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勇者に封印された魔王なんだが、封印が解けて目覚めたら海面が上昇していて領土が小島しかなかった。これはもう海賊を狩るしか——ないのか!?  作者: 小椋正雪
第六章:タリオンの箱庭

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第一二三話:魔王的! ビフォー・アフター

「暦ですか――こよみ!?」


 雷光号(らいこうごう)の船室で、クリスは声を裏返した。


「突入した時間は憶えているんですが、現時刻はなんとも。通常は太陽や星の動きでなんとかなるものですし」

「俺もそうなんだがな……」


 相変わらず外は、嘘みたいな青空が広がっている。さすがに感覚的に辛いものが――特にアリスとクリスには耐性がないだろう――あるので、現在船室は窓を閉め、意図的に室内を暗くしてあった。


「厄介ですね。これ……」

「ああ。すごく厄介だ」


 このような心理的圧迫は、徐々に心を削っていく。

 最初は耐えられそうなものであっても、累積すると一気に決壊することもあるので、注意が必要であった。

 それ故、暦がわかる時計を作る必要があるのだが……。


「ごめんなさい。わたしも皆さんの怪我を看るのに精一杯で――」


 話を聞いていたアリスが申し訳なさそうにいう。


「いえ、アリスさんのせいではないです」

「そうだ。これは俺たちの責任になる」


 指揮官たるもの、常に時間経過を把握していなければならない。

 しかし、この箱庭の細工で俺たちの時間感覚は狂ってしまう。


「どうにかして、いまの時刻を知る必要がありますね」

「ああ……」

「はい……」


 クリスの言葉に、俺とアリスがあてもなく頷いたときだった。


「あのよ――」


 救いの手ならぬ救いの言葉はまったく予想外のところからさしのべられた。


「オイラ憶えてるぜ。突入してからの時間は……だ」

「えっ!?」

「そうか、そういうことか!」


 元々機動甲冑だったニーゴにとって、時間感覚を狂わせる干渉は効かない。


「それなら計算は簡単です。……こうして――こうですね。マリウス艦長?」

「ああ、それがいまの暦か」


 だいたいを察したクリスが大まかにまとめてくれたので、非常に計算しやすい。

 これならば――。


「まかせておけ」


 ふ。

 ふは!


「できたぞ。暦表示機能付きの時計だ」

「え、もう!?」


 早すぎたのだろうか。

 アリスが本気で驚いた顔をしている。


「この後本番が控えているからな……」

「本番って――あ」

「そう、引っ越しだ」



 ■ ■ ■



「そっちの綱を引っ張ってください! 後もう少しです!」

「杭打ちはまだです。天幕本体を立ててから固定用に使いますので!」

「そこの綱、たるんでますよ。そのままでは天幕が立たないので、もう少し強く引いてください!」


 クリスの声が、きびきびと響いていた。

 擱座した戦艦『鬼斬(おにきり)』の側にある砂洲。

 そこに、大規模な天幕が立とうとしていた。

 なんのためかは——いうまでもない。

 これから戦艦を改装するため、ルーツ少将をはじめとする乗組員たちを移したのだ。


「いまです! せーのっ!」


 正副あわせて八方に綱を引き、二本の支柱により巨大な天幕が立つ。

 雷光号の船倉に積んであった余り物を寄せ集めただけの即席ものだったはずだが、不思議と様になっていた。


「こんなものでしょうか」


 それを見届けて、クリスが大きく息をつく。


「見事です。クリスタイン元帥」


 敬礼でもって、ルーツ少将が賞賛する。


「我が軍では、天幕を張るという考えがありませんでした。今後の参考にさせていただきます」

「いえ、たまたまです。父——先代の司令官から、教わっていたことを応用しただけですよ」


 なるほど、確かに陸地が極端に少ない今では、天幕を張ろうという発想はあまりないのだろう。


「さて、次は俺たちか。ニーゴ」

「おう!」


 鎧をがしゃりと鳴らして、ニーゴが気合いを入れる。

 俺も、これからの手順を内心でおさらいしておく。

 そこへ――。


「僭越ながら……」

「我らも、手伝いを」

「すまない。助かる」


 比較的軽傷の乗組員たちから、手伝いを申し込まれた。

 それを受け入れて、俺とニーゴは俺たちにしか出来ないことをはじめた。

 すなわち、重傷者の搬送だ。


「先頭は俺が受け持つ。お前は前に進むことだけを考えろ」

「あいよ!」


 まずは即席の担架で、司令塔から甲板上へと負傷者を運ぶ。

 甲板上では既にアリスが待機していて、彼らに万一のことがないように見ていてくれていた。


「次は力仕事だぞ」

「オイラにとっちゃ、朝飯前よ」


 なにをするのかというと、甲板上から砂洲へと重傷者を移すのだ。

 無論、担架を使ったまま縄ばしごをくだることはできない。

 なので、急ごしらえの可動梁と滑車(作者註:クレーンのこと)を使い、担架ごと降ろすことになる。

 これがもし俺たちだけならば、魔力で駆動するものをつくりなにもせずに降ろせたのだが、ルーツ少将をはじめとする衆人環視の中ではそうもいかない。

 なので、滑車の動力は遺憾ながら俺たち自身がまかなうことにしたのであった。


「しかし、滑車に可動梁とは用意がいいですね」


 感心した様子で、ルーツ少将。


「交易品の積み替えには必須だからな。あらかじめ雷光号に積み込んでおいた」


 正確には、船倉で適当な素材を組み合わせて作り上げたのだが、それは黙っておく。


「マリウス殿、負傷者の移動が終わりましたが」

「ああ、すまない。それなら後は天幕への搬送だけだ」


 再び担架で重傷者を天幕に運ぶ。

 天幕内部では既に必要最低限の生活環境が整っていて、ここだけで数日間は籠もることが可能になっていた。


「さてと――ここからが大仕事だな」


 ここからは、俺ひとりの作業となる。


「ルーツ少将」

「はい。なんでしょう?」

「以前にも話したが、改装中の様子は見ないで欲しい。できる限り天幕からでないようにしてもらえるだろうか」

「ええ、もちろんです」

「そちらの配下にも伝えて欲しい、頼む」

「はい、徹底させましょう。そういえば、昨日は司令塔で待機をと仰っていましたが、何故急に搬送を?」

「気が変わってな。徹底的に改装することにした」


 ここが俺の知っている『箱庭』なら、必要最低限の改装で済ませるつもりであった。

 だが、時間が止まったかのような空を見る限り、俺の知らない要素が『箱庭』に付与されているのなら、万全を期してことにあたらなければならない。


「でも、材料はどうするんです?」

「修理用の素材を積めるだけ積んできたからな」


 元は遭難した艦を補修するためのものであったが、改装に使わせてもらうことにする。

 これらの費用は船団ルーツもちであったが、向こうの戦艦を改装するためのものなのだから、遠慮無く使わせてもらおう。


「わかりました。それでは、お気をつけて」

「ああ」


 アリスとクリスを連れて、砂洲の端、擱座した戦艦へともどる俺。

 ついてみると、ニーゴが雷光号から降ろした資材を積み上げていた。


「よぉ大将、そろそろやるんだろ」

「ああ。これで全部か」

「おうよ」

「あの、マリウスさん。資材は足りるんですか? 補修ならともかく、改装ならかなりの量を使うことになると思いますけど」

「ああ、足りないな」


 アリスの指摘の通りだ。

 あくまで補修用なので、改装には足りない。

 なので……。


「削れる機能は削り、余る区画も材料にする。わかりやすくいえば、小型化だ」


 いま現在、擱座している戦艦『鬼斬』は全長全幅全高のすべてが雷光号の二倍程度あるが、最終的には雷光号より一回り大きい程度になるだろう。


「まてよ。装甲が余るな……せっかくだから、やるか?」

「なにをですか、なにを」


 少し呆れた様子で、クリスがそんなことをいう。


「それは、みてのお楽しみだ。では――」


 ふ。

 ふは。

 ふはは。

 ふはははは!

 ふははははは!

 ハハハハハハハ!

 ハーハッハッハッハァ!

(↑2019年版)


『あの、すみませーん!』


 天幕の中から、ルーツ少将の声が響く。


『いまなにか、マリウス大佐の笑い声が聞こえたのですがー?』

「発作みたいなものですから、気にしないでくださいねー!」


 ふははははははは!

 それ、あんまりではないかアリス?



 ■ ■ ■



 時計の上では、翌朝。


「こ、これは……」


 俺から改装が終わったことを告げられて天幕をでたルーツ少将は――。

 目を丸くして絶句した。


「要塞化するといっただろう」

「で、ですが、本当に要塞になるとは……!」


 修復なった戦艦『鬼斬』――いや、元戦艦か?――を見上げて、ルーツ少将はぽつりとそう呟いた。


「もっとこう、記念艦のような応急処置めいたものを想像していたのですが……」

「生存を考えると、これくらいのことはしておかないといけないからな」

「あ、ありがとうございます。しかしこれはもう、戦艦というより城ですね」


 そう。

 ルーツ少将のいうとおり、これはもう戦艦というより浮城といった方が近い。


「城作りは、得意でな」


 俺自身も忘れそうになっているが、艦船の改造は封印から解けたあとはじめてやったことであり、本来は築城の方が造り慣れているのだ。


「それは珍しい技能をお持ちですね」

「珍しい……か。そうか、そうだな」


 いま築城するとなると、数少ない島か、巨大な中枢船の上に建てるしかないのだろう。

 あるいは、今回のように海に浮かぶ浮城とするか、だ。


「浮いてはいるが、航行能力は無きに等しい。機関は生活のために残してあるが、姿勢制御程度だと思ってくれ」

「わかりました」

「城そのものの形式だが、砲弾の残りが少ないということで防御を徹底させた。構造として三層式となっており、一層は食料などの貯蔵庫で、外からは入れず二層からのみ入ることができる。そしてその二層が居住区件防護施設、三層が物見というわけだ」

「つまり出入りは第二層からということですね。ただ、その割には縄ばしごの類いがありませんが……」

「ああ、それなら――」


 俺はこのために作った操作装置をいじる。

 すると、『鬼斬』から跳ね橋の要領で収納式の階段が降りてきた。


「この方が、武器を手に持ったまま乗り降りできて便利だろうと思ってな」

「た、たしかに……」


 おそるおそるといった様子で階段にたわみがないかを確かめながら、ルーツ少将がそう答える。


「ああ、そうだ。この城の開け閉めは内部からか、この装置だけだ。外出する場合は気をつけてな」

「わかりました。それでその……敵と邂逅した場合は――」

「無いと思うが、籠城で」

「外壁などが損傷した場合は?」

「安心して欲しい。勝手に修復する」

「えぇ……」


 感嘆というよりも、困惑といった様子の声を上げるルーツ少将だった。


「そういえばこの戦艦――お城?――の装甲、取り外しが簡単そうですね」


 やはりわかる者にはわかるのだろう。

 城の装甲部分を眺めながら、クリスがそういった。


「ああ、それは念のためだ」

「念のためって、なんですか?」

「それは……」


 少しだけ視線をそらし、クリスとアリスだけに聞こえるように小声で言う。


「魔王としての、浪漫だ」


 事態をよく飲み込めていないルーツ少将を除いて。

 クリス、アリスの視線が、ちょっとだけ痛かった。



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