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45 シーナの決意

 エミリア――シーナは第一塔門を出た先で、アイグナー公爵家の使いの男と会っていた。

 山のふもとの屋敷にいた男だ。人前に出る事はめったにないと、公爵が言っていた。「だから私との関わりが知られる事はないよ」と。


 少し離れたところに、神官が見張るように立っている。

 男が神官を気にしながらも、


「神殿での話は聞いた。全く、君は何を考えているんだ?」


 と、わざとらしくため息を吐いた。小さな声だが、嫌味たっぷりな言い方だ。

 自分が悪いのはわかっているが、それでもシーナはムッとした。


「リズ・ステファンへの、茶番のような嫌がらせは何なんだ? しかも、キーファ殿下に気に入られるどころか、避けられているそうじゃないか。君はコロラドの聖女なんだぞ。神殿側に万が一、君の正体を気付かれでもしたら、全てが無に帰す。一体、何を考えているんだ?」

「……!」

「公爵は、ひどくお怒りだよ。いや、失望していると言った方がいいかもしれない。シーナは見込み違いだったかもしれない、とね」


 心の中にうずまいていた言い訳が、一瞬で消え去った。背筋が冷たくなる。

 公爵に見捨てられたら――恐怖でしかない。

 シーナはうつむいた。


 エミリアではなく、シーナとして生きていくと決めたはずなのに、いざリズの顔を見たら、我慢できなくなってしまった。

 今すぐリズに勝ちたい、目にもの見せてやりたいと、功を焦った。


 これではダメだ。何のために、あれほど頑張ったのかわからないじゃないか。

 蒼白な顔で唇を噛みしめるシーナを、男がじっと見つめる。


「何のために、別人に生まれ変わったんだ? 覚悟を決めたんだろう? もう一度、ちゃんと思い出せ」


 膨大な薬草の種類を覚え、顔を変えた。治癒能力も開花させた。体に負担がかかると魔術師に言われたが、想像以上だった。夜中になると、顔も体もきしむように痛む。


 コロラドで戦火の中も走り回った。もうダメだ、ここで死ぬんだ、と思った事も、一度や二度ではない。自分がぶっ倒れるまで、人々を看護し続けた。貧乏人と同じものを食べ、同じ場所で寝た。涙ながらに感謝もされた。


 思い出せ。

 ゆっくりと顔を上げた。


「申し訳ありませんでした。これからはシーナとして、必ず期待に応えてみせます。公爵に、そう伝えてください」


 自分はもうエミリアではない。シーナ・ブライドなのだと、心に深く深く刻み込んだ。




 第一塔門の内側で、リズはシーナが来るのを待っていた。

 頭上で、鳥が鳴いている。壁にもたれながら、キーファから聞いた事を思い出した。


 ――「シーナだが、もう一度詳しく調べさせた。結論として、赤ん坊のころから、ずっとブライド修道院で育った、というのは嘘だと思う。

 修道女たちは相変わらず、シーナはずっと修道院にいたと言う。だがブライド修道院が兼ねている施療院の患者たち――特に、昔通っていた患者たち――は皆、シーナなんて見た事がないと答えたそうだ。


 当時のシーナはまだ子供だっただろうが、小さな修道院だ。人も少ない。コロラドで活躍するほどの治癒力と薬草の知識があれば、当時から有名だったろう。それなのに、だ」


 そこでキーファの顔が曇った。


「シーナの背後にいる人物、リズの言う通りアイグナー公爵なのだろうが、二人の関わりがつかめない。何重にも隠されている。だが必ず、探し出す。そうすれば公爵は、前世のセシルを知っている証明になるから」――



 シーナが歩いてくるのが見えて、リズは壁から上体を起こした。シーナがリズに気付き、立ち止まる。シーナの顔はひどく青ざめていた。


(どうしたんだろう?)


 けれどリズが口を開くより早く、シーナが深々と頭を下げてきた。


「先日は、本当に申し訳ありませんでした」

「え?」

「メダルの件です。私が勘違いして、リズさんが盗んだと嘘をついてしまいました。本当にごめんなさい」


 リズは呆気にとられた。シーナが自分の非を認めて謝罪している?


「国王様から頂いたメダルをなくしてしまって、私、それを正直に話すのが恐くて……。恥ずかしい事をしました」


 肩を震わせながら、シーナがそれでも真摯な表情で頭を下げている。

 リズの心に、じわじわと暗いものが浸透してきた。


(何だか、セシルに見える……)


 以前よりも、ずっと。


「本当にごめんなさい。これから、先日あの場にいた全ての人たちに、私が悪かったのだと言ってまいります」


 決意を込めた顔で、立ち去ろうとする。リズは引きとめた。


「待ってください。聞きたい事があるんです」

「何でしょう?」

「エミリア・カーフェンを知っていますよね?」


 考える間を与えず、直球で聞いた。


 シーナが大きく目を見開いた。驚愕の大きさを表すように。そして、その状態で固まってしまった。


 リズは息をこらして、シーナを見つめた。逃がさない。少しの表情の変化も見落とさない。


 長い沈黙の後、シーナがかすれた声で答えた。


「ええ、知っています」

「……!」


 てっきり否定するだろうと思っていたので、驚いた。けれど続く言葉に、さらに驚いた。


「エミリアは、私の目の前で亡くなりました」

「……え?」

「私がいたブライド修道院の前に、エミリアは倒れていました。私がコロラドへ行く、少し前の事です。エミリアは自分が入れられた修道院から逃げ出してきたと言って。

 けれどお嬢様育ちの彼女には、一人きりの逃避行はきつかったようです。すでに、もう先が長くない事がわかりました……。私がエミリアを看取りました」


 思い出したように悲痛な顔で、両手を胸の前で握りしめる。


 そんなバカな。何を言ってるんだ。リズはシーナを見すえた。


「でも、シーナさんはブライド修道院にはいなかったでしょう? そこで育ったというのは嘘ですよね?」


 シーナの肩が大きく震えた。どうして、そこまで知っているのだと驚愕を隠せない様子で。

 うつむき、苦悩するように何か考えている。やがて決心したように顔を上げた。


「はい。実は、私はブライド修道院で育ってはおりません。孤児だった事は本当ですが、各地を転々としながら生きてきました。

 けれど偶然にもブライド修道院の前で、エミリアと出会い、看取った事で、こんな私にも何かできるかもしれないと、そう思えたのです。


 そのまま修道女になり、争いが始まっていたコロラドへ行きました。コロラドの聖女と呼ばれ、国王様に謁見する事が決まった時、いわゆる流れ者では心証が悪いと。だから、ブライド修道院で育った事になさいと、修道院長様が言ってくださいました。他の修道女たちにも、そのように言い聞かせておくと」


 静かな落ち着いた声だった。


「ブライド修道院の院長様が、証明してくださいます」


 リズは焦った。

 エミリアが入れられた修道院にいなかった事も、ブライド修道院の元患者たちがシーナを知らなかった事も、これで説明がついてしまうじゃないか。


(……!)


 そんなわけないと、わかっている。それでも体の奥底から、じわじわと不安が込み上げてくるのを止められない。


 シーナとエミリアは同一人物じゃない? 公爵とシーナも関係がないのか。シーナがセシルの顔をしているのは、本当にただの偶然というのか。

 ありえない。


 必死で頭を働かせるリズを見つめながら、シーナが静かに口を開いた。まるで、リズの弱みはこちらも知っているというように。


「先日、宰相様から、何か心配事があればキーファ殿下に相談すればよいという、ありがたいお言葉をいただきました」


 リズは、はじかれたように顔を上げた。

 相談? なぜ? キーファは神官でも、侍女頭でもないのに。


「なぜ――あ」

「ええ、そうです。光栄な事に、私は『コロラドの聖女』として、国民からの支持を受けています。その私が王太子様を慕っているとアピールできれば、王家への好感度も高まると考えられたようです」


(嫌だ)


 はっきりと、そう思った。これ以上、シーナがキーファに近付いて欲しくない。しかも宰相の命令であれば、堂々とキーファにくっついていられる。シーナは嬉々として受けるだろう。


 リズの葛藤をあざ笑うように、けれどそれを全く表には出さず、シーナが淡々と答えた。


「ありがたいお話です。お受けしました」


 やっぱり。リズは唇を噛みしめた。


「ですが、こうして神殿に来る事ができて、今までの私は思い違いをしていたようです。これからは心を入れ替えて、まい進したいと思います」


 迷いのない目で、まっすぐリズを見つめてくる。

 その顔には、静かな気迫さえあった。


 言葉が出ない。呑まれた、とわかった。


「失礼します」


 シーナが一礼して、去っていく。その後ろ姿から、リズは目をそらせた。悔しさと情けなさが、体の底から、ごちゃ混ぜになってわき上がってくる。


 エミリアを――シーナをつついたら、前とは違う蛇が出てきた。しかも比べ物にならないくらい、大きな蛇が。


 油断していた自分に腹がたつ。

 悔しさをぶつけるように、うおお! と、リズは髪を両手でかきむしった。


次から選定の話です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] シーナが嘘をついて自分でエミリアを看取った、死んでると伝えられていますが、一応、エミリアまだ修道院にいるっていう話になっていませんでしたか? 主人公はそのこと知っていますよね。 自分の…
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