第一二四話:タリオンの箱庭・サバイバルガイド
「ここに来てから、全く探索していませんね……」
元戦艦、現浮島『鬼斬』の第三層。
物見台を兼ねた会議場で、クリスはそうぼやいた。
「建物は作ったから、後は食料だな。それが一番難しいが」
と、俺。
「どうだ、アリス。このままの消費だとどれくらいもつ?」
「えっと……はい、でました。でましたけど――」
膨大な資料と大量の計算式を解いていたアリスが、顔を上げる。
ただ、その口調と表情から、結果はあまり良くないもののようであった。
「雷光号に緊急で搬入した物資をぎりぎりまで切り詰めて、約一週間です」
「『鬼斬』には――ああ、残っていなかったんですね」
「お恥ずかしい話ですが、こちらは三日で食料が尽きました……」
会議に参加していたルーツ少将が、恥ずかしそうにうつむいた。
「いや、こちらは救援を前提としていたからな。物資が多いのは当然だ」
たしかに、探索でもそれなりの備えが必要だ。
だが、まさか異常気象の調査でこのような空間に囚われるとは思わないだろう。
「そういうわけで、自給自足が必要なわけですが」
と、クリスがとりまとめた。
今更だが、この中で一番階級が高いのはクリスだ。
本来は船団が違う場合それぞれが独自、あるいはそれぞれの筆頭が(階級の差があっても)同等の指揮権を持つものらしいが、今回はルーツ側が遭難したというのもあって、全体の指揮権をクリスが預かっている。
「幸いにして、釣りはできます」
「できるのか……」
つまり、食料が尽きてから俺たちが来るまでの間に、釣っていたのだろう。
あの、形容しがたい海の生き物を。
「ええ、海ですし。ですが、少々変わっているのです。誰か、貯蔵庫から干し魚を」
「はっ!」
ルーツ少将の配下のうち、比較的軽傷の者が下へと降りていく。
「変わっている――というのは?」
努めて冷静を装い、俺はそう訊いた。
俺からしてみれば、封印が解けてからずっと海から取れるものはおしなべて変なのだが……。
「実物を見ていただければわかるのですが、この近海で獲れるものではないのです。ああ、来ましたね」
「こちらです」
「――!?」
みたこともない魚――の干物が、卓の上に並べられた。
「みてのとおり、北の方で獲れる魚ばかりなのです」
「たしかに、そうですね……」
席から立ち上がったクリスが、まじまじをそれらを見つめていう。
「アリス。この、虎柄の大きな魚は――」
「鯱ですね。これでもまだ、子供なんですよ」
「ほ乳類ですらない!?」
「ほ乳類?」
「いや、なんでもない……」
アリスからみれば、ほ乳類である鯱の方が特異にみえるのだろう。
まぁ、牛の代わりにウミウシがいる時点でお察しではあったが……。
「こっちのは……タコではないか?」
「タコですよ。茹でても煮ても焼いても干しても、そして酢漬けでも美味しいんです」
「酢漬け!? 野菜や果物でもないのにか!?」
「え、むしろ保存食としてやりませんか? ちょっと珍しいですけど」
「そうか……そうなのか……」
思えば、食事が必要な身体でなくなって久しいため、そういったことにあまり興味が無かったというのもある。
が、封印される前とされた後では、かなり食文化が異なっているのも確かであった。
「リョウコさん、漁獲量はどれくらいですか?」
「そうですね……砂洲の沿岸でそこそこ、少し沖ではそれなりに――といったところでしょうか。ただ、沖には得体の知れない敵も出ますが」
「それなら、雷光号で沖合に出れば十分な漁獲を見込めますね」
紙に計算式を書き込みながら、クリスは結論づける。
その数字を見る限り、一回の漁で数日は確実に保ちそうではあった。
「でも――」
干した魚たちを眺めながら、アリスが指摘する。
「お野菜が……足りませんね」
「脚気か!」
それは、かなり重要な話であった。
往事の魔王軍でも俺のように魔力だけでどうにかなる種族は少数であったため糧食は滞らせ無かったのだが……。
彼らは肉ばかりを食べていた。
それにより必要な栄養素のいくつかが足りず、極端になるといまいった病気、脚気にかかってしまったのだ。
『野菜です。野菜を食わせましょう』
思えば、その原因を発見したのも、今いる迷宮を作ったタリオンであった。
そのあとにはじまった『野菜食わそう週間』そして『野菜を食った勲章』などで魔王軍は揺れた事もあったが――それはいま、置いておく。
「野菜の類いはすぐには作れないぞ。どうする?」
「あ、その対策でしたら滞りなく」
ルーツ少将が胸を張る。
「というと?」
「釣った魚を生で食べればよいのです」
……な。
……な!?
「生!?」
「あ、それなら野菜と同じ効果が見込めますね」
「なん……だと……!」
魚を――生で!?
「わが船団では普通にあるのですが……おかしかったでしょうか?」
「い、いや。そんなことはないが」
俺の感覚では、異文化に初遭遇した気分であった。
いたか……?
魚を生で食べる種族が。
敢えていうなら、猫魔族の一派である半神猛虎団が魚を表面だけあぶって食していたが、あれだって中心まである程度は加熱されていたはずだ。
「アリス、濃縮果汁の残りは」
「こちらも一週間が限度ですけど……」
「くっ!」
「それにこちらは保存が利きますから、使うのは後回しにした方がいいと思います」
「ぐっ!」
「アリスさんの言うとおりですね。でも、いいんじゃないですか? 別に、マリウスさんが食べるわけではないですし」
「別の食事というのは、士気に関わる。できるなら同じものの方がいいからな……」
「……マリウスさんのそういうところ、わたしは好きです」
「単に手間を省いているだけだ」
「照れ隠しですね、マリウス艦長。先ほどの発言と、矛盾していますよ?」
「ぐぬっ!」
クリスの言葉が胸に深々と突き刺さる。
俺としたことが、魚を生で食べるという事実に対する衝撃で、つまらない意地を……!
「あ、あの……!」
そこで、ルーツ少将が遠慮がちに声をあげた。
「たしかに、魚を生で食べれば栄養素は摂れますが、保存性はありません。ですから……漬け物はいかがでしょうか?」
「魚の――漬け物?」
いまいち想像できない。
野菜、あるいは果物ならまだわかるのだが。
「作れるのか?」
「いえ、お恥ずかしい話ですが食したことはあるものの作り方までは――」
申し訳なさそうにルーツ少将。
だが、そこでアリスが手を挙げた。
「それなら出来ます。ただ、ちょっと時間がかかりますけど……マリウスさん?」
「わかっている。俺が手伝えば短縮できるわけだな」
「はい!」
漬け物とは、要は発酵だ。
そして俺が魔法を用いて、それを促進させることが出来る。
「もとの期間は――?」
「そうですね……この気候だと、二ヶ月くらいでしょうか」
「なら、二日でいける」
「ちょ!? 早すぎませんか?」
さすがに詳しい製法はしらなくてもだいたいの原理はわかるのだろう、ルーツ少将が心配そうな声を上げた。
「安心して欲しい。これもこの城を作ったときと同じく秘密だが、品質は保証しよう」
「それなら、いいのですが……」
「では、早速俺たちは雷光号で魚を獲る。半分は干物、残りはいまいった漬け物にする方向でいいな?」
「ええ、私は構いません」
「私もです」
ルーツ少将とクリスが同意する。
「アリス?」
「あ、はい。マリウスさんがそれでいいのなら構いませんけど」
「どうした? 何か問題があるのか?」
なにかちょっと気になっている様子のアリスにそう問いかける。
するとアリスは小首をかしげて、
「お魚のお漬け物、かなり癖がありますけど大丈夫ですか?」
「要は酢漬けのような味になるのだろう。それならば俺は構わない」
「それなら、いいんですけど……」
なおも心配そうなアリス。
このとき、俺はもう少し詳しく話を聞くべきだった。
■ ■ ■
ふ。
ふは。
ふはは。
ふはははは!
ふははははは!
ハハハハハハハ!
ハーハッハッハッハァ!
「……腐ってないか。これ」
魚を獲り、アリスが仕込みを終えた後。
俺は魔法で発酵を促進させたのだが――。
なにかこう、酸っぱい匂い以外に腐敗臭が混じっているような気がしてならない。
「いえ。うまくいきました」
「本当に、そうか?」
「もちろんです」
見た目も、火を通したわけでもないのに白っぽくなっている。
「おお……たった二日でこんなにも芳しい漬け物が出来るとは」
「か、かぐわしい?」
「ああ、失礼しました。慣れるとそう感じるようになるのです」
ルーツ少将が、こともなげに言う。
「マリウスさん、ちょっとだけ食べてみます?」
「あ、ああ……そうだな」
アリスがそれをごく薄切りにしてくれた。
俺はそれをおそるおそる口に運ぶ。
「――!?」
まず駆け抜けるように鼻孔を通り抜けたのは、発酵によるものと思われる鋭い香り。
そして後を追いかけるように、腐敗ではないらしいが腐敗しているとしか思えない匂いが鼻孔をくすぐる――いや、掻きむしった。
そしてその後に来たのが、乳を発酵させたものに似た酸味。
それらが魚の肉とは思えないぐずりとした食感を経て脳を揺らす。
最後にようやく、それらによって生まれたとおぼしき複雑な旨味が口の中に広がった。
「だ、大丈夫ですかマリウスさん。だめだったらはき出してもいいんですよ!?」
おそらく白黒しているのだろう。
心配そうにアリスが顔を覗きこむ。
が、俺だって魔王だ。そんな醜態は見せられない。
できる限り表情を動かさず、俺は魚の漬け物を飲み込んだのであった。
「すごいですね、マリウス艦長。慣れない人は一切れでも無理だというのに」
クリスが感嘆した様子でそういう。
「知っていたのなら、先に言ってくれ……」
「長期保存を考えると、こちらしか選択肢がありませんから」
「それはそうだが……」
ルーツ少将は慣れると美味く感じるようになると言っていたが、本当なのだろうか……。
「アリス、クリス」
「あ、はい」
「なんですか?」
ふたりを呼び寄せて、俺は今し方決意したことを言葉にする。
「この箱庭、さっさと攻略してしまおう」
たとえ、この漬け物の美味さがわかるようになったとしても。
その前に、俺の舌と鼻がどうにかなってしまいそうだった。
ねんのため。
作者はフナ寿司もくさやも大好きです!




