第一三二話:提督総嬢・吶喊!
浮城『鬼斬』を曳航しながら、俺たちは水路を進んでいた。
「現在予定通りに航行中。不都合は出ていません」
アリスが通信士席から報告する。
「全方向警戒を続けてくれ。もう出てこないと思うが、万一の襲撃に備えておきたい」
『一応主砲も速射砲も装填済みだぜ』
「ああ、それでいい」
移動用の光の柱が出てきた以上、もう新たな敵は発生しないと思うのだが、罠という可能性もある。
もっとも、疑いすぎると元も子もないので、まっすぐに光の柱を目指すことにする。
「見えてきましたね……」
臨時の席に座ったリョウコが、緊張した声音でそういった。
「ああ」
「入ってきたときの落下で、少なくないけが人が出ましたが――」
「今回はできる限りの対処はした。完全に安全とはいわないが、最悪の事態は回避できるはずだ」
「そうですね……ありがとうございます、皆さん」
特にアリスが駆け回り、重傷者に対する防護は完璧といっていい。
もちろん軽傷者、そのほかの乗組員たちへの配慮も、戦艦から浮城に改装したときに最大限考慮してある。
「光の柱に接近」
アリスの声にも、緊張の声がはらんでいる。
おそらく、『鬼斬』の患者たちが心配なのだろう。
「雷光号、一時停止」
『おう』
「機関出力上げ。増速準備」
『おうよ』
「えっ!?」
俺の指示にリョウコが驚く。
おそらく、微速前進のまま突入するものだと思っていたのだろう。
「低速は危険だ。曳航している『鬼斬』が先に転移した雷光号に引きずり込まれる可能性がある。なにより、曳航している綱が切れて離ればなれになるとまずい」
「あ、そうですね……そうでした……!」
確かに仰るとおりです。と、リョウコ。
「申し訳ない。マリウス殿。そこまで考えが及びませんでした」
「気にしなくていい。普通船で牽引なぞしないものだからな」
「そうですね……小型船で押し出すことはあっても牽引はあまりないです」
と、提督席でクリスが補足してくれる。
「ましてや、どこともつかぬ場所に転移なんて、普通はありえないことですよ」
「た、確かに……」
頷くリョウコ。
同じ司令官であると思うのだが、このふたりを並べると全体的にクリスの方が一枚上手に感じるときがある
階級の差もあるのだろうが、全体的に経験が豊富であるように思えるのだ。
そのことをクリスだけに話したことがあるのだが、彼女はこう答えるだけであった。
――マリウス艦長と一緒に行動していれば、いやでも経験豊富になりますよ――と。
『んじゃ、突入でいいんだな?』
「ああ、頼む」
「『鬼斬』に発光信号送ります。『我突入す。衝撃に備えよ』」
「すまない、失念していた。送ってくれ」
確かにそれは必要だった。
『んじゃ、いくぜ……!』
徐々に加速しながら、雷光号が光の柱に接触する。
途端、突入したときと同じく視界が光に埋まった。
こういうものだとわかってはいるが、なにもかもが光に覆われ周囲の状況がわからなくなると、不安になる。
しかしそれも一瞬の間――。
『上下の感覚なくなったぞぉ!』
「総員衝撃に注意!」
強襲型に変形できるようになってから、雷光号の座席には衝撃を吸収できるように細工が施されている。
そのため、副次的な効果であったが通常形態の雷光号も縦方向の衝撃にめっぽう強くなっていた。
「着水! それほど落下しませんでした!」
「そのようだな……!」
大きく揺れる雷光号の中で、アリスがそう報告してくれる。
その間にも俺は立ち上がって、正面の表示板を睨んでいた。
「みえてきました。これは――これは……」
「……島?」
滝のような水の壁による通路は無くなっていた。
そのため、一見すると非常に広大な空間に出てしまった様に感じる。
その代わり、目の前には多数の島が点在していた。
「外ではありません。迷宮の別区画です!」
アリスの報告で、操縦室内の空気が張り詰めた。
あらかじめ予想されていたことだが、やはり箱庭の外ではないという事実は重圧となる。
それにしても、この景色は――。
「多島海か……」
「また、めずらしいものを出してきましたね」
提督席で、クリスが低く唸る。
隣の席では、リョウコも同意とばかりに頷いていた。
「珍しいのか?」
「ええ。島がこんなにたくさんある場所は、本当に限られていますから。それよりマリウス艦長。これはどういう意図だと思いますか?」
「そうだな……」
制作者であるタリオンの意図を、その視線になって考えてみる。
おそらくは――。
「このたくさんある島のひとつ、そのどこかに箱庭の外か、次の区画に行くための鍵が隠されているのだろう」
つまり、上陸を強いられるということだ。
「やはりそうなりますか――厄介ですね」
「ああ」
艦船がもっとも無防備な状態のひとつが、いうまでもなく上陸するときだ。
そんなときに海から機動甲冑に襲われたら、雷光号だって相当苦戦するだろう。
「さしあたっては、安全そうな島を探し、その近くで『鬼斬』を停泊させよう。アリス、ニーゴ、周囲の索敵を――」
厳にするように。そう言いかけたときだった。
「戦闘音! 近いです!」
俺が指示を出す前に聴音機を着けていたアリスが、鋭い声で報告する。
「雷光号、切り離し準備。『鬼斬』に発光信号。『周辺に戦闘あり。防護体制取れ』」
「『鬼斬』より発光信号。『我、迎撃の準備よし。構わず行け』」
「了解した。発光信号送信『我救難に向かう』。雷光号、『鬼斬』との接続解除。全速前進!」
『おうよ!』
雷光号側から綱が解かれ、弾かれるように加速する。
「表示板に戦闘状況がでました!」
周辺を示す表示板をみる。
点在する島が影になって見えないが、その向こうで誰かが何かと戦っているらしい。
「これは――」
表示板の光点から察するに、片方は機動甲冑だ。それは間違いない。
問題はもう片方で、機動甲冑よりもずっと小さく、それでいて速い。
「――なんだ? なにで戦っている……?」
ふたつの光点は、互いに高速でぶつかり合うように戦っている。
それはまるで――ありえないことだが――機動甲冑同士が戦っているかのようにみえた。
「雷光号、目視できる距離まで急げ」
『おう! でもこれ、援護射撃できっかな……』
いいたいことはよくわかる。
あまりにも近接戦闘を行っている(ようにみえる)ので、下手に撃てば誤射の可能性があったし、そうでなくても爆風に巻き込まれる可能性が非常に高い。
『動き速くね? なんなん、あれ』
「この動き、もしかして――」
「ええ、おそらくは――」
疑問符を浮かべるニーゴに対し、クリスとリョウコはだいたいを把握したらしい。
お互いの顔を見て頷きあう。
「まぁ、そちらが来ているのなら、あちらも来ていますよね」
「そのようですね……」
「概要でいい。教えてくれ」
気になって、ふたりに訊く。
「はい。あの小さな光点はおそらく――」
「島の影を抜けます!」
クリスが解説する寸前に、アリスの報告が被さった。
「――なんだ、あれは」
それは、単座の小型艇だった。
通常の艦船に搭載する連絡艇よりなお小さい。どれくらい小さいかというと、操縦部分が露天しているほどである。
その操縦者はまるで馬にまたがるように乗っており、丁字型という珍しい操縦桿を両手で握っている。
その顔は、頭をすっぽりと覆う兜に覆われて見えず、全身は波浪の飛沫対策なのか、赤いつなぎに身を包んでいるため年格好もわからない。
そして船首には――。
「銛……か?」
「はい。銛です」
何故か少し緊張をはらんだ声で、リョウコがそう教えてくれた。
船首部分に、その小型な船体に不釣り合いな巨大な銛が設えられている。
同軸部分に機関砲が積まれているのか、時折発砲していたが、銛の方は発射される気配がない。
勝負は、互角だった。
おそらく機動甲冑の剣が一度でも当たれば、斬る斬れないに関わらず操縦者はただでは済まないだろう。
だが、的が小さすぎる上に、機動甲冑には遠隔武器がない。
それを知っているかのようにその小型艇は翻弄を続け、驚くべき事に機動甲冑の股下をくぐり抜けた。
その際に、後部から何かを放出する。
それは、両端に重りを備えた綱であった。
遠い昔に、俺もみたことがある。
大型獣を仕留めるときに使う罠だ。
それは機動甲冑の脚に絡まり、結果として転倒させる。
そして身動きできなくなったその胸部を目がけ――。
船首から轟音と共に銛が発射され、深々と突き刺さったのであった。
それがとどめとなったのだろう、機動甲冑が沈んでいく。
つまりそれは――。
「撃破した……だと!」
搭乗者がいない無人騎とはいえ、いまの人間が魔族の機動甲冑を倒したという事実に戦慄する。
正確にいえば俺たちが救出する前にリョウコたちも撃破しているわけだが、こうして目の当たりにするのは初めてだったので、その分衝撃が強かったのだ。
「今の戦法はいったい……」
「単座水雷艇による超接近雷撃。あらゆる手を使って相手の懐に飛び込み、一撃必殺の銛を放つ――彼らの常套手段です」
「知っているのか?」
「ええ。あんなことをする船団はひとつしかありません」
口許を引き締めて、リョウコは続けた。
「船団フラット。そしてあの紅い水雷艇は――間違いありません。次期総長――」
こちらに気付いた水雷艇が、こちらに近づいてくる。
「総員、甲板へ」
全員で甲板にあがる。
その頃には件の水雷艇は器用にこちらへと横付けしていた。
誰が艦長なのかすぐに察したのだろう。
操縦者が操縦席を立ち、俺に向かって敬礼する。
対する俺も、敬礼を返す。
近づいてきてわかったのだが、乗っているのはリョウコと同じくらいの年格好だった。
「よう、誰かと思ったらルーツんとこのリョウコじゃねぇか。やっぱきてたのか」
「――お久しぶりです。船団フラットの次期総代――エミル・フラットさん」
「次期じゃねぇよ」
エミルと呼ばれた操縦者が、流線型の兜を脱ぐ。
中から現れたのは、濃い金髪と紅くするどい目を持つ少女だった。
「船団フラット総代、エミル・フラットだ」




