第十四話:護衛艦隊強化計画。そして……
話は、艦橋へされたときのことにさかのぼる。
「もうひとつの用——とは?」
報酬のくだりが一件落着した別れ際でノイエ代表が切り出した話題に対し、俺は先を促した。
「この船団の専属になって欲しいとは申しません。ですが、たった一隻で五隻の海賊を沈めたそのご手腕で、我が護衛艦隊の強化にご助力願いたいのです。もちろん、報酬は別にお支払い致します。いかがでしょうか?」
「それでしたら、喜んで——」
「ありがとうございます」
隣にいたアリスが一瞬、俺にだけみえる角度で困惑の表情を浮かべた。
まぁ、無理もないと思う。
■ ■ ■
そして、現在。
俺とアリスは朝食後に護衛艦隊が停泊する桟橋へと向かっていた。
「ちょっと意外でした」
「なにがだ?」
おおかた察しているが、敢えてそれに気づかないふりをして、俺。
「マリウスさんが、このお仕事を受けたことです。古銭のこと、急いで調べたがっていると思っていましたから」
「それはある。それはあるが……」
例の忌々しい勇者の横顔が意匠となっている古銭の由来を調べなくてはならない。それはアリスの言う通り俺にとって現在の目標ではある。
だがそれ以上に、今の人間がどれほどの技術力を持っているのかが気になったのだ。
蒸気機関。それは魔法が使えない人間が魔族に対抗するために作り出したときく。
原理は俺でもわかるし、複製も容易だが、いかんせん効率が悪かった。
燃料の調達、余計な熱の放出、燃料に対する駆動時間などを考えると、魔力のある俺たち魔族にとっては、個々人の才能差による多少の出力誤差があっても、魔法で動く機関の方がなにかと便利だったというわけだ。
それゆえ、封印されるまでは蒸気機関にはなにも注意を払っていなかったのだが、今となっては事情が異なってくる。
あの頃とちがって、周りが蒸気機関ばかりであるならば、それがいかほどの性能なのか。まずはそれを調べておかなくてならない。
「それにな」
「それに——なんです?」
小首を傾げるアリスに、俺は言葉を続ける。
「数日もあれば、終わるぞ」
「数日!?」
半ば予想していたが、素っ頓狂な声を上げるアリスだった。
——そういうわけで、一日目。
護衛艦隊の桟橋付近にある彼らの詰所に、俺とアリスは到着した。
「ふむ……」
事前に連絡して用意してもらった、護衛艦隊各艦の諸元に目を通しながら、俺は小さく唸る。
「いかがでしょうか」
護衛艦隊の指揮官が、遠慮がちに俺にきく。
ノイエ代表の時も思ったが、この船団、割と首脳陣の行動力が高い。
前線に出ずっぱりはさすがに問題があるが、この程度であれば好ましいと思う。
その様子は、人間に対して蜂起した初期の我が軍のようであり、どこか懐かしかった。
「そうですね……まず、船の機関出力が各自バラバラというのは問題があるかと」
あの戦いの時、単縦の陣を引いたのは艦隊運用として非常に優秀だと思ったのだが、それは単純に機関の性能差による偶然の産物であったらしい。
もしあのまま運用していれば、速い船と遅い船との距離が開いていったおそれがあり、そうなれば危うく各個撃破されていたのかもしれなかった。
「みたところ各艦ほぼ同じ大きさですが……同型艦は用意できないのですか?」
「そうですね……我々は船がないとなにもできませんので船の生産には注力しておりますが、蒸気船、それも戦うための船となると量産はどうしても……」
なるほど。今の人間はその段階なのか。
もっとも、他の船団では条件は変わりそうだが……。
「では、機関の出力を調整いたしましょうか?」
「よろしいのですか?」
「ええ。各艦の出力を現状より上げつつ、全体で合わせられるようにいたしましょう。ただ、調整は短時間で済みますが、その方法は私の一族で秘匿されているものでして——」
「あとで整備に困るようなことがなければ構いません。よろしくお願いいたします」
「わかりました。では早速とりかかりますので、お人払いを。アリス、一緒に来てくれ。俺の作業中に見張りを頼みたい」
「わかりました」
早速、一隻目の機関部に立つ。
「ふむ……」
まず使うのは透視の魔法。それに暗視の魔法も加え、隅々まで観察する。
「なるほどな。複数の機関を組み合わせているのか」
まず最も丈夫な蒸気機関で高圧の蒸気を用い、その排気でやや高圧の、さらにその排気で低圧の——と並べることで、効率よく出力を得ているようだ。
だが、工作精度がまだ十分でないようだ。蒸気を溜め込み機関を動かす部分の厚さが不均等で、効率がよろしくない。
——ならば。
俺は欺瞞用にもっていた巨大な六角棒型の工具を置く。
やることは前に二五九六番にやったことと一緒。
つまり、物質の再構成だ。
ふ。
ふは。
ふはは!
ふははは! ふはははは!
ハハハハハ! ハーッハッハッハァ!
久々に、気分がすっきりとした。
ここのところ込み入った話が多かったせいか、微妙に気疲れがたまっていたらしい。
「マリウスさーん!」
外からアリスの声が響く。
「もう少し声を小さくしてくださーい! 外に漏れていますよ、笑い声!」
……解せぬ。
——二日目。この日は座学だった。
「なるほど、いままでは先頭の船から射撃を開始していたと」
戦闘記録とそれに対する各艦の所感をまとめたものに目を通しながら、俺。
「同時に射撃するよう、改めてください。攻撃開始は、最後尾の船が射程距離に入ってからです」
「しかし、先頭の船から撃った方が戦闘時間内における砲撃の総数は多いのでは」
居並ぶ船の指揮官のうち、ひとりが挙手してそう反駁する。
「おっしゃる通りです。ですが、最後尾の船が射程距離に入るまで、海賊どもは弾を避けるのが楽でしょうね。特に射撃開始時は一隻分のみのそれに気をつけていればいいのですから」
「なるほど……たしかにそうだ」
実は大砲そのものは俺が封印される前から運用されていた。
その使い方は機動甲冑が前線へ切り込む前の支援みたいなものであったが、それ故効果的な使い方というのは、だいたい熟知している。
これでも六万の軍を指揮したことがある魔王だ。その辺にぬかりはない。
「そして隊列の動かし方ですが……すでにお気付きの通り、連中は正面が硬く、背後が脆弱です。故に基本は機動力を生かして背後に回り込み、砲撃を浴びせるのが有効です」
「仰ることは事実です。ですが、一糸乱れぬ隊列を組むというのもなかなか——」
先ほどの指揮官とはまた別の者が反論するが、俺はあえて無視をする。
「そのためには、綿密な連絡の取り合いが必須です。幸いにして皆さん発光信号には熟練されている。そして——これが肝心なのですが」
居並ぶ指揮官を見渡して、俺はゆっくりと、それでいて言葉に力を込めて続ける。
「出撃時には必ず全艦時計を合わせてください。同時攻撃にはそれが肝要です。明日は、それを実践しましょう」
——というわけで、三日目は訓練だった。
「俺もそろそろ、今の発光信号を学ばないとな——」
護衛艦隊の先頭、そのさらに先を行く二五九六番の操縦席で、俺はひとりごちる。
「マリウスさんの発光信号、読むのも話すのもすごく鈍りますもんね」
護衛艦隊各艦に発光信号を送りながら、アリスがそう答える。
たとえば。
『貴船に告ぐ、停船せよ』
という意味の発光信号を送るとしよう。
アリスの発光信号を俺が読む場合は、こうなる。
『オマエ、コシヲフル、トメル』
逆に、俺の発光信号をアリスが読む場合は、こうだ。
『ソナタ、バンショウノカネノネヲ、トメヨ』
要は、今の発光信号は俺にとっていささか野蛮に映り、アリスにとって俺の発光信号は非常に言い回しが古くさく感じるらしい。
「個人的に必要なのはわかるが、どうしても俺が覚えている方を忘れるのが怖くてな……」
「故郷の風習みたいなものですよね。なんとなくですけど、わかります」
アリスがそう慰めてくれるが、いずれは克服しなければならないことだった。
「おっと。距離が離れすぎたな。二五九六番。少し減速してくれ」
『——雷光号』
「なに?」
『オイラのふたつ名、雷光号なんだろ?』
「……雷光号、少し減速してくれ」
『あいよ、大将!』
こっちはこっちで面倒くさいことになっていた。
訓練ばかりは一日というわけにはいかない。
四日目、五日目、六日目とみっちり時間をかけて行っていく。
——そして、七日目。
「いかがでしょう?」
船団の艦橋から一糸乱れぬ高速航行を披露する護衛艦隊を観てもらいながら、俺はノイエ代表に声をかけていた。
「すばらしいできばえです。この短期間で、よくここまで……」
「お褒めにあずかり、光栄です」
少し芝居がかった礼をする。こういうときには、多少の芝居っ気も必要だからだ。
その結果——。
「報酬が、二倍になった」
「二倍!」
帰還した二五九六番の中で、俺は報酬の目録をアリスに手渡していた。
「当然と言えば、当然でしょうか……護衛艦隊のみなさん、あっという間に強くなりましたし」
「細工も仕掛けておいたんだがな」
「細工?」
「あの護衛艦隊が、万一俺たちに敵対する場合、即座に機関が自壊するようした」
「それは——」
「軽蔑するか?」
「いいえ」
一瞬の淀みもなく、アリスは即答した。
「わたしたちに後ろ盾はありませんから……当然だと思います」
「そう言ってくれるか」
「はい。わたしにとってはもう、マリウスさんのそばが家みたいなものですから」
「そう、か……」
やはり俺も、船団を持つべきなのだろうか。そう思う。
「でも、これだけの資材どうするんですか。流石に載せきれないと思いますけど」
「その件なんだがな。すまないが、今日は港の宿屋で泊まってくれないか」
「構いませんけど……どうしたんです?」
「二五九六番の——」
『雷光号』
「……雷光号の改造をしたい」
資材が載せきれないのなら、改造に使ってしまえば良いわけだ。
折角の機会だから、補給を兼ねて、ここで一気にやっておきたい。
「なにか希望があるか」
「えっと……航行や戦闘に関係することでなくてもいいんですか?」
「構わん。そもそも貴様の希望を聞くのは、生活面での不満解消が目的だからな」
「それでしたらその……贅沢なんですけど……」
「多少の無理はきくぞ。報酬としての資材には十分余裕があるからな」
「でしたら——」
少し言いにくそうに、アリスは続ける。
「お風呂が、欲しいです……」
「風呂——か」
「やっぱり贅沢ですよね。そもそも濡れタオルで身体を拭けばじゅうぶんですし」
「いや、あったほうがいいな」
アリスが着替える時に、妙に時間がかかることがあったのを思い出しながら、俺はそう答えた。
風呂ならば、真水精製装置を大型化すれば余裕だろう。真水と言えば——もしや。
「洗濯用の設備もいるか?」
「あ、それもあると嬉しいです」
両手を合わせて、アリス。
「そういえば、マリウスさんはお風呂やお洗濯はだいじょうぶなんですか?」
「俺には代謝がないからな。問題ない」
そして外からきた汚れは俺や着ている服を含め、自浄作用の魔法が働くようになっている。
「理屈はわかるんですけど……お風呂もお洗濯も、した方がいいと思います」
「だろうな」
いくら汚れないと主張し、実際そうだとしても、汚れてしまう側からみれば汚らしくみえるだろう。
この認識の差はこれまでもそうだったし、これからもそうに違いない。
「まてよ、洗濯室を作るなら、乾燥室も必要か?」
一見すると晴れた日に外に干してしまえば良さそうだが、そうすると潮風により、塩分がたちまち布に染みこんでしまうのだ。
「是非!」
「わかった。あとは——」
『大将!』
急に、二五九六番が割り込んできた。
「どうした二五——」
『雷光号』
「……どうした、雷光号」
はっきり言おう、まだるっこしい。
だが、その後に続く二五九六番の言葉は、意外なものだった。
『お客さんだ。女の子』
「女?」
俺はアリスと顔を見合わせる。
「船団がらみか?」
「だと思いますけど。とりあえず、応答に出られてはいかがですか?」
「ああ……」
アリスに促され、甲板に上がる。
桟橋を見ると——。
「あんたが、この船の船長?」
「そうですが……」
なるほど。二五九六番の言うとおり、少女だった。
年はアリスと同じくらい。ただし、アリスより背が高く、体格もしっかりしている。
そして、腰には細身の剣を提げていた。
人間の、騎士階級か……?
俺が疑問を浮かべるよりもやや早く。
「ねぇ、この船がこの船団で一番速いって本当?」
「おそらくは」
少女の質問の意味を推し量りながら、事実を述べる。すると——。
「なら、あたしの船と勝負しなさい!」
はっきり言おう。
面倒くさいことになってきた。
■今日のNGシーン
『お客さんだ。女の子』
「女?」
俺はアリスと顔を見合わせる。
「船団がらみか?」
「だと思いますけど。とりあえず、応答に出られてはいかがですか?」
「ああ……」
アリスに促され、甲板に上がる。
桟橋を見ると——。
「あんたが、あたしのプロデューサー?」
「なんでやねん」
「ま、わるくないかな」
「だからなんでやねん」




