第一〇三話:簒奪聖女、ドゥエ・ブロシア
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――め――よ――
?
――めざめよ――
??
――目覚めよ――
???
□
身を起こす。
ここは――。
――聞こえるか――
外からではなく、頭の中から響く声に、どう答えたものか一瞬悩む。
――聞こえているな。ああ、返事はいい。いまのでわかった――
返答をしなくても、向こうはこちらの状態がわかるらしい。
——いいか。貴様はいま目覚めたのだ——
なるほど。
――心配しなくていい。しばらくは、俺が貴様を助けよう――
なるほど。
——だが、事態は逼迫している。貴様は、これから貴様自身が万全に動けるよう努力せよ——
大体を理解し、小さく頷く。
そうか、そういうことか……。
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「もう、大変だったよ……急に聖女が乗り込んできて私達を叩きのめして帰るんだから」
食堂で、アヤカがそうぼやいた。
朝食時は皆で食べるのは、第一期から全く変わっていない。
ただし、期をまたぐごとにその内容は充実していっており、今では味も栄養も均衡が取れたものになっていた。
――ただ、一期の頃から必ず付いてくるミルクが気になって仕方が無い。
この島を見る限り酪農が営まれている様子がないところを考えると、よもやウミウシの――。
懸念を打ち払って、俺はアヤカとの会話に集中することにした。
「稽古をつけるとかいって乗り込んできた?」
「そう、それ。マリスさんたちのところにも来たの?」
「ええ。うちは私とクリスが出たけど、歯が立たなかった」
俺たちのときには戦力を見極めるっといったが、他の組では不自然すぎる。
だから稽古をつけるという文言を予想していたのだが、どうもあたりであったらしい。
「マリスさんたちでそれなら、私達じゃ勝ち目はなかったか――こっちは私とエリが出たけど、全然駄目でさ。特にエリはあんな試験内容を出してなに考えてんだ! って勢いよく突っ込んでいったんだけど、お尻をスパーンって叩かれて一発で終わり」
「仕方が無いわよ。あっちは実戦にも出ている勇猛果敢な聖女なんだから」
「そうなんだけどさ……なんか、悔しいな」
「気持ちはわかるわ」
本当に、そう思う。
少し離れたところでは、エリとマイが、アリス、クリス、そして聖女アンと話しあっている。
エリとクリスがお互い頬を膨らましているのを見る限り……おそらく、同じ事を話しているのだろう。
「どうせなら、歌で勝負したいなぁ」
「あなたらしいわね、アヤカ」
「――ありがとう。そう言ってくれると、嬉しいよ。マリスさん」
アヤカのようにまっすぐに歌と踊りを高めようとしている子にそう言われると、どこかくすぐったい俺であった。
と、そこへ教官が姿を現す。
教官たち運営側とは一緒に朝食を摂ることがないので珍しいなと思っていると、当の教官はこちらを見て、
「『連奏トライアルフリート』に告げる! 朝食が済んだら、全員聖女の執務室に出頭せよ!」
「承りました。朝食が済んだら、ただちに」
一同を代表して、俺がそう答える。
「ああ。朝も早くから済まないな。――おまえたち、なにかしたのか?」
「いいえ、とくには」
「そうか……」
思い当たることが多すぎて、逆に今急に呼び出される理由が思いつかない。
「なにかしら」
食堂を退出した教官を見送って、思わず呟く。
「さぁ……なんだかわからないけど――気をつけてね」
心配そうにこちらをみるアヤカに、俺は大丈夫だとばかりに頷いて応えた。
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「マリス・マリウス、アリス・ユーグレミア、クリス・クリスタイン……以上の三名よね?」
聖女の執務室は、この島の中枢にして最上階にあった。
外観と同じく全体を白で統一されたその内装は豪華であったが、部屋のあちこちに綿密な書き込みが加えられた海図やこの島の地図が広げられており、物々しいな印象を与えている。
「マ・アヤを入れて四人よ」
早速、訂正を入れる俺。
「やかましい。アン・ブロシアでしょ。それより問題は三人目よ、三人目!」
なるほど、クリスというと――ようやく素性がわかったのか。
「政権を獲ったばかりの時期に来てくれたせいで、気付くのも確認するのも遅れたわ。船団シトラス、護衛艦隊総司令官――『艦隊運用の妖精』が、ここになんの用?」
「え、ちょっとまってください。妖精ってどこから来たんですか、どこから」
艦隊の司令官として、クリスは自分の船団でも相手の船団を訪問するときでも、滅多に表に顔を出さないらしい。
そのため『妖精の司令官』という肩書きはごくごく内部のものであるはずなのだが……。
「うちには情報部があるわ。あんたのところにもあるでしょ? んで、そこはいつだってお互い肚の探り合いをしているわけ」
「それはわかります」
親切にも丁寧に説明するドゥエに、頷いて答えるクリス。
「んで、そっちの情報部が持ってる情報には必ず載っている文言があるのよ『うちの司令官は艦隊運用の妖精。超かわいい』」
返事の代わりに、机に手をついて悶絶するクリスであった。
「……ああ、もう!」
十中八九、ヘレナの仕業だろう。
むしろ、そうでなかったほうが驚く。
「まぁ、そっちの防諜は誇ってもいいんじゃない? それ以外の内容は、あってないようなものだし」
「そ、それはどうもありがとうございます……?」
ほめられているのだが、釈然としない顔でクリスがそう礼を言う。
「さて。恥ずかしい本人確認も済んだところで、本題よ」
机の上で両手を組み、口元を隠してドゥエは続ける。
「シトラスの総司令官がなにしに来たの。この船団まで」
その視線は、クリスだけを射貫いていた。
「それはですね――」
並の十二歳なら泣き出してもおかしくないその眼光を真っ向から受けながらも、クリスは言葉を返す。
「そこのマリスさん——の親族にして、シトラス護衛艦隊名誉大佐であるアンドロ・マリウス艦長に『海賊狩り』承認を得るためです」
「海賊狩り……? また珍しい称号が来たものね——で、いまもってるの? 証書」
「あ、はい。こちらに」
念のためそれをもってきたアリスが、それをドゥエに見せる。
「ふぅん——ここまで来ているからには承認されていると思ったけど、シトラスとウィステリアは承認済みね——なら」
そう言って、ドゥエは無造作に自らの判子を押した。
「ほら、これがあんたたちが欲しいものなんでしょ?」
「なんで、急に……」
俺——が今受け取ると若干不自然なので、クリスが代わりに受け取る。
「決まっているでしょ。不確定要素がてんこもりのあんた達にさっさと帰ってもらいたいからよ。それと——」
一瞬言いよどんでから、ドゥエは肩越しに親指を突き出した。
その先には——聖女アンがいる。
「アレを連れていきなさい。扱いは任せるから、可能な限り遠くまで」
……なるほど。そういうことか。
「マリウス艦長の名代として返答するわ」
クリスに代わり、俺が答えた。
「全ての意思決定権を、聖女アン・ブロシアにゆだねます」
「えっ!?」
「……ああん?」
アンとドゥエが、ほぼ同時にそんな声を出す。
「どういうことよ」
「だから、アン本人の意思に委ねるわ」
「本人の意思ィ!?」
ドゥエが、ぎろりとアンを睨んだ。
その視線に、アンが首をすくめる。
「わかってんの、あんたたち。それって本来あんた達の目的とはかけ離れているのよ?」
「ええ、わかっているわ」
涼しい顔で、俺。
たしかに、ここで判子をもらってさっさと次の船団に向かった方が効率がいいのはわかっている。
しかし、ここまできて真実を知らないままでいるのもまた——のちのち、後悔するに決まっているのだ。
「んで!?」
もう一度、アンを睨むドゥエ。
だが——。
だが、しかし。
「わ、私は――私は!」
胸に手を当てて、それでいてその目をそらさず、
「もう、にげません――!」
アンは、はっきりとそういった。
「……あっそ。じゃあ、好きにしなさい。その代わり――」
俺たち全員を見回して、ドゥエは続ける。その視線は、初めて見たときと同じく、気迫に満ちたものであった。
「もう容赦はしない。たとえ船団間の外交問題になったとしても、容赦なく潰すわ」
「ええ、それで構わない」
一瞬言葉に詰まったアンの代わりに、俺はそう答えていた。
「同じくです。こんなことで、船団間問題になんて、させてなるものですか」
頷くアリスの隣で、クリスが宣言する。
「そう、どいつもこいつも馬鹿ばっかり! ……それならもう話すことは無いわ。さがりなさい」
「あの、判子はそのままでいいんですか?」
秘書官の意地だろう。アリスが確認をとる。
「捺印の取り消しはしないわ。どっちみちあげたって帰らないのわかったから」
俺たち全員に興味なくしたように、書類を手にとってドゥエはそう続ける。
「もう一回言うわよ。さがりなさい」
どうやら、これ以上俺たちと話す気は無いらしい。
なおもなにか言いたげだったアンを促して、俺たちは聖女の執務室を後にした。
こうなった以上、準備を進めなければならないだろうから。
■本日のNGシーン
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身を起こす。
ここは――。
――聞こえるか――
外からではなく、頭の中から響く声に、どう答えたものか一瞬悩む。
——私はハイパーエージェント魔王、グ○ッドマン!——
「ハイパーエージェント魔王、グリッ○マン」
——地球は、狙われている!——
「それはレイ○ナーでは?」




