第一三一話:手向け
「エイプリルフールの企画で、私が魔法少女ならぬ魔王少女になる『魔王少女クリス☆メギストス』という企画があったそうなんですが、お蔵入りになったそうです」
「四月一日を過ぎてよかったな……」
「あったぞ、あれだ」
魔力で感知したそれを、俺は指さしてみせた。
水の壁に三方を囲まれた袋小路。
その行き止まりに、ついさっきまではなかったはずの光の柱が建っていた。
「あれに入れば、外に出られるのですね……!」
リョウコが感慨深げにそう呟く。
救援として突入してきた俺たちに比べ、万全でない装備でいつ終わるとしれない籠城戦をしていたためだろう。
その気持ちは、かつての俺も味わっていたのでよくわかる。
とはいえ――。
「まだ、外に出られると確定したわけじゃない」
「といいますと?」
「この箱庭――迷宮の別の区画に移される可能性がある。普通の迷宮でも一階、二階と別れている場合があるだろう?」
「なるほど。新たなる階層に移動するだけという可能性もあるのですね」
腰に提げた刀の柄を握り、リョウコは深く頷いた。
武人――それも指揮官だけあって、切り替えが早い。
「正直にいいますと、うまくいって欲しいという想いと、別の区画にいって欲しいという想いが半々です」
「そうだろうな」
結局、この区画で俺たちはリョウコたちの救援に向かった艦隊を発見することは出来なかった。
つまりそれは、殲滅されたかあるいは――別の区画にいるということになる。
完全に痕跡を消し去るというのは、思いの外難しい。
それも、リョウコ配下の勇敢な兵たちであればなおさらだろう。
つまり救援に向かい行方不明になった艦隊は……別の区画で今も戦っている可能性が高かった。
「さしあたっては全員で移動ですね」
こちらも切り替え済みのクリスがそう訊く。
現状から先のことが読めるクリスのことだ。今の戦力なら別の区画に飛ばされても十分対処できると判断したのだろう。
「ですが……『鬼斬』はどうするんです?」
「そのための浮城だ」
と、俺。
普通の城、つまり座礁していた砂洲に築城した方が効率がいいのはわかっていた。
だが、実際箱庭から退出するにしても別の区画に移動するにしても、全員を雷光号に乗せることはできないし、新たに船を作るのもまた手間がかかる。
なので浮城とし、移動する必要があるときは――。
「なるほど、雷光号で曳航、ですか」
と、感心したように頷くクリス。
「そうだ。荒天で常に揺れるようなら問題だったが、幸いにも付近の海は平穏だったから生活にはそれほど困らないと予想できたからな。ならば最初から曳航できるように考えておいた方がいいと判断したのだが――」
「その予想が無事に当たったということですね」
「ああ。問題は、次の区画がどうなっているかだ……」
「ここと同じじゃないんですか?」
「今までの罠やらなにやらをみてきて、ここの制作者がそんな生やさしいことをすると思うか?」
「……まったく思いませんね!」
俺も同感だった。
■ ■ ■
「マリウスさん。『鬼斬』内の患者さんの確認、終わりました」
リョウコと共に『鬼斬』内に赴き負傷者の様子をみにいっていたアリスが戻ってきた。
「追加の寝台と緩衝材代わりのお布団、ありがとうございました。これで皆さんある程度の衝撃には耐えられるようになりました」
「引き綱の準備も整ったぜ。『鬼斬』側のあんちゃんたちが手伝ってくれたおかげで、思ったより早く終わって助かったわ」
ニーゴが(凝ったわけではないだろうが)首をぐりぐり動かしながらそう報告する。
「よし、では――」
出発――といいたいが、その前にやることがある。
「総員、上甲板」
全員で、雷光号の甲板にあがる。
後方の『鬼斬』でも、元甲板部分に動ける者が集まっていた。
視線の先は、皆砂州の奥へと向いている。
戦没者が眠る、墓地へと――だ。
……さすがに、彼らを連れていくことは出来ない。
それゆえ、別れの挨拶が必要であった。
「これを」
あらかじめ用意しておいたものを、リョウコに手渡す。
「これは、花束!? いったい、どうやって――」
「よくみればわかるが、造花だ。さすがに本物の花はな」
「いいえ、十分です。なにからなにまで……かたじけない。マリウス殿……!」
リョウコが花束を投げる。
続いて、甲板上にいた皆が敬礼を捧げた。
「――マリウス殿、お願いします」
「あぁ。雷光号、出航」
『おう』
一足先にもどったニーゴにより、雷光号がゆっくりと進み出す。
そして引き綱が張り――『鬼斬』も動き出した。
おそらく、砂洲がみえなくなるまでリョウコは甲板に残るだろうと思ったのだが、意に反して俺たちと一緒に船室へと入る。
「もう、いいのか?」
「はい。前にマリウス殿が仰った通り、私は『鬼斬』の者たちを率い続けなければなりません」
後頭部で結わえた髪を揺らし、リョウコはそう答える。
「いま私がやるべきことは、残った皆を誰ひとり欠かさずに生還させることですから」
「ああ、そうだな」
たしかに、そうに違いない。
俺はひとつ頷く。
前方に、外――あるいは次の区画――へと移動するための、光の柱がみえてきた。




