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58 ペンギンとロイドと聖竜と

 ――神官長が言っていた。


「人の本当の姿を映し出す鏡が第一神殿にある。ずっと以前に、本物の現聖女様が作ったものだ」


 リズはそれを探しにきた。偽者の聖女の正体を暴けるかもしれない。そしてここに捕まっているだろう聖竜を助けるのだ。


「全く手をかけさせやがって! おとなしく、ここに入ってろ!」


 リズは武装した神官たちに、突き当たりの部屋に乱暴に入れられた。

 狭い室内の天井近くに、はめ殺しの小さな窓が一つ。光源はそこだけなので薄暗い。ドアの外には武装した神官たちが見張っている。


「リズ」


 不意に、暗い壁際から声をかけられてギョッとした。声の主がゆっくりと近づいてくる。わずかな光に照らされて、顔の判別がついた。


「オリビア?」


 候補者のオリビアだ。


「どうして、こんなところにいるの?」

「……最終選定の扉を探していて、第一神殿へ迷い込んだの。候補者は入ってはいけないから、見つかってここに捕まったのよ」


 オリビアがリズの縄を外そうとするが、外れない。


「待って。いいものがある」


 スカート部分についている内ポケットを示すと、オリビアがきょとんとした顔で、それでもリズのポケットを探った。

 出てきたのは革の入れ物に入った小型のナイフだ。手のひらほどの大きさの。

 第一神殿での聖竜と鏡探しのために隠し持っておいたのだ。


 オリビアが驚きながらも、それで縄を外してくれた。


「ありがとう。ねえ、オリビア。詳しい事は言えないんだけど、もう少ししたら助けがくるはずなの。一緒にここを出よう。私はちょっと探し物があるんだけど、オリビアは第二神殿へ戻って」

「探し物って?」

「聖竜がどこかに捕まってるはずなの。それと――」


 言葉をにごす。現聖女が偽者で、それを暴くための鏡を探すなんて言えない。


 そこで思い出した。ぜひともオリビアに言っておかなければならない事がある。


「現聖女は私を罪人だと言ったけど、私は魔石なんて持ち込んでない。何も知らない。本当よ」


 真剣に訴えると、オリビアがじっとリズを見つめてきた。その黒い目がどこか揺らいでいるようにも見えた。


「……そうね。わかってる」


 リズはホッと息を吐いた。オリビアが小さな声で言った。


「レベッカもそう言ってたわ。リズが犯人だとは思えないって」

「本当に?」


 ミミズン騒動があったというのに、レベッカはリズを信じてくれているのか。


 元気が出てきた。やる気が体中にみなぎる。リズは準備運動を始めた。縛られていたので肩がこっている。今から機敏に動かなくてはならないのだから。


 突然、全身運動をし始めたリズに、オリビアが呆気に取られたような顔をした。そして苦笑する。


「リズは強いわね」

「――そうかな?」

「だって、せっかく一度牢から逃げ出せたのに、また捕まったのよ。冤罪までかけられたのに」

「まあ……冤罪をふっかけられた事も、捕まるのも、初めてじゃないしね」


 故郷の村でエミリアに冤罪をかけられて捕まったし、神殿でもシーナのメダルを盗んだと嘘をつかれた。おまけに魔石の犯人だ。そもそも魔力持ちでなく平民だという事で、候補者にふさわしくないと嫌な目で見られてきた。


「そうね。言われてみれば、確かにそうよね」


 (あわ)れむというよりは、むしろ感心したような顔をされて、リズはあいまいに笑った。




 薄暗い室内で、屈伸運動をしているリズから、オリビアは目をそらせた。

 先日、現聖女――偽の聖女に捕まった時に言われたのだ。


「もう一度リズを捕まえます。あなたがそばにいて、ひそかに見張りなさい。あなたにならリズも警戒心がゆるむでしょう。そして、あの鏡のある部屋へとリズを誘導するの。そうすれば、私があなたを次期聖女にしてあげるわ」


 オリビアは震える声で聞いた。


「リズを……どうするんですか? あなたは誰なんです? 現聖女様じゃない……本当の現聖女様はどうされたんですか!?」


 偽の聖女が微笑んだ。


「色々と事情があるのよ。本物の現聖女はご高齢で、体の具合が思わしくないの。だから私が呼ばれたのよ。現聖女と旧知の仲だから。でも今は、国が関わる大事な次期聖女の選定中でしょう。私とすり替わっているとばれたら、国中が混乱するわ。だから内緒にされているのよ。もちろん、あなたも口外禁止よ」


 ――現聖女に呼ばれたなんて全くの嘘である。けれどオリビアにはそんな事わからない。怯えるオリビアの目をまっすぐ見ながら、偽の聖女が意味ありげに微笑んだ。


「だから、この私に選定の決定権があるの。このままだと、あなたは落ちるわ。頑張って奇跡を起こして、たとえ二番になれたとしても、一番には到底なれない。それじゃあ意味がないのよ」


 オリビアは悲鳴のような、か細い声を絞り出した。


「そんな事わからない。最終選定の扉を見つけたら、私が選ばれる事だって――!」

「本当に? 本当に、そう思っているの?」


 偽の聖女が鼻で笑う。オリビアはグッと唇を噛みしめた。

 聖獣黒ヒョウと聖竜。自分のペンギン――。レベッカのミミズよりは上だと思っているけれど、一番になれないなら同程度だ。いや、最終選定に残れず、落ちていった者たちとも同じなのだ。ここまで残った事に何の意味もない。


 次期聖女に選ばれなければ、全てが無意味になる。今まで死に物狂いで食らいついてきた事が、全て――。


 両手で顔をおおうオリビアに、偽の聖女が満足そうな笑みを浮かべた。


「でも今なら、あなたは未来を選べるわ。未来はね、自分の手でつかみ取るものよ。――私のようにね」



 * * *


 ペンギンは走った。体を左右に揺らしながら必死で走った。はた目には非常に遅いけれど。


(ここだ!)


 西側の奥の部屋、そのドアの向こうから、かすかに仲間の匂いがする。それと、まがまがしい魔法の匂いも。

 見張りはいない。しかしドアノブの位置が高すぎて、翼のような手が届かない。ぴょん、ぴょんとペンギンは重い体で頑張ってジャンプした。はた目には、何を遊んでいるのだと疑われるほど、床から足が離れていないジャンプだけれど。


 あきらめて、ペンギンは助走をつけてドアに体当たりした。鍵がかかっていてドアは開かない。何度も何度も試したが無理だった。おまけに体当たりする音が聞こえているだろう聖竜からは、何の反応もない。


(どうしよう)


 ペンギンは両方の翼で頭を抱えた。と、


「何で、ペンギンがここにいるんだ?」


 背後から声が聞こえてきて、ビクッと体が震えた。見つかったのか!? と、恐る恐る後ろを振り返ると、そこにいたのはロイドだった。

 ペンギンの行動を見ていたのか、呆れたような顔をしている。が、そんな事を気にしている場合ではない。


 ペンギンはロイドの着ているローブのすそを引っ張った。そして、もう片方の翼でドアを示した。「中に聖竜がいる」と。

 ロイドが眉根を寄せた。


「ここにリズがいるのか?」


 違う。だがロイドは細く長い金属棒のようなものを取り出すと、急いで鍵穴に差し込み動かし始めた。何だ、こいつ。聖なる神官だろう。何をしているんだ?


「開いたぞ」


 マジか。とにもかくにもペンギンはロイドを押しのけて、急いで室内へと入った。


 広い部屋の中央で、聖竜が体を丸めて目を閉じていた。太い首輪がはめられていて、首輪から壁へと頑丈な鎖でつながっている。しかもただの頑丈な鎖ではない。魔力が込められた鎖だ。


 ペンギンは息を呑んだ。広い部屋の真ん中に横たわる聖竜が、あまりにも小さく見えたからだ。そっと聖竜に近付く。すると――聖竜の口からいびきが漏れていた。


「眠らされてるんじゃなくて、寝てるだけだな」


 ロイドの言葉にペンギンは真顔になり、両方の翼で聖竜の頬を強めに叩いた。


「キュ――!!」


 聖竜が叫びながら目覚めた。何事だといいたげに目を見開いてキョロキョロしていたが、ペンギンとロイドの姿を見て、訴えるように鎖を引っ張った。


「キュ! キュ!」


 取れないんだ! と言うように。

 ごつい首輪の周りは白い毛が抜け、赤くすり切れた皮膚に血がにじんでいる。取ろうと必死にもがいたのだろう。首輪を引っ張ろうとしたのか、両手の爪も半分なくなっている。

「キュ―……」と聖竜が悲しげに鳴いた。


 ペンギンも鎖を引きちぎろうと、急いで翼を伸ばした。瞬間、体がはじき飛ばされた。鎖に込められた魔術だ。

 床に尻もちをつき、ペンギンは呆然となった。両方の翼が感電したようにビリビリと震えている。

 聖竜の力で取れないのだ。ペンギンに取れるはずもない。

 非力な自分には何もできない。聖竜を助ける事も、オリビアを助ける事も。


 泣きそうな顔で肩を落とす二匹に、何やら考え込んでいたロイドが壁を指した。


「なあ聖竜、その鎖は無理でも、この壁なら壊せるんじゃないか?」


 鎖のつながった壁自体を。


 名案じゃないか。ペンギンと顔を見合わせた聖竜が納得したように、さっそく壁に向かって白い炎を吐いた。相変わらず、すさまじい威力だ。熱波が室内を包み込む。


 だがこの部屋自体にも魔力が込められているらしく、壁に亀裂すら入らない。黒いすすの跡がつくだけだ。


「キュウ……」


 あきらめず、何度も何度も炎を吐き続けた聖竜だが。

 やがて「ダメだ……」というように、力なくその場にへたりこんだ。


 ペンギンは助けたい一心で、壁に体当たりした。しかし当然のように、びくともしない。無力感が襲う。


 ロイドが壁の前に立ち、聖竜を振り返った。そして薄い笑みを浮かべた。

 顔を上げたペンギンは思った。何か悪い事を企んでいるな、と。

 ロイドが口を開いた。


「おい、そこの白くて丸いの」

「キュ?」


 聖竜が顔を上げ、ロイドと目が合った瞬間ハッと気づいたようだ。慌てて向こうを向く。まるで「今返事したのは自分ではありませんよ」というように。


 ロイドが笑いながら続ける。楽しそうだな、とペンギンは思った。ものすごく楽しそうだ。


「お前の事だよ、聖竜。自覚してるんじゃないか。前から丸くなった、丸くなったと思ってたけど、もう聖なる竜なんかじゃないな。今のお前は、はっきり言ってただのデブ竜――」

「ギュ――!!」


 途端に、聖竜の目が吊り上がった。実は体型の事を気にしているのだろう。それなのに傷口に塩を塗り込まれたと言いたげに、大きく口を開けた。


「いいか。なるべく音を立てるなよ。静かに、この部分の壁だけを壊して――」


 と続けていたロイドに向かって、特大の炎が吐き出された。怒りの炎だ。スピードも火力も、先程までのものとは比べ物にならない。

 一直線に向かってくる炎に、ロイドが目を見開いて飛びのいた。その直後、特大の炎が壁に激突した。

 耳をつんざくような音をたてて壁が崩壊し、鎖の一端が壁から外れて床に落ちた。


 やった! ペンギンは短い足で飛び跳ねた。

 ロイドが「しまった」というように顔をしかめる。案の定、


「何事だ!?」


 神官たちの大声と、こちらに駆けてくる足音が響いた。


「とりあえず逃げるぞ!」


 ロイドの声に、ペンギンも聖竜も走り出す。が、ペンギンは遅いし、聖竜は鎖の重みで飛べなかったようで、すぐにヘロヘロと床に落ちてきた。


「何なんだよ!?」


 ロイドが仕方なく聖竜とペンギンを両手に抱えて、走り出す。


「ギュウ!」


 聖竜が「さっきデブ竜って言っただろう!」と、怒りのキックをロイドにお見舞いした。

 そしてペンギンは――寝た。人に抱っこされると寝てしまうのだ。オリビアにも散々イライラされたが、なぜかは自分でもわからない。とにかく気持ちよく眠りに入った。

 驚いたのはロイドだ。


「ペンギン、お前はこの状況で何で寝るんだ!? 痛い! やめろって、聖竜!」

「おい、こっちだ! 声が聞こえるぞ!」


 神官たちの足音が近付いてくる。




 暴れる聖竜と、寝るペンギンを抱えたロイドは、廊下の角を曲がったところで止まった。

 偽の聖女を、キーファが王宮にせき止めているのに。騒ぎを聞いて呼びに行かれたら大変だ。


「なあ、聖竜」

「ギュ!?」


 怒っている。デブ竜と悪口を言ったからだ。


「悪かったって。あれは、あの部屋から逃げるために、わざと言った事だ。わかるだろ?」

「……ギュー」


 聖竜が渋々といった感じでうなずく。


「よし。じゃあ追いかけてくる神官たちを、その炎でやっつけてくれ。加減してくれよ。――今だ、行け!」


 角を曲がった瞬間、炎が襲ってきてはたまらない。叫び声をあげて、神官たちが次々と床に倒れた。彼らは魔力持ちで、おまけに武装している。死にはしないだろう。


「よくやった。――急ぐぞ。リズと鏡を見つけないと」


 全員倒れたのを確認し、ロイドは聖竜とペンギンとを両手に抱え直して、先を急いだ。


「……大丈夫か?」


 腕の中の聖竜がぐったりしている。


「この首輪のせいか」


 首輪からつながる重い鎖を持ち上げた。まがまがしい魔力が込められているのがわかる。聖竜の力が吸い取られているのか。

 ロイドは首輪を外そうと魔法を使うが、効かない。舌打ちしていると、力なく目を開けた聖竜が、ふと何かに気づいたように顔を持ち上げて、「キュウ!」と高く鳴いた。


 どこからそんな力が出たのか、あっという間にロイドの手をすり抜ける。そして鎖を床に引きずったまま、一直前に廊下を飛んでいった。

 見るからに飛びにくそうなのに、赤い両目をらんらんと光らせ、魅入られたように一心不乱に飛んでいく。明らかに先程までと様子が違う。


「おい、どうした!?」


 聖竜は振り向きもしない。ロイドは仕方なく寝ているペンギンを抱え直し、聖竜の後を追いかけた。


 角を二つ曲がったその先、ある部屋の中に聖竜はいた。

 息を切らしながら、ロイドは眉根を寄せた。ここは現聖女の自室だ。幼い頃に数回訪れた事があるだけだが、覚えている。なぜ聖竜がここに?


 手前の部屋の窓際に、書き物机と鏡台が並んでいる。

 聖竜が心ここにあらずといった様子で、ふらふらと鏡台へ近づいた。一番上の平たい引き出しを、鼻先で器用に開ける。


「……!」


 そこに手鏡があった。

 銀の持ち手と背面に、花の模様が彫られている。見かけは普通の手鏡だが、そこからただよってくる魔力は通常のものではない。


 ロイドは息を呑んだ。これだ。神官長が言っていた「本当の姿を映し出す鏡」とは。


「すごいじゃないか、聖竜。何でわかったんだ?」


 ここにある事が。

 しかし聖竜は反応もしないし、ロイドを見てさえいなかった。耳に入っていないのだ。


 聖竜は手鏡を一心に見つめている。まるで憑りつかれたように、うっとりした顔で。ずっと探していた目当てのものを見つけたというように。


「聖竜? どうしたんだ?」


 相変わらず眠ったままのペンギンを抱きながら、ロイドは眉根を寄せた。そして気付いた。


『最終選定の「扉」。聖なる実から出てきたものが、その「扉」を示す――』


「おい……まさか、これがリズの『扉』なのか!?」


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