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勇者に封印された魔王なんだが、封印が解けて目覚めたら海面が上昇していて領土が小島しかなかった。これはもう海賊を狩るしか——ないのか!?  作者: 小椋正雪
第五章:聖女灰かぶり伝説

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第一一三話:みっつの審判

 

「ここは……」

「目が覚めたか」


 意図的に照明を落とした部屋の中央で、椅子に腰掛けた俺はそういった。

 目の前には水槽があり、その中には例のクラゲが浮かんでいる。


「――! もしや、あなたがあの機動甲冑の操縦者!?」

「ああ、そうだ。そして、生き残りたいのなら簡潔に応えろ」


 俺の両隣に立っていたクリスとアリスが銃を構える。

 ちなみに天井にはマリスが潜んでいて、いつでも不意打ちを仕掛けられるようになっていた。


「今回の騒動、その真相を話せ。……ああ。おまえたちの生態だの、その本能についてはいい」


 なにせもう、二回目だ。


「逆に言えば――わかるな? お前は別に希少な存在ではない。少しでも虚言、あるいは甘言の類いがあれば――?」


 それだけで、充分であったらしい。

 クラゲは、すべてを白状した。




「……で、これをシトラスに届ければよろしいのですね?」


 厳重に封印が施された水槽を見やって、アステルはそういった。


「ああ、向こうに着いたらより大型の水槽があるからそこに丸ごと放り込んでくれ。詳細はヘレナ宛てに手紙を用意しておいたから、彼女に任せればいい」


 細かい手順は、そこにまとめて記してある。

 船団シトラスの情報部門筆頭、ヘレナ司書長であればそれだけで委細を任せられるだろう。


「たしかに、お預かり致しましたわ」


 受け取った手紙を丁寧に水着の中にしまって――そんな隙間があるとは思えないのだが――アステル。


「それより、あの姉妹どういたしますの?」

「……それか」


 その場にいた全員が、ためいきをつく。



 □ □ □



「だから、流刑が妥当だっていってるでしょ!」

「ぜったいにだめです!」


 聖女執務室で軟禁状態にあるドゥエは、今日も元気であった。

 アン自らが同棲に近い形で監視しているのだが……。

 この姉妹、ここ最近ずっとこの話題ばかりを繰り返している。


「何度目だ、いったい」

「通算五十三回目です」


 マリスがそう教えてくれた。


「だから、それについては! 影武者であるドゥエの存在を隠していた私にも責任があるのです!」

「それとこれとは話が別でしょ! そもそも私は一度聖女の地位を簒奪、僭称したのよ? なにもされないわけにはいかないじゃない!」


 あれだけ争っていた姉妹なのに、今はこうしてお互いをかばいあっている。

 つい先ほど前までなら、理解しがたい光景であったが――。


「あのな」


 聖女姉妹に割って入って、俺。


「先ほど、例のクラゲ――貴様たちはクジラと呼ぶのだったな――から聴取が終わってな」


 疑問符を浮かべるアンであったが、ドゥエの方は愕然とした貌になる。


「そもそも、今回の騒動の原因はな」

「ちょ、やめ――」


 俺の口を塞ごうとドゥエが立ち上がるが、もう遅い。


「姉の負担を取り除こうとする、妹の策略が元にあったそうだ」

「えっ?」


 さらに疑問符を浮かべるアンに対し――。


「あああああ……!」


 ドゥエが、絶叫した。


「あんのやろ、全部しゃべったわねぇぇぇ!」


 それはそうだろう。

 言わないのなら自分ごと水槽を凍結させて、粉々に打ち砕くと宣言されれば誰だって素直にしゃべるはずだ。


「あの、すみませんマリウスさん。そこを詳しく教えてください」

「いいだろう」


 真剣に尋ねるアンに、俺はクラゲから聞いた内容を余すことなく伝えることにする。

 曰く、ドゥエから見た姉、アンは……。

 毎朝早くに起きて、毎晩遅くまで聖女として責務を果たし、疲れた身体を引きずって、倒れ込むように寝床に入る。

 そのような毎日を繰り返していたらしい。

 そんな姉を見ていて、なんとかしなければならないと思っていたドゥエに、例のクラゲ――このときにはすでに人に化けていたのだが――が、こうつけ込んできたそうだ。


 それならば、聖女という制度をなくしてしまえばいい。

 なにを馬鹿なと一蹴しかけるドゥエに、クラゲは巧みに忍び寄る。

 計画は、こうだ。

 まず現聖女を極秘裏に追放し、自分が聖女に成り代わる。

 そして自分をわざと失脚させるような暴政を敷き、次の聖女にその政治形態――つまり聖女そのものを新しい政治形態にするようにしむける。

 あとは追放という形で安全な場所に保護していた本来の聖女と合流し、事前に用意していた島か船で、余生を過ごす――。


 その計画に、ドゥエは心を動かしてしまった。


 実際には、都合のいい傀儡政権をつくるための方便に過ぎなかったのだが、姉を心配するあまり、姉同様心が疲弊していたドゥエには、暴露されるまで気付かなかったのだ。


「そんな……ドゥエ……」


 すべてを聞いた聖女アンが、蒼白になってそう呻く。

 そして、当のドゥエというと――。

 真っ赤な顔を両手で覆って、その場に座り込んでいた。


「マリウスさん、あの……あの……なんとかできませんか!?」

「なんとかできませんかといってもな……」


 その、なんだ……困る。


「そもそも、裁定するのは俺ではなく、マリスだろう」

「我が主にお任せしますが」


 即座にマリスはそう返してきた。


「いや、せっかくだから自分で考えてみろ。何事も学習だ」

「……はぁ。そういうことでしたら」


「あの……改めて聞きますけど、本当に叔父と姪の関係なんですか?」


 アンが不思議そうに訊く。


「ああ、そうだ」

「なんか、我が主とかいってません?」

「それほど尊敬しているということです」


 やはりそこを聞いてくるか!

 内心頭を抱える俺をよそに、しれっとした顔でマリスはそういう。


 ちなみに、マリスの自我に関してはアリスとクリスには少し前に説明しておいた。

 もっとも、クリスはだいたい察していたらしく、アリスに至っては俺の仕込みである気がしていたので、特段驚きはしなかったらしい。

 二五九六番を解析し、その設計思想を読み込んで長年滞っていた研究成果と照らし合わし、ついにその仕組みを解明して構築した『自我』という会心作なのだが、普通に受け入れられたのが少し寂しい俺である。


「……でも、たしかにそうですね。マリスさんに決めてもらうのがいいかもしれません」


 やや葛藤があった後、アンはそう同意してくれた。

 いうまでもないことだが、彼女とドゥエにはことのあらましは説明していない。

 あくまで俺はマリスの叔父であり、大型機動甲冑出現時、不穏な空気を感じ取って加勢に来たにすぎない軍艦『雷光号(らいこうごう)』の艦長。

 そういうことになっている。

 もっとも、雷光号の方はどうやってもごまかせないので、例によって丸ごと発掘品ということで通しているのだが。


「では、僭越ながら――」


 マリスが下した裁定は、以下のようなものであった。


 まず、此度の騒動は発掘品により人智を越えた能力をもつ人間が起こしたものである。

『海賊狩り』アンドロ・マリウスによって捕縛された当の犯人は、船団追放とする。

 また、その身柄はアンドロ・マリウスの本拠地である船団シトラスにて収監・監視する。

 その監視に際し、船団ジェネロウスの参加も認める。


 その上で、今回の聖女簒奪に関する裁定は以下の通り。


 ひとつ。聖女の役割を政務の聖堂聖女と軍務の提督聖女にわける。

 ひとつ。提督聖女への命令権は聖堂聖女が保持する。

 ひとつ。聖堂聖女が命令できるのは提督聖女までであり、お互いの職分は不可侵とする。

 ひとつ。両聖女は選定は灰かぶり(シンデレラ)杯ではなく、船団内での選挙とする。

 ひとつ。改選は同時には行わせない。政治的空白を防ぐためである。


「以上です」

「ふむ――」

「長すぎでしょうか?」

「……いや、これでいい」


 軍政分離を持ってくるとは思わなかったので、少し驚いただけだ。


「偉大なる初代聖女灰かぶり(シンデレラ)はすべてをひとりで行える手腕を有していました。ですが、それは古き『神』であってこそ。聖女の位を得たとはいえ、人の身には厳しいでしょう。ですので、政務と軍務を完全にわけました」


 なるほど。確かに理にかなっている。

 だが、さりげなく俺をもちあげるのは……やめてほしい。


「意義を挟める立場じゃないけど……」


 赤面から復活したドゥエが、そう口を挟む。


「これじゃ私、ほぼ無罪じゃない」

「そうしたのよ」


 ふたたびしれっとした顔で、マリス。


「まぁ、私は負けた身。そっちの決定にとやかくは言わないわ」


 それでもなにか収まらないといった様子で、ドゥエはそういった。


「私からは感謝を。ありがとうございます、マリスさん」


 逆にアンは誠心誠意といった様子で礼をいう。

 曰く、もしドゥエが船団追放や流刑になった場合は、マリスに聖女の地位を譲って一緒に行く腹積もりであったらしい。

 そういう意味で、マリスの裁定は正しいとも言える。

 俺の場合はまず間違いなくドゥエを他船団預かりにしていただろうし、その場合アンもついて行ってしまうことを考えると、船団ジェネロウスは人材的に大きく弱体化してしまっただろう。


「ところで、俺からひとついいか?」

「な、なによ」

「古き神に、灰かぶり(シンデレラ)と名付けたのはドゥエだそうだが、何を根拠にそうした?」

「そ、それは……」


 ドゥエが言いよどむ。


「それは?」

「……だったからよ」

「すまない、よく聞こえなかったんだが」

「姉さんがよく読み聞かせてくれたおとぎ話だったからよっ! 文句ある!?」

「いや、特には問題はないが……」


 まさか、ここまで単純な答えだとは思わなかった。

 もっとこう、俺の名前に迫っているのをあえておとぎ話からとったとか捻った答えが来ると思っていたのだが……。


「でも、なんか微笑ましくていいですよね」


 アリスがそんな事を言う。


「そうですね。私達にはもう手に入るものではありませんし」


 少し寂しそうに、クリスがそう答えた。


「そうね――それじゃ、もうひとつけじめをつけましょうか」


 けじめ?

 もうひとつ?


 その場にいた誰もが、ドゥエの言葉に疑問符を浮かべるなか、彼女がまっすぐ見つめたのは――。


「クリス・クリスタイン」

「え? はい? 私ですか?」


 意表を突かれたのだろう。

 珍しいことにクリスが少しばかり狼狽する。

 対するドゥエは、いつになく真摯にクリスを見つめると、


「私を、殴りなさい」

「は!?」


 クリスのみならず、俺たちまでもが驚愕の表情を浮かべることとなった。


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