第一四八話:幻惑する景色
「やはり、なにもないか……」
雷光号の操縦席で、俺は唸るように呟いた。
座標は、あの巨大な石碑からみえた光の柱のある場所の正面。
そこにいるのは、雷光号一隻のみで、残りの艦は例の石柱を取り囲むように待機している。
そしてリョウコとエミルの艦からは合同観測班を例の石柱へと昇らせてある。
これで、遠隔地から光の柱を観測できるし、みえないこちら側へ座標の誤差を伝えてくれるというわけだ。
「発光信号受信しました。『貴艦の位置は座標正面。寸分の狂い無し』とのことです」
「そうか……了解した」
アリスからの報告を受けて、溜息交じりにそう答える。
やはり、俺の予想は当たっていたらしい。
「どういうことですか。みえなくさせているだけならば、そこには実際にあるのでは?」
提督席から身を乗り出したクリスが、至極当然なことを言う。
その意見は、決して間違ったものではない。
「高度な隠蔽の魔ほ――技術だと、そうもいかないからな。おそらく俺達は感覚を狂わされている。雷光号、微速前進。アリス、観測班からの発光信号が来る位置に気をつけろ」
「――? わかりました」
俺のいうことが多少引っかかったのだろう。
一瞬疑問を浮かべるアリスであった。
その間にも雷光号はゆるゆるとまっすぐに進む。
『大丈夫か大将、オイラ達だけ転移したらやばいんじゃね?』
ニーゴが声だけで心配そうにそう訊いてくる。
「安心しろ。そのようなことは絶対起こらない。そろそろ、その証拠が届くはずだが……」
「観測隊より発光信号! 『貴艦は光の柱を中心にその周辺を時計回りに航行している』そうです」
「やはりそうか。発光信号が来る位置は?」
「それが……先ほどから変わっていません。おかしいですよね。ぐるぐる回っているのなら発光位置が変わるのに」
「そうだ。良く気がついたな」
気付いたアリスと、予想以上の隠蔽効果に、俺は内心舌を巻いた。
それはおそらく、発光信号の位置から狂った感覚を修正されないようにするための配慮なのだろう。
「要するにだ――」
いままでの経緯を黙って見守っていたエミルが腕を組んだまま続ける。
「ここを脱出すんには、まだなにか解かなきゃならんもんがあるってことだろ?」
「そうなるな」
「そしてそれが……」
今度はリョウコが、艦橋の一点に視線を向けたまま、言葉を紡いだ。
「その、機械人形にあると」
『いやぁ、照れますなぁ……こんな水着美少女だらけの中でそんなことを言われると』
美少女だらけなことは否定しないが、誰もが一騎当千であり、なおかつその機械人形――機影と自称しているが――に対し警戒している中でよくもまぁそこまでのんきなことがいえるものだと感心する。
もっとも、これの想像主と思われる我が臣下タリオンも、誰とあっても自らの調子を変えない男であった。
とどのつまり、造形物は創造主に似るということだろう。
ただし、タリオンはここまで軽い性格では無かったが。
『おや? みなさんなんか剣呑な目をしてますが……?』
「ようやくそれか――まぁいい。機影とやら」
『何でしょう? 偉大なる魔王陛下』
こいつ――!
想像はついていたが、俺の正体に気がついていたか!
「まおう……?」
「へいか……?」
リョウコとエミルが、耳慣れない単語に揃って首をかしげる。
「神話にある『古き神』の称号だ」
「ああ、あのこまっしゃくれた素直じゃないヤツ」
「ぐ……」
「古の神に対して感想を述べるのもなんですが、もう少し素直になっていれば丸く収まっていたかもしれませんね」
「そ、そうだな――」
史実はそんなに単純な話ではないうえに、俺はあんな面倒くさい性格ではない。
性格ではないが、俺とされているものが不評なのは、少し複雑だった。
『こまっしゃくれた素直じゃないヤツ――ぶほっ。むほほ……!』
そして例の機械人形『機影』は、盛大に噴き出していた。
『噂には聞いておりましたが、えらいことになってますな!』
こいつめ――この迷宮を攻略にした暁には、どうしてくれようか……!
「んで、なんでそんな古い称号でマリウスを呼ぶんだ?」
「おおかた長いこと稼働していたせいで、認識力が落ちているんだろう」
『それはまた失礼な。ボクの設計限界はいちま――』
「そんなことより、訊きたいことがある。どうすれば、認識を阻害されずに光の柱へたどり着ける?」
『そんなことは、簡単ですよ。鍵を完成させればいいのです』
俺は懐から、鍵の欠片を組み合わせたものを取り出した。
それはいびつながらも、徐々に球状へとまとまりつつある。
「やはりまだ未完成だということだな。あといくつ集めればいい? そしてそれらはどこの島にある?」
『集める欠片は、あとみっつ。そしてそのありかには、皆さん到達しておりますよ』
「……どういうことだ?」
『なに、単純な話です』
機影とやらは表情を変えなかったが、その言葉は確かににやりと笑っていた。
『なにせ残りの欠片は……みっつとも、ボクの中にありますので』




