7 ハワード家の子孫
リズの目の前で、クレアは邪気のない笑みを浮かべている。
(ユージンの子孫って事は、ユージンとあのグルド家のお嬢様の間にできた子供の……)
胸の中が締め付けられるように痛んだ。クレアの顔を見ていたくなくて思わず顔をそらす。
(前世の事は、もう過ぎた事だと思ったのに)
セシルとしての前世は終わって、リズとしての今世が、新しい時間が始まったと思ったのに。
(どこまでも前世が追いかけてくる――)
自分は何のために生まれ変わったのか。
泣きたいような悔しいような激情が込み上げてきて、リズは唇を強く噛みしめた。
「どうしたの? 気分でも悪いの?」
やわらかい声が降ってきて顔を上げると、クレアが心配そうにリズを見つめていた。小さな黒い目が気遣うように揺れている。
優しい子なのだ。さっきもリズの髪と目をきれいだと言ってくれたじゃないか。
五百年前のセシルとユージンの事に子孫であるクレアは関係ない。顔をそらせてしまった自分が恥ずかしく思えて、リズは頑張って笑った。
「何でもない。大丈夫」
「そう? 良かった」
ホッとしたように肩を下ろすクレアの、控えめな印象を受ける小作りな顔立ちには、ユージンも、そしてグルド家のお嬢様の面影も見あたらない。
五百年も経つのだ。その間、何代も経てきたのだから当たり前かもしれないが、その事に無性に安心してしまった。そして一気に、そんな自分に憂鬱になった。
そこへ「おまたせ」と神官ロイドがやって来た。
すそが足首まである神官用の青のローブに着替えている。もともと性格の悪さとは裏腹に品の良い顔立ちをしているので、そういう格好をするとちゃんとした神官に見えた。
ロイドが笑いながらリズをのぞきこんだ。
「今、ちゃんとした神官に見えるなって思っただろう?」
「思いました」
「……こういう時って、本当は思っていても否定するものじゃないのか」
納得できないといった感じでロイドがぶつぶつ言っている。
リズは無視したが、ふと心にふれるものがあって聞いた。
「さっきの穴掘りですけど、あれから何か見つけました?」
ロイドが一瞬目を見開き、そして小さく笑った。
「何で?」
「何となく、そんな気がして」
さすが鋭いね、とつぶやきながらロイドが内ポケットに手を入れたところで
「おい! そこの――アルビノ娘、こちらに来い!」
他の神官たちに呼ばれた。順番に聖女候補たちの名前や身分を確認しているようだ。
タイミングが悪い。「はい」とリズは渋々、向かった。
残されたロイドは手持ちぶさたに、さっき地中から拾った、なかば錆びた指輪を眺めていた。
「あら、それ――」
驚いたような声が聞こえて振り向くと、聖女候補の一人が目を丸くしていた。ハワード家の子孫、クレアだ。
クレアはやがて恥ずかしそうに笑って言った。
「あ、ごめんなさい。私が持っている指輪と似ていたものですから」
「君の?」
「というよりは、うちの、です。うちに――ハワード家に代々伝わる物で。没落した時に他の物は全て売ってしまったらしいんですけど、その指輪だけは何があっても絶対に手放すなと、ご先祖のテオ・ハワードが言い残したらしいです。まあ、そんな高価な物でもないんですけど。
でもハワード家が代々、大事に受け継いできた物です。その指輪にとても良く似ています」
一気に話したクレアは、そこでハッと我に返ったように顔を真っ赤にした。
「ご、ごめんなさい。私ったら神官様に関係ない事をべらべらと……」
「いや、別に。偶然ってあるんだね」
ロイドはにっこりと笑って返した。
「神官長様がいらっしゃいました!」
神官用のローブの上に金色の刺繍が入ったケープをかけた神官長が、お付きの神官たちと一緒に広間に入ってきた。
神官たちから解放されたリズと、神官長のもとへ行こうとするロイドが、広間の中央で行き会う。
そこでロイドがリズにちらりと視線をやった。そして神官長に視線を移し、またリズを見た。そして小さく噴き出した。
(どうしよう。イラっとする)
ロイドの言いたい事はわかった。聖女候補たちはもちろん神官たちもほぼ魔力持ちなので黒髪黒目だ。そんな中で、年寄りの神官長だけは目が黒くても髪の毛は真っ白で。
つまり黒ばかりの中で、リズと神官長の目立つ白髪が
『おそろいじゃん』
と、そう言いたいのだ。
もちろん神官長の年齢からくる生気のない白髪――しかも半分しかない――と、アルビノの元々白いだけで艶めいた髪とは一目で違うとわかる。リズは肌も透きとおるほど白く――おかげで日に焼けるとすぐに真っ赤になってしまう。すぐに戻るが――小柄だが体も丈夫にできている。それなのに
(ろくでもない神官だわ)
心底、そう思った。
三十人ほどの聖女候補たちの前に神官長が立つ。ロイド含め、お付きの神官たちは後ろへと下がった。
神官長は、一様に緊張した顔の候補たちをゆっくりと見回した。
そして一番端にいたリズに目を止めた。まさか神官長もおそろいだと思ったわけではないだろうが、まじまじとリズを見て、そして小さく微笑んだ。
おもしろい娘が混じっていると思ったようだ。
神官長が告げた。
「現聖女様はだいぶお年を召しておられる。私が言うのも何だが。早急に次の聖女を決めなくてはならない。
ここにいる者たちは聖女の――聖なる力を持つ素質を認められた。しかし、まだちっぽけな原石に過ぎない。君たちの中に眠る原石を磨き、花開かせ、現聖女様の持つ多大な聖なる力に匹敵するような、そんな力を持つ者が求められる。
もちろん人間性、知識力、そして強靭な精神力も国を守る聖女には必要な事だ。これより多方面から審査し、次期聖女を選定する」
「お待ちください、神官長!」
場を切り裂くように、高い女性の声が鋭く響いた。候補たちの一人だ。豪奢なドレスと、その立ち姿から明らかに上流貴族の令嬢だとわかる。
リズの事をずっとひそひそ言っていた女性たちの中心にいた人物だ。
「その前に質問があります。聖女候補の条件は黒髪黒目の魔力持ちだけだと聞きました。しかし、その条件に合わない者が混じっているようですが。おかしくはありませんか?」
皆の視線が集まる中、令嬢はまっすぐリズを見すえている。リズは赤い目でゆっくりと令嬢を見返した。
神官長がおだやかな声で言った。
「何もおかしくはないよ。ここにいるという事は、たとえ魔力持ちでなくとも現聖女様の鍵が見えたという事だ。
そして聖女様からの大事な鍵を預かり、大事な次期聖女候補を選定しに行く神官たちは厳選しておる。この神殿に仕える上級神官の中でも特に魔力の高い者たちばかりだ。
常人には気付かない事にも気付くことができる、そんな者たちばかりだと思っている。私が言っても信用できないかね?」
「……いいえ。出過ぎた事を申しました」
令嬢が頭を下げる。
厳選? ロイドは鍵をなくしてなかったっけ? とリズがいぶかしく思っていると
「あれを持ってまいれ」
神官の一人が大きな白い布を両手でかかげてきた。布には何か小さなものがたくさんのっている。
「種……ですか?」
候補たちが目をぱちくりさせた。
「その通り、種だよ。といっても、そこらに生えている植物のものではない。聖女様の聖なる力を与えられた特別な種だ。君たちに一粒ずつ与える。自分の思うように、思う場所に、思う物を用いて植えよ」
「……何が生えるんですか?」
「さあなあ。人によるよ。その者にふさわしい芽が出て、葉がつき、やがて花が咲く、実がつく。まあ花とは限らんが。どんなものが咲くかは君たちしだいだ」
小指の先ほどもない小さな黒い種を手に、候補たちは戸惑った顔をしている。
神官長がにっこりと笑った。
「もっとも、まず芽が出るかどうかだがな」