4 王宮での「再会」
馬車はリズと神官ロイドを乗せて、王宮へと向かっていた。
他の使いの者たち――神官補佐と護衛の者は御者台にいるので、広々とした車内にはリズとロイドの二人きりだ。
向かい合って座るロイドが笑顔で口を開いた。
「さて、今の状況について何か質問ある?」
もちろんだ。
「ロイド――さんは、私が鍵を盗んだというエミリア様の言葉が嘘だと、最初からわかっていたわけですよね? どうしてあの場で、すぐに言ってくれなかったんですか?」
リズがカーフェン家に連れて行かれた時に男爵たちに教えてくれていれば、使用人に無理やり床に頭を押し付けられたり、肩を掴まれたりしなかったのに。
「うーん……」とロイドは考え込んだ。
「おもしろそうだったから、かな。罪を着せられたリズと嘘をついたエミリア嬢がどうするのか見てみたかった」
最低だ。
軽蔑の目を向けるリズを、笑みを消したロイドが真剣な顔でまっすぐ見つめてきた。
「それに無理やり王宮へ連れて行っても意味ないだろう。君が自分で、聖女候補として王宮に行こうと決めないとね」
確かにあの時、身分とか地位とかそういうものに負けない、どんな状況でも自分らしく生きられる何かが欲しいと強く思った。明確に聖女になりたいと思ったわけではないが、今のリズにとって一番近い道である気はしている。
最低な男ではあるけれど色々と考えていたのか。ちょっとだけロイドを見直したところで、ロイドが笑って言った。
「まあでも、おもしろそうだったからっていうのも、もちろんあるよ」
やっぱり最低だ。
「他に質問は?」
「ありません」
「ないの!? 王宮の事とか聖女候補についてとか色々あるだろう?」
「いえ別に」
「本当にないんだ!?」
連れて行く候補を間違えたかな、とロイドがぶつぶつ言っている。無視していると御者台から大きな声が聞こえてきた
「ただ今、王都内に入りました!」
リズは急いで小さな窓を開けて外をのぞいた。
五百年ぶりの王都である。転生してからは一度も訪れた事はなかった。前世、この王都の外れでリズ――セシルは恋人だったユージンと暮らしていたのだ。
正直、なつかしさよりは心の痛みの方が大きかったけれど、それでも見ずにはいられない。
幸いにして場所も違うし五百年も経っているせいか、見覚えのある景色はどこにもなかった。安心して大きく息を吐く。もし見覚えのあるものが少しでもあれば、きっと冷静ではいられなかっただろう。
車内の皮張りの座面に座り直したところで、ロイドが不思議そうに聞いてきた。
「王宮にも聖女候補にも興味はないけど、王都の景色には興味があるのか?」
ロイドの存在を忘れていた。
「まあ、そうです」
「ふーん。……わかった。キーファ王太子殿下を捜してるんだろ?」
「は?」
「ごまかさなくてもいいよ。殿下がたまに王都内を視察しているって、もっぱらのうわさだもんな。なるほどね」
何が、なるほどだ。ニヤニヤと笑うロイドに、ちょっとイラッとする。
「リズも殿下のファンなのか。わかるよ、王都内の若い女性はみんなキーファ殿下に夢中だからね。美形だし、有能だし、誠実そうだし。まだ十九歳だっけ」
リズだってキーファ王太子のうわさくらい聞いた事がある。
キーファ・クリス・アストリア。このアストリア国の第一王子で、こげ茶色の髪と目、振り返るほどの端正な顔立ちと細身だが筋肉質の体を持つ。優しく聡明で剣の腕も確かだと評判だ。
リズのいた地方の村でさえも女性たちがうわさしていたし、街で売っている似顔絵を買って持っている子もいた。
しかしリズは特に興味はないし、ファンでもない。王太子なんて遠い世界にいる、関係のない人だ。
(それより――)
目の前でまだニヤニヤ笑っているロイドに、ものすごく腹がたつ。
カーフェン家で最後に見せた、あの忠誠あふれる態度は何だったんだ。幻か。心の中でぼやくリズたちを乗せて、馬車は王都内を疾走した。
神殿は王宮の、政務や謁見などを行う朝廷部分と王族の住まいである宮廷部分の、さらに奥にある。
周壁に囲まれた神殿を目の前にして、リズはただただ圧倒された。広い。街一個分はあるんじゃないか。
参道から続く第一塔門、そして第二塔門を抜けると、室内に細かな細工がほどこされた柱が何十本、何百本と立ち並ぶ。それが天井に向かって立ち並ぶ光景は圧巻だった。見上げていたら頭がクラクラしそうだ。
そこから大きな池のある中庭を抜けて、やっと聖女候補たちがいる第二神殿へたどり着いた。
現聖女がいる第一神殿はまだ先、第九まである塔門を抜けてからだというから驚きだ。というより、その広さにリズはあきれた。
精巧な浮き彫りの壁でおおわれた第二神殿の広間には、フードのついた足首まである長いローブを身にまとった神官たちが、せわしなく立ち働いている。
そこへロイドが声を張り上げた。
「連れて参りました。聖女候補のリズ・ステファンです!」
振り向いた神官たちが、ロイドの隣にいるリズを見て一斉にぽかんとなった。あり得ないものを見たように。
しばらくしてハッと我に返ったようになり、怒り出した。
「ロイド、ふざけているのか? その娘はアルビノじゃないか!」
「確かに見た目はアルビノですが、中身は違うんです。ちゃんと聖女候補ですよ。例の鍵も見えましたし」
「本当か? お前の言う事は信用ならん」
信用されていないらしいロイドは、年老いた神官たちに詰め寄られている。
リズは広間内を見回した。
奥にいる女性たちは聖女候補たちだろう。みなリズに注目している。年齢も体つきも服装も色々だし、迷惑そうな顔や興味深そうな顔など様々だけれど、共通しているのは皆、黒髪に黒目だという事だ。
真っ白の髪に赤い目のリズは明らかに浮いていた。
「どういう事? あの子も聖女候補の一人なの?」
「まさか! だって魔力持ちじゃないわよ。おかしいじゃない」
「冷やかしに来たってわけ?」
チラチラと視線をよこしながらヒソヒソと言い合っている。予想はしていたが嫌な感じだ。前途多難な予感がしてリズは顔をしかめた。
女性たちの小さいが突き刺さる様な声と、神官たちの不信感あふれる声が合わさって空気がよどむ。重苦しい不快な空間に変わっていく。
不意に広間の扉が開いた。
その瞬間、室内の空気が一変した気がした。清涼な風が吹き込んできてホッと息がつける、そんな感じだ。
「ちょっと、キーファ殿下よ!」
「素敵ねえ。ほれぼれしちゃう」
女性たちが打って変わって華やかな声を出す。
側近と一緒に広間に入ってきたのは、このアストリア国の王太子キーファだった。
神官たちが急いで近寄って行った。
「これは殿下、わざわざお越しいただき申し訳ありません」
「いや、構わないよ。次期聖女を決める事は国にとって、とても大事だから」
快活に答える。うわさ通り、美形で聡明そうな青年だ。皆が騒ぐのもわかる。
しかし――。
(嘘!?)
リズは心臓が飛び出すかと思った。それくらいの衝撃だった。
(ユージンだ……)
息をのんだ。
顔も体も前世のユージンとは違う。面影はこれっぽっちもない。けれどリズにはわかった。キーファ王太子はユージンだと。前世の恋人、その生まれ変わった姿だと。
(転生してたんだ。私と同じように……)
同じ時代、同じ国に。五百年の時を超えて。これは運命だろうか。
目まいがした。力が抜けて膝から崩れ落ちそうになる。
その時、神官たちと笑顔で話をしていたキーファ王太子が、ふと顔を上げた。
目が合った。
瞬間、キーファもまた驚愕したように大きく目を見開いた。存在し得ないものを見たように端正な顔が激しくゆがむ。
リズがセシルだと、前世の恋人だとわかったのだ。
「――キーファ殿下? どうかなさいましたか?」
固まったように動かず、ひたすらリズを見つめ続けるキーファに、神官がいぶかしげな顔になる。
他の神官たちや聖女候補たちもざわめき始める中、リズとキーファは互いに互いから目が離せなかった。