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第一話:渚にて

「俺の財宝か? 欲しけりゃくれてやる。探せ、この世の全てにおいていかれた魔王のでよければな!」

 ふ。

 ふは。

 ふはは!

 ふははは! ふはははは!

 ハハハハハ! ハーッハッハッハァ!


■ ■ ■


 あのときのことは、よく憶えている。

 魔王全軍——すなわち四軍団、十六師団、六十四連隊、二百五十六大隊、千二十四中隊、四千四十八小隊の計六万四千七百六十八名に対し……挑んできた人間は、たったの三百人。通常なら話にもならない。九の王国と十三の騎士団を壊滅させた我々にとって、その数は無きにも等しい頭数のはずであった。


 だが、人間の中にはアレがいた。

 勇者。人類の守護者にして、我々魔族に仇なすもの。

 それひとりに率いられた人間によって、たちまち一軍団である一万六千人余りが撃破され、ついには俺みずからが機動甲冑に身を包み出撃することとなる。

 勇者と俺との戦いは、三日三晩に及んだ。

 そして四日目の朝、お互いの機動甲冑が破壊され、手にした剣も折れ、拳同士での殴り合いの果てに——俺は負けた。

 その頃には三百人いた人間も勇者ただひとりだけとなっていたが——全ての大陸を恐怖に陥れた我が魔王軍も、俺ひとりだけとなっていたのだ。


 ——お前の負けだ、魔王。


 勇者はそういった。


 ……殺せ。


 俺はそう言葉を返した。


 ——殺しはしない。お前は魔法に長けている。下手に殺せばいずれ転生し、力を蓄えるだろう。


 ……その通りだ。ならばどうする?


 ——今の世がなくなるまで封印し続ければ良い。


 ……なに?


 ——眠れ、魔王。人も魔族も歴史に埋もれるそのときまで。誰も彼もが争いを忘れ、全てが朽ち果てるそのときまで!


 ……愚か者め。


 ——なに?

 

 ……人の身で歴史の果てまで封印ときたか! 確かに貴様は勇者として並外れた力を持っていよう。だが、それは全てが終わるそのときまで続くはずがない! 貴様の封印とやらも長き時を経れば必ず綻ぶ! その時この俺は復活し——残った人間どもを恐怖に陥れるであろう!


 しかし、勇者は顔色ひとつ変えなかった。


 ——それでもオレは、オレの力を信じる。勇者としての、オレ自身の力を!


 ——眠れ、魔王。全てが忘却され、全てがいなくなる、時の彼方まで。


 それが……この俺が最後に聞いた、勇者の言葉だった。


■ ■ ■


 暖かい風が、俺の身体を通り抜けた。

 つまりそれは、俺が感覚を取り戻したことに他ならない。


 還ってきたのだ。俺は、帰ってきたのだ。


「ククク——世が滅ぶ前に封印は解けたぞ、勇者よ。俺の、勝ちだ!」


 辺りは暗く、何も見えない。俺が封印されたのは魔王城の天守に広がる空中庭園でのことであったが——今は、夜なのだろう。


「……フン」


 てのひらの上に光球を作り出し辺りを照らす。足下は固い床ではなく、砂かなにかのようだ。豪華絢爛であった魔王城であったが、さすがに朽ちてしまったのであろうか——。


「すごい。なにもないところから灯りを出してる!」

「……誰だ、貴様は」


 目の前に、人間の女がいた。

 金色の髪に深い青色の目、そして白い肌。

 粗末な——いや、あちこちが破れた服を着ている。まるで戦に負けたかのように。

 年の頃は魔族と勝手が違う故よくはわからないが、少なくとも成人していないだろう。

 まだ幼さも残る、無力な人間の女だった。


「ええと、はじめまして。わたし、アリスっていいます」

「アリスか。ここでなにをしていた」

「えっと、わたし船から降ろされてここに置き去りにされたんです。それで、何もすることがなかったんですけど、ちょっと歩いたら綺麗な石があったんで、思わず触ったらぱあって光って——あなたが、現れたんです」


 おそらくそれが、勇者の封印であったのだろう。


「ふん、貴様が封印を解くのを早めたのかもしれんな」

「封印?」

「貴様には関係の無いことだ」


 灯りを掲げる。

 ……まて。


「なんだ、これは」


 思わず歩み寄る。目の前に、水があったからだ。

 いや、これは水と言うより——。


「海です」

「そんなことはわかっている! 問題は、なぜ目の前に海があるのかということだ!」

「なぜって——ここ、小さな島ですし」


 アリスとやらに言われ、灯りを掲げたまま辺りを見回す。

 周りにあるのは、海しかない。


「バカな! この俺が封印されたのは生命が住むこともあたわぬ高山、その上に立つ城であったのだぞ!」

「そ、そうなんですか? はじめてみたときから、ずっと島でしたけど」


 その言葉を最後まで聞かずに、俺は灯りを消し、空を見上げる。幸いにも雲は少なかったので、星々がどこにあるのかはすぐにわかった。


「——星の位置はあっている。まちがいない。多少の誤差はあろうが、ここは城のあった山頂に違いない」

「そんなこともわかるんですか。すごいですね!」

「あのな……」


 星の位置から今いる場所を割り出すのは基本であろう。そう答える前に、暖かい風が再び、俺の身を通り抜けた。

 ……暖かい? 北の果て、それも高山の頂に建てた我が城にいるのに暖かい……? まさか。


「水位が、あがったとでもいうのか……!」


 おもわず膝をつく。

 ここは元々、大陸の中央にそびえる、高山の上に立つ城の頂上だった。それがいまや、馬小屋よりも狭い小島となっている。

 つまり、それは——。


「この世界は、滅びたのか……」

「え、あの——元気を出して、ください?」


 アリスとやらの慰めを背中から受けながらも、俺は目の前に広がる海を見つめ続けた。

 いや、正確には見つめるしかすべがなかった。


 どうしろというのだ、これから。

ノリと勢いではじめてみることにしました。よろしくお願い致します。

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