えます。
テトラポットが慌てて銃口をこちらに向けようとしていますが——。
『おせえな! くりす!』
「ええ、やりましょう!」
副砲のアサルトライフルが唸り、両肩の主砲が轟音を立てました。
(どうでもいいですけど、私の耳よく無事ですね。WSWのおかげでしょうか。)
「あとよっつ!」
半分が、主砲の斉射を受けて光に還りました。
「あとふとつ!」
副砲の連射をうけて、片方が光に還ります。
「あとひとつ!」
大推力を活かして突撃しつつ、副砲と主砲を同時に放ち、最後のひとつが光に還りました。
「やりましたね!」
『ああ――いや』
「ライトくん?」
『気をつけろ、太陽の中になにかいる!』」
「えっ!?」
慌てて頭上を見上げると、太陽を背に何かが急降下してきました。
もう一機残っていた!?
まさか、監督役が!?
慌てて副砲を構えたときです。
赤い光が、斜め下から私の背後を駆け抜けました。
「はやい……!」
そしてそのまま奇襲してきたテトラポットを、文字通り叩きつぶしたのです。
「あ、あなたはいったい……?」
手にしていたのは、トンファーのように構えた三連装の砲塔でした。
年格好は、私と同じくらいでしょうか。
肩まで伸ばした目の醒めるような金髪に、青い瞳。
赤いカチューシャが、好対照です。
そして、そのカチューシャと同じ色のレオタードを素肌の上に直接纏っています。
正直言って、同性でも目のやり場に困る格好でした。
『なんてこった、魔力反応だ……』
「え、ど、どういうことですか」
『あいつ……くりすと同じ、魔王少女だ!』
「な――!」
ライトくんとふたりで驚いている間に、赤い魔王少女は周囲を索敵し、残敵が残っていないことを確認すると、
「戻ろう、バスターⅡ」
『Yes,Master!』
早々に撤収をはじめました。
「ま、待ってください、せめて名前だけでも!」
「――名前?」
赤い魔王少女が振り返ります。
「私は水晶音くりすです! あなたは?」
「――リリス」
「え?」
「リリス。それがわたしの名前。ファミリーネームは正式に無いけれど……敢えて言うなら」
私をまっすぐみつめて、赤い魔王少女――リリスは続けました。
「リリス・ユーグレミア、よ」
次回予告!
――混乱――
『ライトくん! どういうことですか!?』
『いや、オイラにもわかんねぇ! 魔王少女って、そうほいほいいるもんじゃねぇはずだぜ!?』
『いるじゃないですか、ほいほい!』
――接触――
「この『バスターⅡ』は、本来貴方のもの」
「えっ」
『マジで!?』
――少女と少女はぶつかりあい――
「そんなことをしたら一体何人のひとが倒れると思っているんです!」
「わたしは、なんとしてもわたしの創造主を救いたいの。ただそれだけ」
「認められません!」
「なら――戦うしかないわ」
――深く結びつく――
「ちょ!? なんでお風呂に入ってくるんですか!?」
「親睦にいいって、私のDNAが囁いたから」
「DNAってそんな便利なものじゃ無いです! っていうかスーツ越しでもわかりましたが大きいですね……」
「くりすのも、きれいなかたちしてるわよ」
「あ、ありがとうございます――ってそうじゃなくて!」
――怒り――
「つまり、お前は騙されたのだ! 集めた魔王陛下の力はお前の創造主を目覚めさせるためでは無い! あくまでも魔王陛下をこの世界におよびするためだけだったのだよ!」
「そんな……それじゃ、わたしがいままでしていたことは……っ」
「——ません」
「なに?」
「吐き気を催す邪悪とは! 何も知らない人を悪へと誘い込むことです! それが正しいと信じ込ませて、悪事の片棒を担がせることです……! ――だから、私は貴方を許しません!」
――決着――
「え、元の世界に戻るとか、そういう流れじゃ無かったのでは?」
「ううん。ここがわたしの住む世界だから」
――出オチ――
「ふははっくしょん……すまない、風邪かな?」
「『ハクション――魔王』じゃないんですね」
「なんの話だい?」
2021年、4月1日掲載!(予定!)




