第一四七話:みえてきた目標
なんというか、いろいろあったが……。
それそのものは難なく、俺達は石柱を昇りきった。
先に昇り終えたアリスが差しのばす手を握って、俺はその頂上に立つ。
さて、いままでの島にはあった石碑は――。
そうみまわしたところで、クリスとリョウコが立ち尽くしていることに気付く。
その視線は、海の一方向を向いていた。
いったい、なにが――。
「――!」
すぐに、俺も気付く。
ここからさして遠くもない。
おそらく一時間も普通に航行していたらたどり着けるだろうそれは――。
「あんなもん、みえていたっけか?」
俺の後に続いて登頂したエミルが、目つきを鋭くしてそう訊いた。
「――いや」
これは、隠蔽の魔法だ。
おそらく、ある程度の高度にならないとみえないように仕掛けたのだろう。
その魔法にいままで気付かなかったのは、この迷宮の制作者であり、俺に匹敵する魔力を持つタリオンだからこそ出来る芸当だ。
そして、その隠されたものとは――。
「光の、柱……」
アリスがぽつりと呟く。
そう。
この階層からの出口。
うまくいけば、この迷宮そのものからの出口かもしれない、光の柱がみえていたのだ。
「雷光号!」
眼下に停泊しているそれに、俺は大声を上げて訊く。
実際にはそこまでしなくても聞き取れるのだが、かといって怪しまれるようなことはするべきではない。
『おう、どうした大将?』
「いまからいう方角を走査しろ! 方角――、距離――」
『あいよ! ……ってなにもみえないぜ?』
「やはりそうか……引き続き同方向に警戒を頼む。何かあったときにすぐに知らせてくれ」
『まかせな!』
それは、どういうことかといえば。
通常の手段ではみえないということだ。
事実上俺と同じ探査能力を誇る雷光号でそうなのだ。
むりやり目標の座標に向かっても、みえない以上何も起きない可能性が高い。
つまり、いままで島にあった石碑で手に入れた、例の鍵の欠片が必要ということなのだろう。
「石碑を探そう。かならず何処かにあるはずだ」
「あの、それなんですが――」
クリスが困った声を上げる。
「マリウス艦長が昇りきるまえに、リョウコさんと一緒に調べたんですが、それらしいものが無いんです」
「いや、かならずどこかにあるはずだ」
たとえ空振りとなった島でも、ご丁寧に『はずれ』と書いてある石碑があったのだ。
これだけ特徴的な島に、なにもないというのはおかしい。
見渡す限りでは、頂上部分は平坦になっている。
溶岩によるものであればここまで平坦にはならないので、なんらかの加工が施された後とみるべきだ。
「でもよ、こんな石の島に石碑を建てるって難しくねぇか?」
「たしかに石の上に石碑を建てるというわけにはいかないが――石?」
俺は身をかがめて石柱の床を調べてみた。
手のひらで広範囲を撫でるように触る。
帰ってくる感触は、微妙な凹凸感。
……やはり、そうか。
「文字がある。この島自体が、石碑に加工されているんだ」
「え、これは岩の模様では――あっ」
クリスが、いちはやく気付いた。
そう。これは模様ではない。
巨大な、文字なのだ。
「なんて書いてあるんですか? マリウス艦長」
「……『よく気付きました』だそうだ」
「それはまた、なんというか……」
『はい、正解ですわ。さすがですなぁ』
「――誰だ!」
突如上からふりかかった声に、全員が距離を開けつつ武器を構えた。
みれば、雑な造りの人形が俺の身長の二倍くらいの高さで宙に浮いていた。
いや、人形――なのだろうか。
造形はまちがいなくそうなのだが、本来布や綿で作られるべきその素材は、金属で出来ているようであった。
そういう意味で、雰囲気はニーゴに近い。
おそらく、自律した機動甲冑と同じ原理で動いているのだろう。
『あ、どうも。ボク《機影》いいます。どうぞよろしく』
「この箱庭の創造主――そのしもべとみていいな?」
『仰るとおりです。察しが良くていいですねぇ』
機影と名乗った人形は、わずかに頷いた。
人形といったが、なんの動物かと言われると、とても困る。
全体の造形は抽象化された兎なのだが、顔には小さなくちばしがあるし、背には簡易的ながらも羽が生えている。
『ここまで来られるということは、相当な実力者でしょう。なんでまぁ、ここから先の案内役としてボクが呼ばれたってことです』
「それで? 例の鍵の欠片は?」
『あー、はいはい。もちろんお渡ししますよ。よいっしょっと――』
そういって、機影とやらは尻に手を当てた。
『ふんっ! ふぬぬぬぬぬ……ぬうっ!?』
「………………」
ものすごい、嫌がらせだった。
『ふぅ……。はい、おまちどうさまです。どうぞ』
「……ああ」
機影から鍵の欠片を受け取る。
エミルとリョウコが少し引いていたが、俺は気にしなかった。
そもそも相手は金属製。
排泄物じみた動きをしても、それはみためだけの問題だ。
そういう意味で、この上ない嫌がらせであったが。
だからこそ、確信したことがある。
このような悪趣味は、間違いなく我が臣下タリオンによるものだった。




