第一〇一話:提督聖女・接触。
「おはよう、マリスさん」
「おはようございます」
「おっはよーう! ございまーす!」
そこに俺たちが入った途端、一斉に挨拶が響きあった。
大講堂。
第三期を迎えるにあたって聖女より講話があるというので、そこを訪れたのだが、その規模はいままでの講堂より明らかに大きい。
「こんな講堂があったんですね。うちの船団にも、この規模のものはないですよ……」
クリスが、驚いたようにそう呟く。
同じく、封印される前にあった俺の魔王城にも、ここまで大きな講堂はなかった。
あえていうなら、議事堂とどっこいどっこいだろうか。
「こっちが空いているよ、マリスさん」
「アリスさん、こちらへどうぞ!」
「アヤさん、こっちですこっち!」
「クリスちゃんって、ほんとうにかわいい……!」
気がついたら、最前列に座っている。
あまり目立ちたくなかったのだが、この前の試験で大立ち回りしてしまった以上、仕方の無いことなのだろう。
さて、俺たちの側はそろそろ揃うわけだが……。
「みなさま、おはようございます!」
その良く通る声に、全員が視線を向けた。
講堂の壇上側の入り口から、ひとりの女性が姿を現したのだ。
その姿はまちがいない、聖女アンの――双子の妹だ。
だが、以前、遠見の魔法で見たあの威圧感は欠片もない。
あくまで明るく。
あくまで朗らかに。
あくまで清楚な雰囲気を身に纏って。
なるほど、これなら聖女と言われても納得するしかないだろう。
あの夜、凶悪な威圧感を放っているのをみていなければ、俺だってだまされてしまうかもしれなかった。
それにしても、こうやっていると聖女アンと区別がつかない。
……聖女アン?
そこで一瞬硬直した思考をつくように、人影がすり抜ける。
「ア――アヤさん!」
アリスが叫ぶ。
止める間もなく、聖女アンが壇上に駆け上がってしまった。
「ドゥ――」
壇上にのぼった聖女アンがなにかを呟いた、まさにその瞬間だった。
雷光のごとき速さで距離をつめた偽聖女が、抱擁するかのように、アンを包み込む。
——が、まずい。
抱擁するように見せかけて、偽聖女がアンの喉を掴んでいる!
「ぐ――!」
「それ以上言ったら、喉を潰す。脅しではないわ」
ぎりぎりで俺たちだけにしか聞こえない声量で、偽聖女はそう言った。
「ぁ……が……!」
聖女アンが、微かに呻く。
その次の一呼吸で、クリスがアンの右側から、俺が左側から壇上に飛び乗っていた。
「周りも動くんじゃない。歌えなくするわよ、これを」
「ぅぁ……ぎ……!」
くっ!?
続いて偽聖女に一撃を浴びせようとした拳を止める。
もっとも、素直に言われたとおりにするわけではない。
――俺の雷魔法と、偽聖女がアンの喉を潰す時間、どちらが早いかを計算する。
七対三で、俺の方がやや早いと結論づけ、まさに放とうとしたその瞬間。
「ふん――」
予備動作など一切見せなかったはずなのだが、偽聖女はまるでそれを予想したかのようにあっさりと手を離した。
そして、崩れ落ちそうになったアンをそっと支え、今度は本当に抱擁する。
「失礼しました。親族にあまりにも似ていたものですから、思わず。ですが、急に壇上へのぼってはいけませんよ?」
「……う……も、申し訳ありませんでした。聖女様にお逢いできて、つい――」
「よいのです。今後気をつけていただけたら、それで。さ、お友達の方達も、席に戻って」
気品あふれる声に促されて、俺たちはしぶしぶ席に戻った。
「では、改めて……おはようございます、みなさん。今日は第二期選抜試験を切り抜けられて皆さんに、おはなしがあります。まずは——」
■ ■ ■
居室に戻った途端、アリスは全速力で医療器具を引っ張り出していた。
「大丈夫ですか、アンさんっ」
「わ、私は大丈夫です。手加減されましたから」
「手加減されていないです! のど、赤くなってるじゃないですか!」
「いえ、手加減ですよ。でなければ今頃、私はのどを潰されていました」
いけませんね、全然予想出来ませんでした……と、か細い声で喉に手を当てつつ、聖女アン。
「あれが、私の双子の妹で今は聖女である、ドゥエ・ブロシアです」
「ドゥエ——ああ、だからなのね」
先ほどのは名前を呼ぼうとした聖女の口をふさぎ——もとい、のどを掴んだ訳か。
それにしても——。
「ここまで……ここまでやるだなんて……」
「そうですね……私も予想していませんでした」
両手を震わせるクリスの頭をそっと撫でて、聖女アンはそう答える。
「あの、マリスさん——」
「話の前に、ひとつだけ約束して。今後絶対に、ひとりで突出しない。いい?」
「はい……申し訳ありませんでした」
本当にすまなそうに謝る、聖女アンだった。
「——まぁ説得に失敗しましたから、一気に潰すという選択肢が出てきたわけですが」
「そうなのよね」
クリスとふたり、頷きあう。
「……? あ、ああああああ!?」
そこでようやく思い出したらしい。アンが悲鳴を上げた。
「お、おねがいします……この島ごとたたきつぶそうとしないで……!」
「安心して。しないわよ」
「……え?」
聖女アンが、拍子の外れた声でそう呟く。
「たとえやるにしても、それは今回の謎が解けてから。それまでは一方的に叩くことは無いわ」
どうにも、腑に落ちないことがある。
それを解消させるまでは、正攻法でいこうと思う俺であった。




