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34 池に入る

 リズは自室の机の引き出しから黄色いひものついた銀の鍵を取り出した。一緒に閉まってあった指輪――「セシルへ」と彫られたユージンのもの――も取り出すと、二つ一緒に長い革ひもに通して首からぶら下げた。

 二つともリズにとってとても大事なものだからだ。


 ソファーに座って聖竜と遊んでいたキーファが指輪に気付き、微笑んだ。


 途端に照れくさいような気持ちがわき上がってきて、隠すようにリズは聖竜の前に座った。食堂からもらってきた皿をテーブルに置き、皿の中のパンを差し出す。


「ねえ、私の『扉』はどこにあるの?」

「キュ?」


 聖竜がかわいらしく小首をかしげた。次はリンゴだ。


「お願い、教えて。扉まで導いてくれるんでしょう?」

「キュウ?」


 パンとリンゴをダブルで頬張りながら今度は逆に首をかしげている。そして最後の肉団子(わいろ)にかぶりつき「キュウウ?」とさらに首をかしげた。

 ちょっとイラっとした。


「ひょっとして本当に知らないとか?」


 キーファの言葉に「まさか」と返すが、きょとんとした聖竜の顔を見ていたら不安になってきた。


「でも実から生まれたものが扉への道を差し示す、って神官長様がおっしゃっていたし。――ロイドさん、そうですよね!?」


 戸口からこっそりとのぞいていたロイドが「しまった、見つかったか」という感じで入ってくる。


「のぞきはやめてくださいよ――そう、おっしゃってましたよね?」

「だってキーファ殿下と二人きりでいたから邪魔しちゃ悪いかなと思って――そう聞いたけどね。でも何にだって例外はあるし」


(嘘……)


「じゃあ、どうやって探せばいいんですか?」

「さあ?」

「キュ?」


 同じ角度で首をかしげるロイドと聖竜にさらにイラっとする。ロイドが近寄って来て声をひそめた。


「それよりさ、どうして殿下がここにおられるんだよ? しかも前と違って落ち着いているというか、何かしっくりきてるというか」

「色々あって」

「どうやったら王太子が部屋で落ち着く事態になるんだよ!?」

「だから色々あったんです」


 主に五百年前に、だ。

 納得できないという顔になるロイドを無視し、リズは頭を振りしぼって考えた。そして――。


「じゃあ行ってきます」

「「どこへ?」」

「自分の足で探してみます」



 聖竜を肩に乗せて神殿中を歩き回る。鍵も持っているし聖竜もいるのだから「扉」の近くまできたら何かしらわかるのではないかと期待したが、特に何も感じない。


(どうしたらいいんだろう?)


 ひたすら後を付いてくるキーファが、なぜかわからないが楽しそうな顔をしているのがせめてもの救いである。

 ロイドはもちろんいない。「僕は僕で探してみるよ。殿下に失礼があってはいけないしね」と笑顔で手を振っていたが、本音は「えー、歩き回るのは疲れるから嫌」なのだろう。そうに違いない。


 しかし全く収穫がなくさすがに疲れてきた頃、中庭の池のほとりで宮廷魔術師の娘マノンと候補者の一人――アナを見つけた。アナは残った候補たちの中で最年長――といっても二十代後半くらいだが――で、少しふっくらとした穏やかな女性である。


「あらリズ。聖竜ちゃんも。それと――キ、キーファ殿下!?」


 固まるアナに、リズは急いで話しかけた。


「もしかして、それって実から生まれたの?」


 アナは水の入ったバケツを持っており、その中で小さな水色の魚が泳いでいた。


「そうよ。今朝、生まれたばかりなの。魚だから、もしかして私の扉は水に関する場所にあるのかなと思って池に来たら正解だったみたい」


 魚は盛んに池の方向へと頭を向け、バケツのふちに頭をガンガンとぶつけている。今にも飛び出しそうな勢いだ。


(やっぱり扉へと示してくれるんだ。聖竜は何でなの?)


 納得いかない。顔をしかめるリズの前で、アナの顔が曇った。


「でも、ここからどうすればいいのかわからなくて。池に鍵を向けてみたけど何の変化もないし、この魚を池に放してみてもすぐに戻ってきてしまうのよ。それで偶然会ったマノンに相談していたところ」

「だから『池に入って直接探してみたら』と提案したの。アナは泳げないからとためらってるけど、そんなに深い池じゃないんだし」


 魔術師の娘マノンがリズに視線を移し、試すように笑った。


「ちょうど良かった。リズ、池に入ってみたら? アナの扉が見つかるかもしれないじゃない」

「いいよ」

「「え!?」」


 驚きに目を見開くマノンとアナの前で、リズは躊躇(ちゅうちょ)なくザブザブと池に入った。大きな池の水は冷たいが確かにリズの胸くらいの深さしかない。大きく息を吸い込み、藻が浮かぶ水面に顔をつけてきょろきょろと辺りを見回した。


「きゃああ、リズ! ごめんなさい、私のせいで!」青ざめたアナが叫ぶ。


「ちょっと何してるのよ!?」と同じく青ざめたマノンも駆け寄ってきた。リズは水面から顔を出し


「何って、池に入れってマノンが言ったんじゃない。――扉というか、それらしいものは見当たらないけど」

「確かに言ったけど……でも、そういう意味じゃないでしょう!?」


もちろん、わかっている。


「でもせっかくヒントが見つかったんだし。アナの扉がどんなのか私も見てみたいから」


本心だ。

マノンが絶句し、それから漆黒の目でリズをじっと見つめてきた。まるで内面を見透かそうとするかのように。


 その時背後で水音がして、何事だと振り向くと何とキーファだった。腰まで池の水につかり、腕まくりをしている。


「俺も一緒に探そう。それで何を探せばいいんだ?」


 池の中で張り切る王太子はおかしいだろうと冷静に思ったのは、どうやらリズだけのようだった。


「いやああ! キーファ殿下まで!? 何て事を! 私ったら何て事を――!!」

「誰か来て! 殿下が池の中に! 風邪を引いてしまうわ、早く――!!」


アナとマノンが卒倒しそうな顔で悲鳴をあげる。そこへ慌てて駆けつけてきた侍女たちも加わり、普段は静かな中庭が大騒ぎになった。



「すぐにお風呂を沸かしますから!」


 侍女たちが大慌てで出て行く。暖かな室内でリズとキーファは大きなタオルにくるまっていた。

 ふとキーファと目が合った。こげ茶色の目が笑っている。


「藻がついている」


 リズの髪に手を伸ばし緑色の藻をゆっくりとすくい取る。藻だけを取ってなるべく髪に触れないように気を付けたのだろうが、それでも顔のすぐ近くでキーファの指の感触と体温を感じた。瞬間、心がはねた。

 前世のユージンとは違うと、もうわかっている。それなのに落ち着かない。


 キーファも同じようで、戸惑うような表情をした後で急いで手を引っ込めた。迷うようにリズから視線を外して。


「「お風呂が沸きました。さあ、早く!」」


 別々に侍女に呼ばれ、リズは救われた思いで立ち上がった。

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