第一〇四話:物騒に対策を練る
さて。
偽聖女ドゥエから、事実上の宣戦布告を受けたわけだが……。
「一に走り込み! 二に走り込み! です!」
クリスは燃えていた。
元々自覚していた自分の弱点をドゥエ指摘されたのが、よほど悔しかったのだろう。朝一番に行っていた走り込みを島一周から二周に増やしている。
直接ドゥエと戦闘を行わなかったアリスとアンは特に変わらない。
ただ、クリスの走り込みを積極的につきあっているということは、なにかしら思うことがあるのだろう。
そして俺はというと――、
「アリス、ちょっとついてきて」
「……? あ、はい。わかりました!」
朝食前にアリスを伴って、あらかじめ調査しておいた人気の無いところに行く。
「それじゃ、少しの間私の様子をみていて」
「はい。いってらっしゃい、マリスちゃん」
俺は目を閉じた。
■ ■ ■
「雷光号。主砲、無可動追尾照準。島の最上階、聖女の居室を狙え」
『あいよ』
起き抜けに、俺は二五九六番へそう指示を飛ばした。
無可追尾動照準とは、狙いだけをあらかじめつけておき、いざというときに主砲を向けて撃つ仕組みのことを指す。
普通の軍艦が各砲塔に照準装置をつけるのに対し、それらが頭部に集中している雷光号だからこそ出来る芸当で、もともとは相手に照準をつけていることを悟らせないためのもの――いわば、だまし討ちのためにあるような仕掛けだが、よもやそれが活かされる日が来るとは思わなかった。
『んで大将、ぶっ放す条件は?』
「アリス、クリス、アン、そして俺のうち、だれかひとりでも致命傷を負ったときだ。それ以外では決して撃つな」
『あいよ。できりゃそうなって欲しくないけどな』
「まったくだ。では、俺は戻るぞ」
『おう、嬢ちゃんたちによろしくな』
俺は寝台に戻り、目を閉じる。
■ ■ ■
「ただいま」
「おかえりなさい」
周囲を見渡すが、特に怪しい気配はない。
「――っと」
ふらりと、軽いめまいに襲われる。
普段は時間をかけて行う身体間の移動を、急に行ったためだ。
「大丈夫ですか!? マリスちゃん」
「ええ、平気」
軽く頭を振って、何度かかかとで地面を蹴る。
その間に、わずかにあったふらつきは綺麗に消えていた。
「無茶しないでくださいね。わたしにできることなら、なんでもお手伝いしますから」
「ありがとう。こうして様子を見てもらえるだけでも充分よ」
本当に、そう思う。
「戻ったわ」
「おかえりなさい。首尾はどうでした?」
アリスを伴っての外出で、だいたいを察したのだろう。クリスがそう訊いてきた。
「上々よ」
「それならよかったです」
アリスほどでは無いが、クリスとのつきあいも大分長い。
それでも、俺の一言で納得してくれるのは司令官職に就いている故であろう。
だが——。
「あ、あの、なにをしてきたんですか?」
「それはね――」
ただひとり蚊帳の外に置かれたアンが、不安そうにそう訪ねる。
なので、俺は簡単に、今の仕掛けを皆に話した。
「ちょ、まっ!? それやったらこの船団大混乱に陥りますよね!?」
案の定、うろたえるアンだった。
「でもこれで、相手が完全勝利する事は無くなりました。戦略上いい手だと思います」
「く、クリスタインさん……それ、ちょっと殺伐としすぎていませんか!?」
「そうでしょうか?」
「そ、そうですよ」
「ですが、この場にいる誰かが致命傷を追った時点で、少なくともシトラスとウィステリアは大混乱になります。さらにブロシアさんの場合は、真実が暴露された時点でここの船団が大混乱どころか、まっぷたつに割れるのではないかと」
「――あああああ……! どっちみちその状況になったらすべてが終わるんですねっ!?」
頭を抱えて、のたうち回る聖女だった。
「そういうこと」
これは報復のためというより、これ以上の混乱を拡大させないための処置と言える。
あまり考えたくないことだが、ドゥエがそこまで短慮を起こさないことを願おう。
さて――。
「これでだいたいの準備は出来たかしら?」
「そうですね」
「あ、それなんですけど」
アリスが挙手をする。
「銃を携行しようと思うんですけどいいですか?」
「いいわ。明日にしても普通の鞄に見える専用の容器を作っておく」
「ありがとうございます!」
「アリスさんも見た目と違って殺伐としてますね!?」
いや、アリスは平常運転だと思うのだが。
「ううう、私もなにか武器を携行していた方がいいんでしょうか……」
「そういえば、ブロシアさんは何か得意な武器はないんですか?」
「ないんですよ……これが……」
そこらへん、全部妹任せでしたから……。
なんとも情けない顔で、アンはそう答える。
「なにが得意で、なにが不得意かは見極めておきたいわね……」
「そ、それはそうですけど……この流れはもしかして」
「もしかして、よ」
聖女アンの肩をポンと叩いて、俺。
「アリス、クリス、手伝ってくれる?」
「はい、もちろん」
「戦力評価は大事ですからね!」
「あああああ!? やっぱり!?」
そういうわけで稽古場に入り、前回以降置きっ放しであった各種武具を持たせ、適正をはかる。
はかり方?
そんなのは決まっている。
こちらからたたみかけるように攻撃を仕掛け、それぞれの武器でどれだけいなせたのかをはかればいい。
とはいえ相手は聖女といえども戦いは素人。
それほど期待してはいなかった。
いなかったのだが……。
「避けてますね」
「避けてるわね」
互いに練習用の長剣を杖にして、クリスと俺はそう呟いた。
「いきますよー! えーい!」
稽古場の中央では、アリスが背後の籠から次々と短剣を投げ——。
「きゃー! いやー!」
悲鳴をあげながらも、聖女アンがそれらをすべて弾きかえす。
その獲物は意外にも——。
「まさか、長槍が得意なんてね」
ただし、攻撃の類は一切駄目だ。
相手を貫こうという意志が弱く、そもそもためらいが多くて、とてもでないが前線には回せない。
だが——。
「アンさんすごいですっ! かなり早い間隔で投げたのに、全部弾いちゃうなんて!」
「ひゃー! だめー! ……え?」
攻撃を回避する、あるいは弾く事に関しては、もはや一級の腕前であった。
これならば、アンだけを残して残りの人員が前に出ても、本人は自分の身を守ることが出来るわけだ。
「長槍って、習得に時間がかかるって聞いていたけれど、たいしたものね」
「ドゥエさんも長い獲物が得意でしたもんね。血は争えないというものでしょうか」
「そうなるのかしら……」
親兄弟なるものを明確に意識したことが無いので、何とも言えない俺だった。
それはともかくとして、ドゥエの警告に対する対抗準備はだいたい整った。
整ったのだが……。
ドゥエは、すぐには攻めてこなかった。
■本日のNGシーン
「アリス、ちょっとついてきて」
「……? あ、はい。わかりました!」
アリスと共に、あらかじめ調査しておいた人気の無いところに行く。
「マリスちゃん……やさしくしてくださいね……」
「ちょっとまって」
「え、わたしがマリスちゃんに——しちゃっていいんですか!?」
「もっとまって!」




