第一三〇話:ボスモンスター対ラスボス(魔王)
「ここも行き止まり――ですね」
最後の角を曲がったところで、アリスがそう呟いた。
タリオンの箱庭、水路の迷宮。
本拠地である浮城『鬼斬』を中心に探索の範囲を広げていった俺たちは、ついに全領域を踏破した。
十字路、三叉路、袋小路に螺旋回廊――。
元が広いので錯覚しがちであったが、この迷宮、決して単純な作りではない。
それに加えて、ただの水の壁から機動甲冑は出現するわ、魚影すら見えなかった水辺から急遽生物型、機械型を問わず自動人形が飛び出てくるわで、俺たちはあるときは艦砲で、またあるときは甲板上を白兵戦で切り抜けてきたのであった。
罠?
もちろんあった。
小島に凝滞している機動甲冑という大がかりなものから、近づけば爆発する難破船の偽物まで、よりどりみどりだ。
だがそれらの罠は、文字通り全部踏みつぶしてやった。
そして、すべての通路を踏破したわけだが……。
「まさか、出口がないとは――予想外でした」
リョウコが困惑した様子で呟いた。
「入り方が入り方だったので、ある程度予想していましたが……隠し通路でもあるのでしょうか」
より冷静に、クリスがそう訊いてくる。
「それはありうるな。ただそれよりも別の可能性を考慮した方がいい」
おさらいになるが、箱庭を攻略するにはみっつの方法がある。
ひとつは、設定された敵を全滅させること。
ひとつは、設定された期間を経過すること。
ひとつは、特定された場所に到達すること。
そのどれかを達成すれば、入ってきたときと同じように、外へと繋がる光の渦が出現するはずであった。
「まさか、時間ではないですよね……」
眉根にしわを寄せて、クリスがそう呟く。
「いや、時間では無いと思う」
「というと?」
「その気になれば、いくらでも生存できる環境だからだ」
もし本当に制限時間型で、罠として中に入った者を全滅させることを意図しているのなら、魚や海藻の類いが獲れない環境を作ればいい。そうすればさして間を置かずに、中に入った者たちは飢えて死んだことだろう。
「そしてすべての通路を踏破したいま、設置された出口という線も消えた。だから、条件は敵の殲滅だろう」
「殲滅なら、なぜこうやって生き残れるようにしてあるんですか?」
「それはもっと簡単だ。『希望を抱かせたところで絶望に叩き込む』つまり――」
最低限、生存できる状況は残しておく。
だが、脱出するためには敵を殲滅しなければならない。
箱庭の中で延々と生き延びることはできるがしかし、脱出することもまた、延々とできないわけだ。
だから、こちらが全滅することを覚悟して、敵の殲滅に乗り出すしかない。
往々にして、その結果は――ということになるが。
「本っ当に性格悪いですね、この迷宮の制作者!」
「ああ、そうだな……」
脳裏に親指を立ててにこやかに笑うかつての友が浮かぶ。
「まぁそこまで悪いやつでは――」
……そういえば、お世継ぎ大作戦なるものがあった。
ある日俺が遠征から戻って自室に入ったら、中に各地から集められた魔族の少女たちが女給服姿で待っていて、一斉に服を――。
「――悪いやつではあったな……!」
「マリウス殿?」
「あ、いや。文献を思い出しただけだ」
ちなみにその少女たちは全員就職希望先を聞き、あるものは郷里へ返し、またあるものは魔王軍へと編入していたりする。
タリオンはひとりくらい手元に置けとうるさかったが、いきなり自室を後宮状態にされた当時の俺にしてみれば、迷惑極まりない話であったのだ。
『んじゃま、引き続き出てくる敵をぶったおせばいいわけだな』
と、二五九六番――余談だが、リョウコがいるうちはニーゴ呼びである――が呟く。
『んでも、いままでで、何匹倒したっけなぁ……』
マリスがいれば正確な数字が即座に出てくるのだが、生憎彼女は船団ジェネロウス付けの身だ。
だが、体感的には……。
「そろそろ、兆候があってもおかしくないのだがな」
俺たちが倒した分の他に、『鬼斬』が沈めた分も含めればかなりの数になる。
『兆候? なんかあんの?』
「そうなるとだな――」
ふと、影が差した。
見上げるよりも早く――。
「――! なにかが上から来ます!」
ニーゴより先に、アリスが叫ぶ。
巨大な水しぶきがあがった。
雷光号の目前に巨大な何かが降り立ったのだ。
「後退! 同時に主砲、速射砲、装填!」
『もうやった!』
水しぶきがおさまり、その姿が露わになる。
そこにいたのは――。
「……機動甲冑!」
だが、
『なんだこれ、でけえ!』
通常の機動甲冑の、約二倍の大きさであった。
つまりは、強襲型の雷光号と同じ規模を誇るということだ。
同じ大きさなら、船団ジェネロウスでもみたことがある。
だがあちらは見た目だけでわかるくらい、つぎはぎだらけの張りぼてだった。
こちらは違う。
一目でわかるくらい均整の取れた体格。
高出力機関搭載特有の、表面装甲から立ち上る陽炎。
そして重量と切れ味を両立させた、凶悪な意匠の剣。
そのどれもが、高度な技術と熱意で造られているのがわかる。
「ここまで、やれたか……」
機動甲冑は、なにも大きければ大きいほどいいというわけではない。
巨大になればなるほど出力を増すことが出来るが、その分構造の負荷、取り回しの難しさ、なにより整備性の劣化が目立つようになる。
それ故、俺が封印される前まで、機動甲冑の大きさは平均的な魔族の身長の、約十倍を目安としていた。
だが目の前のそれは、強襲形態の雷光号とほぼ同じ大きさを誇っている。
装甲の改良、関節の根本的強化、そして整備の改良。
これらすべての基準を満たしたのだろう。
――見事だ。
今や敵ながらもそう思う。
俺は、口の端の笑みを隠せているだろうか。
「主砲、速射砲、撃て!」
『おう!』
轟音と共に、すべての艦砲が火を噴く。
だが――。
「損傷ありません!」
前方の表示板をみつめていたアリスが、そう報告した。
「総員安全帯装着! 雷光号、強襲形態!」
『あいよっ!』
雷光号が後退しながら、強襲形態へと変形する。
「へ、変形ですって!?」
そういえば、リョウコはまだ通常形態の雷光号しかみていなかった。
が、今は詳しく説明しているひまがない。
『敵さん来た! はええ……!』
後退しながらの変形を隙と判断したのだろう。
大型の機動甲冑が追撃に入り、その巨大な剣を振りかぶる。
『うおっ!』
とっさに剣で弾いたが、それでも衝撃は吸収しきれず、一歩引いてしまう雷光号。
『こいつ、つえぇぞ!』
「彼我の出力が近いのか……!」
いままではこちら側が常に有利であったが、ついにそれが覆されたということになる。
『大将、どうする!?』
「くっ……!」
対策なら簡単だ。
俺自身が出撃すればいい。
だが、そうなればリョウコに俺が魔王であることを明かす必要がある。
それはいま、避けたいところであったがしかし――。
「ニーゴ殿! 関節を狙うのです!」
予備の座席から、リョウコ本人が叫んでいた。
『狙うっていってもよ!』
巨大機動甲冑を切り結びあいながら、ニーゴがそう叫ぶ。
「いいですか、剣筋をなぞるのではありません。必要最短距離を見極めて、一気に斬るのです」
『いっきに――斬る』
「そうです。貴殿は剣の筋がいい。きっとできるはず!」
『ありがとよ、刀の嬢ちゃん! 大将?』
「ああ、やってみろ!」
『おう!』
一度強く打ち合ってから、雷光号が少し距離を取った。
そして剣を両手に持ちかえると、深く腰を落とす。
敵機動甲冑の動きが一瞬止まった。
おそらく、こちらの真意を計ろうとしたのだろう。
だが、その判断は命取りだった。
『こ・う・かぁー!』
狙いを定めていた雷光号が、機関を最大にふかして一気に接近する。
巨大機動甲冑が防ごうと剣を構えるが――。
『おせぇよ!』
斜め下から斬りあげるように、雷光号が剣を振るる。
それは狙い違わず巨大機動甲冑の胴体部分、装甲と装甲の隙間を斬っていた。
巨大機動甲冑は痙攣するように震え、そして徐々に崩れ落ちていく。
『……やったぜ』
念のためか、追撃のために構えていた剣をゆっくりと降ろして、ニーゴがそう呟いた。
『刀の嬢ちゃん、ありがとよ。おかげで勝てた』
「礼には及びません。私はただ、助言しただけですから。それよりも、お見事でした。ニーゴ殿」
『――おう! ところで刀の嬢ちゃん』
「はい」
『なんでひっくりかえってんの?』
「それはですね――」
端的にいうと、安全帯の装着に慣れていなかったため、固定が中途半端だったのだ。
幸い、安全帯を手で掴んでいたため放り出されることはなかったが――代わりに安全帯でがんじがらめになっているリョウコであった。
『わりぃ、ちと振り回しすぎたか』
「いえ、いまのは必要なことでしたから! ちゃんと固定しなかった私が悪いのでどうかお気になさらず!」




