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8 種をまく

 神殿内に与えられた部屋のベッドの上で、リズは渡された小さな種を見つめていた。黒い、どこにでもあるような種に見えるが、これは現聖女様からの特別な「聖なる種」なのだ。


(さてと、どうするかなあ)


 やわらかい布団の上に勢いよく寝転んで、リズは考え始めた。



 聖女候補たちにはそれぞれ一人部屋が用意されている。この日のために第二神殿の隣に増設されたもので、室内には大きな窓とベッドとテーブル、ソファー、書き物机など。


 リズにとっては豪華で快適すぎる部屋だが、他の者、特に身分の高い令嬢たちにとってはそうでもないようで。

 貴族令嬢に付いてきた侍女たちが、世話役の下級神官や神殿付きの侍女たちに「もっと広い部屋はないのか」と食い下がったりしていた。

「お嬢様があんな平民たちと同じ部屋なんて我慢ならない」とも。


(うるさいなあ)


 うんざりだ。ピーチクピーチクうるさい事このうえない。


 ――けれど本当にうるさかったのは、神官長から種を受け取った、その夜からだったのである。



「ねえ、あの種どこにまきます? 土はどうなさるの?」

「我が家の使用人に、アイダ地方にある大神殿の土を取りに行かせるわ。まく場所も司祭様に決めてもらいます。お祈りもしてもらった方がいいわよね」


「私はうちでお抱えの魔術師を呼びますわ。え? 魔術師も司祭も、候補以外は誰も神殿内立ち入り禁止? 屋敷から連れてきたお付きの侍女も屋敷に帰せ? ……でも、こっそりとなら」

「ここは神殿なのよ。ばれたら聖女候補失格になるわよ。そもそも聖女様の聖なる力のこもった種に他の魔術をかけたら、種がダメになったりしないのかしら?」


「私たちをここに案内してくださった上級神官様とも、自分の芽が出るまで接触禁止だし、候補の私たちは神殿内から出られない。神官長様は『それぞれの思う場所に植えよ』と、おっしゃっていたけれど、それってつまり神殿内のどこかって事よね?」


「というより、そもそも地面――土に植えていいの? 『思うものに植えよ』って何? まさか土じゃないとか……?」

「そういえば……」


 みな迷っていた。受け取った種は一人一粒のみだ。失敗は許されない。


 聖女候補は、およそ三十人。

 数人ずつで集まり心配そうな顔で相談し続ける者たちもいれば、一人で部屋にこもる者もいた。真剣な表情で歩き回って考える者もいたし、第一神殿の近くの周壁沿いで何やらコソコソしている者もいた。


 答えは出ない。みな不安そうな顔で、他の候補たちの様子をうかがうばかりだ。



 そんな中、リズは翌朝起きると植木鉢を探した。中庭や池の周りをうろうろしていると、すみに置かれた納屋のかげに古いレンガやら割れた壺やら鉢やらが捨てられているのを見つけた。


(うん。ちょうどいいのがあった)


 リズは一晩考えて結論を出した。

 考えてもわからない。

 どうすれば芽が出るかなんて誰にもわからないのだ。ならば聖なる力がこもった聖なる種だろうが、しょせんは種だ。


 種なら土にまけば芽が出るだろう――と。


「すみません」


 ほうきで落ち葉を掃いていた神殿の侍女に話しかける。


「この植木鉢、一つもらってもいいですか?」

「はい、どうぞ。こんなものでよろしければ」


 まさか聖女様から受け取った聖なる種を、こんなひび割れたゴミ同然の鉢で育てるとは夢にも思わなかったのだろう、侍女が笑顔でうなずいた。


 リズは礼を言い、鉢を持って畑へと向かった。

 小神殿のさらに奥、侍女たちが植えている小さな畑があったのを、この前見つけたのだ。


「すみません」


 ちょうどジャガイモを掘り出していた侍女に頼むと、こころよく「どうぞ」と言ってくれた。また礼を言って鉢に畑の土を入れる。


「何か植えるんですか?」

「はい。ちょっと聖なる種を」

「アハハ。候補様ったら冗談がお上手ですね」


 おもしろそうに笑う侍女の手にあるのは、実に立派なジャガイモだった。いい土壌なのだろう。ばっちりだ。


 リズは満足げにうなずくと、黒く光る聖なる種を植木鉢の土の中に押し込んだ。

 後は部屋に持って帰って、日当りの良い窓辺にでも置いておこう。


 リズが古い植木鉢を抱えて戻ってくると、その場にいた聖女候補たちが驚愕の声をあげた。


「ちょっと! 何よ、その汚い鉢は! まさか聖女様の種をそんな鉢で育てる気なの!?」

「そうだけど。欲しいなら中庭の納屋のかげに、まだたくさんあったわよ」


「いらないわよ! それと、その土! どこの土よ!?」

「畑の土。ジャガイモ畑の。欲しいなら、まだ一杯あったわよ」


「いらないったら! というか、ジャガイモ!? 聖なる種なのにジャガイモ!? それに水はどうするのよ!? 聖水とかをあげるのよね。そうよね!?」

「井戸の水だけど」


 マジか――!? という顔で皆リズを見つめる。信じられない、あり得ないと息を呑む彼女たちを横目で見ながら、リズは自分の部屋の窓際に、大事に植木鉢を置いた。


 そんなリズを見てひそひそと言い合うのは、初めて広間で会った時からひそひそと悪口を言っていた三人組だ。質の良さそうなドレスを着ているあたり貴族令嬢、もしくは裕福な商人の娘といったところか。

 いつもこの三人組と一緒にいて、昨日、神官長に「魔力持ちでないリズが候補としてふさわしくない」と意見していた、いかにも上流貴族な令嬢の姿は見えない。


(そういえば、あの上流貴族っぽい令嬢はこの三人組と一緒にいただけで、ひそひそと話してはいなかった。私の悪口を言っていたのは、この取り巻きのような三人娘たちだけだったな)


 三人娘は今日もひそひそと話す。


「ちょっと見てよ。あの、みすぼらしい鉢。聖なる種じゃなくてジャガイモか何かと勘違いしてるんじゃないの?」

「本当に信じられない。何を考えてるのよ。神官長様はああおっしゃっていたけど、あんなアルビノ娘に聖女になる資格なんてあるわけないじゃない」

「さっさと田舎に帰ればいいのに」


 リズは聞き流した。しょせん正解はない。どうすれば芽が出るのか誰にもわからないのだから。


(よしよし。大きく育ってよ)


 井戸から汲んできた水を鉢に注ぐリズを見て、三人娘は鼻で笑った。おかしくてたまらないというように。

 

 その態度にいい加減イラっときた。一言いってやろうと思った、その瞬間


「わっ!」


「「「ちょっと嘘でしょう!?」」」


 三人娘が一斉に青ざめた。驚愕に目を見開き、呆然ぼうぜんとなる。


 なぜならリズの植木鉢には――ゴミ同然の鉢と、ジャガイモ畑の土と、ただの井戸の水仕様の植木鉢からは、つやつやとした色あざやかな黄緑色の芽が、ニョキニョキと生えてきたからである。


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