第一一八話:【幕間】いつかの聖夜
「――」
誰かの呼び声がして、俺は目を覚ました。
「ごめん、起こしちゃったかな?」
「いえ、こちらこそ勉強中にすみません」
襟をただして俺――いや、僕はそう答える。
魔王城。
北の果ての土地、その高山の頂上にそびえるそれは、もともと誰かが造ったものを、陛下が発見し、以降長い年月をかけて改築したものだと聞いている。
「いいのいいの。そろそろ終わらせようと思ったからね、マリウスくん」
そう言って笑う女性――目の覚めるような、血よりもまだ紅い長い髪をもつ――こそが今上の魔王陛下であった。
戦で焼け出された僕を拾い、なにを思ったのかこうしてみずから教育を施してくれている。
とはいえ立場としては使用人であるのだから、居眠りしていいわけではない。
「もうしわけありませんでした、陛下」
「本当にいいんだってば。昨日は夜遅くまで饗応に駆り出されていたでしょ?」
「ですが――」
「あの夢魔族に一瞬たりとも心を許していなかったって、長はびっくりしていたわよ、鋼鉄のような心を持っているって。だから誇りなさい」
「いえ、当然のことです。僕の仕えるべき主君は、陛下なのですから」
「あはは、うまいなぁ……それじゃ、そんなキミに褒美を取らせよう」
「えっ!? そんな、恐れ多い」
「いいからいいから。ほら」
いきなりのことに狼狽する僕の目の前に、陛下は銀の鎖に繋がった紅い宝石を置いた。
宝石は正四面体に切り飾られていて、繋がっている鎖は簡素とはいえ、魔銀で出来ている。
「これは、いったい?」
「これはね、『不屈の石』。どんなことがあってもね、諦めない限り必ず前へと道を示してくれるんだって」
「いけません、そんな由緒がありそうなものを」
「いいのいいの。今日はほら、聖夜でしょ?」
「聖……夜?」
「そう、聖夜。知らない? とある聖人が――」
そういって、陛下は聖夜のあらましを僕に教えてくれる。
「だから、これは私からの贈り物ってわけ」
「でも、僕から陛下にお返しするものがありませんが――」
「うん? そんなの気にしなくていいのに」
「僕が気にします」
「うーん……それなら……」
そう言って陛下は手を伸ばし、僕の頭を撫でる。
「次の聖夜まで待ってあげる。そのときに、キミに出来る範囲での贈り物をくれるっていうのでどう?」
「それでしたら、喜んで」
「ん。楽しみに待っているわ」
両手で頬杖をつくという、まったく魔王らしくない姿勢で、陛下はそういって笑う。
「マリウス君の贈り物――いったいなにかしらね」
――不思議とその笑顔は、深く紅い髪の色と似合っていた。
□ □ □
「……夢か。当然だな」
寝台の上で、俺はひとりごちた。
結論から言おう。
次の聖夜を迎えることはなく――。
俺は、次代の魔王となった。
つまり、あの約束は果たされなかったということになる。
それがすべてだ。
枕元に置いた、あの首飾りを手に取る。
あれから何度か鎖が切れるようなことがあったが、その都度補修して今もこうして、俺の手元にある。
今は鎖を長くして、服の下に隠せるようにしておいてあった。
どうにもすっきりしないまま、居室に顔を出す。
「おはようございます。マリウスさん」
「ああ。おはよう、アリス」
「おはようございます。――なんかおふたりとも、目覚めが悪かったみたいですね」
「そういうクリスも、随分と寝付きが悪かったようだな」
いつもより目つきの悪いクリスにそう声をかけると、当の本人は頷いて、
「ええ、すごく変な夢をみたので」
「えっ!? クリスちゃんもですか!?」
――も? ということはアリスも変な夢をみた?
「アリスさんも、ですか?」
「はい。クリスちゃんくらいの年格好のマリウスさんが――」
ちょっとまて。
「髪の長い、すごく綺麗な人から贈り物をもらうんです」
クリスが絶句した。
そして俺は血の気が引いている。
「ど、どういうことだ……」
「あの――マリウス艦長。もしや……」
「紅い宝石の首飾り! 紅い宝石の首飾りです!」
アリスが突如として声を上げる。
「マリウスさん、それ、持っていますか」
「……ああ。残念ながらというべきかもしれんが」
そういって、俺は服の下からそれを見せる。
「……驚きました。夢の中でみたものと一緒ですね」
まじまじとそれをみつめ、クリスがそう呟いた。
「わたしも、そうです」
「どういうことだ、これは……」
思わず頭を抱えたくなる。
「昨日、聖夜の話をしたからじゃないですか?」
「それでたまたま、全員が同じ夢をみたというのか?」
「他に納得できる材料がありません」
「それは……そうだが」
「あるいはこれが――」
アリスがぽつりと呟く。
「この夢が、わたしとクリスちゃん、そしてマリウスさんへの、聖夜の贈り物かもしれませんね」
「――やめてくれ」
封印される前の暦が、現在の暦と一致しているのかはわからない。
それゆえ、今日が聖夜と同じ日とは限らない。
だが……もしかすると……そうなのかもしれなかった。
「前にも言ったような気がしますけど――いつか、お話ししてくださいね」
「ああ、機会があったならな」
再度、服の下に宝石をしまう、俺。
いわれてみれば、この石は。
どんなことがあっても、諦めない限り必ず前へと道を示してくれることに今更ながら気付く。
「それじゃわたし、朝ご飯の用意をしますね」
「あ、私、手伝います」
「お願いします。クリスちゃん」
「では、配膳の用意をしておこう」
奥の厨房に向かうアリスとクリスを見送り、食器棚に立つ。
そこで俺はふと横を見て――窓から見える空を眺めたのであった。
——まぁ、たまにはこういうことがあってもいい……よね?——




