第十五話:何でも屋のメアリ
「勝負……とは?」
「勝負といえば、勝負よ! 決まっているでしょ!」
大きく身体を反らし——無駄に胸を揺らして——少女はそういった。
「具体的には、どのように?」
「ちゃんと聞いていなかったの? 速さで勝負って言ったでしょ?」
聞いている。だからその速度をどのように競うのかと聞いているのだが。
そもそも、だ。
「見ず知らずの方と、いきなり勝負と言われましても——」
「名乗るのが、遅れたわね。あたしはメアリ・トリプソン! 何でも屋をやっているわ」
——何でも屋。
おおかた想像はつく。戦時の傭兵が平時に護衛や輸送など、様々な依頼を引き受けるのと同じことをしているのだろう。
「そしてこれで見ず知らずじゃないわね! というか貴方の名前も聞かせて貰えるかしら」
「ご挨拶が(貴方のおかげで)遅れました。アンドロ・マリウスです。雷光号の船長を務めております」
「マリウスね。それじゃ早速だけど、勝負は明日の朝でいいかしら?」
「まて。——いや、お待ちください」
思わず地が出てしまったのを、どうにかしてごまかす。
正直言って、この手合いは苦手なのだ。
「俺——いや、我々に勝負を受ける理由がないのですが」
「何言ってるの、最速よ!?」
それだけで一大事じゃないの! 胸に手を当て——無駄に揺らして——と、メアリとやらは続ける。
「あたしの船はね、この辺りの海じゃ最速って謳われているのよ。そこにとんでもない速さを誇る船がいるって噂が立てば、勝負をしかけにくるでしょ?」
それはまぁ、わからなくもない。
俺だって、自分で設計し製作した機動甲冑に対抗できる新兵器が出来たという噂が流れたら、自ら様子を見に行くだろう。
「だから早速、全速力でこの船団まで来て、その足でこの船におしかけて来たわけ」
「いまおしかけてと言ったな」
完全に地がでてしまったが、もうそれで行くことにする。
「まぁそういうわけで、いい勝負にしましょ」
あぁ……。この相手の声を聞かないで話を進めていく手合い、封印される前に嫌と言うほど相手していたことを思い出す。
そう、あいつだ。
あの忌々しい、勇者だ。
■ ■ ■
「それで、受けちゃったんですか!?」
船内に戻りことの次第を報告すると、アリスは驚いたようにそういった。
「経験上、あの手の連中には何を言っても無駄だからな」
長椅子にもたれかかって、俺はそう答える。まったく、メアリとやらのおかげで、嫌なやりとりを思い出してしまったものだ。
初めて邂逅してから、最後に封印されるまで、あの忌々しい勇者もあんな感じであった。
「ああいうのは、断ってもなにかと理由を付けて、こちらが承諾するまで延々と同じ話をするものだ。ならばさっさと受けてさっさと勝負を付けてしまった方が早い」
「なるほど……わたし、マリウスさんのことですから、てっきり——」
〜〜〜
ふ。
ふは。
ふははは。
ふはははは!
フハハハハハ! ハーッハッハッハァ!
「お断りです!」
〜〜〜
「こんな感じなんじゃないかと」
「アリス。貴様、俺をなんだと思っている」
『いや、でもすげーそっくりだったぜ』
息継ぎの間隔までぴったり! と、二五九六番が混ぜっ返す。
しかし俺としてはもう少し笑ったあとの台詞をもう少し柔軟にしてほしい——ってその話はいい!
「ではやはり、断った方が良かったか?」
「いえ、さっさと勝ってしまいましょう」
「というと?」
アリスはやるべくときはやると決める性格なのは知っていたが、そこに至る過程で回避の道があるのなら回避を選ぶと思っていた。だからこのばかばかしい勝負には反対だと思っていたのだが……。
「わたし、はやくお風呂と洗濯機と乾燥機が欲しいんです……!」
……なるほど。
確かに、この勝負を引き受けなかったら明日は雷光号を改造していたはずだ。
そうすれば、アリスの希望するものがすべて実装されていたわけだが、当然ながら延期となるだろう。
『なぁ、もしかして嬢ちゃん怒ってる?』
「怒ってないですよ?」
おそるおそる尋ねる二五九六番に、にっこり笑って答えるアリス。
しかし、その目は笑っていなかった。
——そして、翌日。
俺達は雷光号を出港させ、指定された場所へと向かっていた。
『なぁ大将』
「どうした」
『嬢ちゃんが怖いんだけど』
「……」
曰く、先ほどから発光信号の引き金を『お風呂、洗濯機、乾燥機』の順番で連打しているらしい。
その発光信号は現在、引き金を光源から切り離してあるのでアリスの呪詛(?)はどこにも発信されていないが、それでも——いや、だからこそか——怖いと言えば怖かった。
「とりあえずいまは、相手との競争に集中しておけ」
『でもよ、相手は多分蒸気船だろ? 勝負になんのかね?』
「さぁな。この付近では最速と謳われているそうだが、どこまでが本当の話やら」
この前見た護衛艦隊の機関をそのまま使い、あとは船体を工夫すればそれなりに健闘できるかもしれない。
だが、一瞬で高出力を推力に変換し加速するという芸当は、魔法を燃料としている雷光号の機関にしかなせないはずであった。
『お、みえてきたぞ。なんかわんさかいる』
「どういうことだ?」
「えっと……この並びからみると、観戦のお客さんでしょうか……?」
無表情で送られもしない発光信号を送っていたアリスが、平常運転に戻ってそう報告してくれた。
程なくして、その様子が俺にも見えてくる。
なるほど。複数の船が馬蹄状に広がっている様子は確かに、観戦者のようである。
「どうやらお祭り騒ぎに仕立て上げたいようだな」
『なんでわざわざ』
「多分、見届け人がほしかったんじゃないでしょうか。あとは賭けにするとか……」
「ありえる話だな。そして、馬蹄の中心部分に一隻だけいるのが相手の船か」
『だろうなぁ、どんな船なんだか——んん?』
二五九六番が、変な声を上げた。
なにごとかと、俺も目視できるようになったメアリとやらの船を目視し……。
も、目視し——!?
「『帆船だと!?』」
期せずして、俺と二五九六番の声が重なったのであった。
■今日のNGシーン
『なぁ大将』
「どうした」
『嬢ちゃんが怖いんだけど』
「……」
曰く、先ほどから発光信号の引き金を『自家用車、洗濯機、カラーテレビ』の順番で連打しているらしい。
「昭和か!」




