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勇者に封印された魔王なんだが、封印が解けて目覚めたら海面が上昇していて領土が小島しかなかった。これはもう海賊を狩るしか——ないのか!?  作者: 小椋正雪
第六章:タリオンの箱庭

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第一三六話:忠臣セクハラ野郎


□ □ □




 それはまだ、俺が封印される前のこと。

 人間との戦争を行う前に俺達がしていたことは、なにも軍備だけでは無い。

 俺達の住む北の大地は不毛であり、それ故そんな土地でも収穫できる作物を作るのは、なによりの急務であったのだ。


蕎麦(ソバ)――か」


 目録に目を通しながら、俺はそう呟いた。

 それは先代の魔王が好んでいた穀物だった。

 収穫した実の殻を砕き、粉砕して粉としたものを水で溶き、薄く焼いては甘く煮た果物を巻く。

 俺も小姓であったときお相伴に預かったことがあるが、素朴で滋味のあるものであったと記憶している。


「小麦と混ぜて使うと、良い結果がでると聞き及んでおります」


 発言したのは、宮廷魔術師のダン・タリオンであった。

 そう、のちに『タリオンの箱庭』を造る、あのダン・タリオンだ。


「小麦の特性を蕎麦に移すことは可能か?」

「色々試しておりますが、今のところ魔力を用いねばなりませんな。そしてそれで育てても一代限りです」

「そうか――」


 無尽蔵に近い魔力を持つ俺やタリオンと違って、普通の魔族にはそこまで魔力が無い。

 そのなけなしの魔力を農作のために使い続けるのは、かなり無理があった。


「引き続き、品種改良を続けよ」

「御意。ちなみに品種名はいかがないますか? いまのところは不死鳥にあやかった『不死蕎麦(ふしそば)』、先代と同じく蕎麦を好んだ二十八代目ペール公にあやかって『二八蕎麦(にはちそば)』などが候補に挙がっておりますが」

「それはまかせる」

「かしこまりました」


 さすがに品種名までは俺の裁量で決めなくてもよいだろう。


「今日の報告はそれで終わりか?」

「ああ、それとですね」


 いまになって付け加えるように、タリオンはそう答えた。

 だが、俺は知っている。

 そちらの方が本題であるということを。


「陛下、何度も申し上げておりますが――そろそろお世継ぎを」

「またか」


 思わず玉座で頬杖をつき、俺はぼやいた。


「貴様も知っていよう。魔王は世襲制ではない。どこかで俺が的確と認めた――」

「世襲制にしてしまえばいいのです」


 いままでの伝統、慣習など何処吹く風で、タリオンは断言した。


「先代陛下の下地、そして陛下御自身により、我らが勢力は格段に広がりました。もはや小国では無いのです。それに見合った統治機構を構築せねばなりません」

「俺の代まで連綿と続いてきた伝統であってもか?」

「そんなもの、人間どもに食わせればよろしいのです」


 人間に対する憎悪は、俺よりもタリオンの方が激しいのではないかと思うことがある。

 いまも彼の瞳に浮かんだ炎は、どす黒く、それでいて高熱を秘めていた。


「――検討しておこう」


 この話題が出るたびに、俺はその言葉で打ち切っていた。


「おそれながら――」


 だが、今回に限ってはタリオンは引き下がらなかった。


「臣が思いますに、陛下は先の陛下に操を立てすぎなのでは?」

「そのつもりはない」


 そっちで攻めてきたか。

 内心苦笑しつつ俺はそう答える。


「では、やはり異性になれていらっしゃらない?」

「――先に言っておく。前のようにお世継ぎ大作戦などしようものなら、俺は次の宮廷魔術師を探すことになるから、そのつもりでいろ」


 以前、俺の私室に庇護を求めた各地の魔族の娘が複数人まっていたという事例がある。

 あのときは全員の再就職先を選定するのに相当苦労したので、俺は釘を刺しておいた。


「いま思いますに、あれは拙速に過ぎましたな。なので――」

「……なので?」


 興味を引いたかのように先を促したのがまずかった。

 タリオンは満面の笑みを浮かべると、


「裏の実験畑までご足労願えますかな? おみせしたいものがあるのです。作物不足と、陛下の異性慣れを両立する、画期的な方法を思いつきました故」


 お前はなにをいっているんだ。

 それがそのときの、いつわざる俺の想いであった。




 魔王城の中庭。その一角にはガラスで造られた温室がある。

 ここはタリオンの実験畑として有名で、時折奇妙な植物が騒ぎを起こすことで有名であった。


 そしていま、目の前にあるのは――。


「タリオン」

「は」


 地面から、緑色の脚が生えている。

 それはまるで、年頃の魔族の女の脚にみえなくもない。


「なんだ、これは」

「荒れ地でも育つ根菜でございます」

「それはいい。どうしてこんな形になった」


 畑のなかに、十数本の脚が生えている光景は、はっきりいって異様であった。


「はじめは偶然であったのですが、陛下の異性慣れにちょうどいいかと思いまして」

「こんなんで慣れるかっ!?」


 逆に精神外傷を負いかねない代物である。


「触り心地は――本物ですぞ」

「追求する方向がおかしいわっ!?」

「左様でございましたか……」


 残念そうに、タリオンが答える。

 俺としてはこの思考に至ったことが残念でならないのだが。


「それで、栄養価は」

「おや、焼却なさらないので?」

「使えるものは使う。それがたとえ頭が痛くなるものであってもな」

「さすがでございます。栄養価の一覧は、ここに」


 あらかじめ用意していたのだろう。

 正式な書式で書き込まれたそれに、俺は目を通す。


「……量産は許さぬ。ただしさらなる改良で普通の根菜の形に近づけよ」

「ははっ。して、品種名は? 先ほどの蕎麦のようにこちらで決めてもよろしいのですか?」

「ああ、それでよ――まて」


 いま、タリオンは品種の名前を言わなかった。

 それはつまり――。


「答えよタリオン。この実験で生まれた根菜の名前は何という」

「ははっ、この根菜の名前は――」


 にんまりとした笑みを浮かべて、タリオンは答える。


「マン【フハハ!】ラゴラでございます」

「――なに?」

「ですから、マン【フハハ!】ラゴラでございます」

「マンドラゴラ……か?」

「いいえ、マン【フハハ!】ラゴラでございます!」


 ふ。

 ふは。

 ふはは。

 ふははは!


「――お前には、もう少し魔族の矜持というものはないのか」

「陛下のためならばこれっぽっちもございませんな!」


 タリオンは断言した。

 昔から、こういうやつだったのだ。


「さぁ、陛下、せっかくですし抜くのです! 抜いて抜いて抜きまくって、異性というものに慣れますよう!」

「慣れるかぁ!」


 俺の絶叫が、温室内に木霊した。

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