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28 騒動の後1

 広間での化け物騒動から数日後、何と聖竜がリズの頭の上に乗っかっていた。聖竜は白い翼に頭をうずめて、せっせと毛づくろいをしている。


「何だか聖竜が少し小さくなった気がしないか?」


 リズの部屋で向かい合って座る神官ロイドが真剣な顔で聞いてきた。


(嫌味か)


 リズはロイドをにらみつけた。

 小さくなった気がするとかしないとか、そういうレベルではない。聖竜は元の体の十分の一以下の大きさに縮んでいた。ちょうどリズの両手のひらに乗るくらいの大きさである。


「きのう突然、小さくなったんですよ」とリズはため息をついてから説明し始めた。



 広間での化け物の実騒動が終わり、ナタリーは王宮内にある施療院へと連れて行かれた。神殿の外にあるので、リズはついていく事はできない。

 ナタリーを連れに来た医者が顔のやけどを見て絶句し、付き添っていた神官にきびしい顔つきで首を左右に振ったのが見えた。やはり、やけど自体は良くはなっても跡は残るという事だろう。


(何か……何かできる事はないの)


 焦りにも似た気持ちで唇を噛みしめ、けれどナタリーを見送るしかない。

 すると


「リズ・ステファン! ちょっと来てくれ!」


 と神官の一人に呼ばれた。後ろ髪を引かれる思いで神官の方へ行くと、彼は怖々と聖竜を見上げながらリズに言ったのだ。


「聖竜の白い炎で広間の壁や床が壊れただろう。これから修復作業に入るから、聖竜をどこかへ連れて行ってもらいたい」


(どうしよう。聖竜の居場所を探さないと)


 リズの部屋には大き過ぎて入らないし、かといって裏庭なんかに置いておくと雨がふったらずぶ濡れになる。


(どこか空いている広めの部屋を教えてもらおう)


 その時、聖竜の鼻先で、リズは背中を少々乱暴につつかれた。振り返ると、聖竜がまるで「見ろ」とでも言うように顔を上方にそらせた。そして――。


「え?」


 リズは目を見張った。見えているものが信じられない。見上げていた聖竜の体がみるみるうちに縮んでいく。


「ええ!?」


 驚愕で思わず叫ぶリズの前で、両手のひらに乗るくらい小さくなった聖竜が、床の上で得意げに翼を広げ、かわいい声で「キュ」と鳴いた。



 ――「へえ」


 向かい合って座るロイドが頬づえをつきながら、感心したような声を出した。


「良かったじゃないか。部屋に入れる大きさになって。さすがは聖竜だな」

「まあ、すごいはすごいですけど――」


 言いよどむリズに「どうかした?」とロイドが眉を寄せる。と、開いた部屋のドアから聖女候補たちが興奮したような顔を見せた。


「ねえ、リズ。聖竜ちゃん見せてよ!」

「ほら、いた! やだ、リズの頭の上にいるわよ。かわいい!」

「大きいときは怖かったけど、小さくなると愛らしいわよね!」


 大人気だ。

 確かに小さくなった聖竜はかわいらしいと思う。短い毛の生えた真っ白な体と赤い目。小さな翼でパタパタと飛び回ったり、短い足で歩き回ったりする。おまけに鳴き声まで――元の姿での鳴き声を知らないが――高めの「キュ」とか「キュウ」とか胸の内をくすぐるような声だ。


(でも――)


 候補たちの歓声に応えるように、聖竜が目いっぱい翼を広げて「キュウ」と小首をかしげて見せた。


「「きゃあ、かわい過ぎる!!」」


(何だか納得いかない)


 憮然ぶぜんとなるリズの向かいで、ロイドも顔をしかめた。


「少々あざとく感じるのは気のせいかな? 聖なる竜だけど」

「いえ、私も同感ですから。聖なる竜なんですけどね」


「――わかった! 『その者にふさわしい実がなる』んだろう。リズの性格に難があるから、聖竜も性格がゆがんでるんじゃないか? ほら、リズは化け物の実騒動の時『聖竜が頭の中に直接話しかけてきた』とか嘘をついたし、何より僕に対していつも、ものすごく冷たいから」


(何を好き勝手言ってるんだ)


 イラッとなるリズの頭上で、澄ました顔の聖竜が再び「キュ」と小首をかしげて見せた。




 第二神殿内の食堂では窓から明るい日ざしが差し込んでいた。

 長テーブルの一つに座ってリズが昼食をとっていると、神官長がお付きの神官たちとともにやって来た。食堂に姿を見せるのはめずらしい。


「大変な時に留守にしてすまなかったな。どれ聖竜は――おお、こちらに」


 聖竜はテーブルの上に座り込み、リズの昼食を一緒に――というよりは勝手についばんでいる。神官長に話しかけられ、お愛想程度に「キュ」と顔を上げたが、すぐさま食事に戻る。

 野菜を食べずに肉だけ食べ尽くすので迷惑な事この上ない。


 神官長は、リズの目の前の皿に、食べ残した野菜をポイっと口で捨てる聖竜と、その野菜を無言で聖竜の前の皿へと放り返すアルビノ娘とを呆気に取られたような顔で見つめていたが、やがて大きな声で笑った。


「聖竜というからどんなに気高く近寄りがたいものかと思い、来てみれば。いや、楽しそうで何よりだ」


 大きかった時は確かに気高くて近寄りがたかったのだと、声を大にして言いたい。そして今、リズは別に楽しくない。

 

 不意に神官長の声音がうれいを帯びたものになった。


「ナタリーだが、施療院での治療を終えて近日中に自宅へと戻る事になったよ。グレースとトマの、あの晩の騒動についての事情も一通り聞き終えたしな。

 次期聖女選定の妨害――広間でリズの聖なる実を故意に取り落とした件だが、グレースたちにだまされていた事もあり、聖女候補としての資格を失うという事で不問になった。ナタリーの聖なる木も枯れ落ちてしまったしのう」


「そうですか。あの……やけどの跡はどうなったんですか?」


 神官長が無言で、痛ましそうにゆがめた顔を左右に振った。


「赤みや水ぶくれはだいぶ引いたが、跡は一生残るだろうという事だ。かわいそうだがな」

「そうですか……」



 ――神官長たちが立ち去った後、リズは真剣な顔で聖竜を見た。


「聖竜、お願いね」


 以前から頼んでいたのだ。

 しょうがないな、という感じで小さな聖竜がゆっくりと立ち上がる。


「今度はもっと肉をあげるから」


 何だと、肉ごときで買収されないぞ、と言いたげに目を細めてリズを見てきたが、それでもテーブルからリズの肩に飛び乗る動きはとても速かった。



 * * *


 第二神殿内の第一塔門の壁にもたれながら、リズは待っていた。ナタリーの両親がケガをした娘を迎えに来ると聞いたからだ。

 太陽の位置はちょうど頭の真上にある。ぬるい風が花壇の草花の間を吹き抜けていった。


 辺りを飛び回っていた聖竜が飽きてリズの肩に止まりに来た頃、案内役の神官についてナタリーとその両親が歩いてきた。

 選定中の神殿には関係者以外出入り禁止だが、ケガの事もあり今回は例外だという。


 迎えの馬車は神殿の外で待たせてあるのだろう。口ひげをたくわえた父親と上品そうな母親、そしてその隣でナタリーが背中を丸めて、うつむきがちに歩いている。


 ナタリーの右頬には治療用の白いガーゼが貼られていた。ちょうど目の下あたりから首筋をおおう大きなもので、ナタリーの暗い表情と相まってとても痛々しく見えた。


「……リズ」


 リズに気付いたナタリーが目を見張って立ち止まった。

 リズはゆっくりと微笑んだ。


「今から家に帰るの?」

「うん。そうよ……」


 リズたちの様子を黙って見つめていたナタリーの父親が、案内役の神官に問うように顔を向ける。「ええ、そうです」と神官がうなずくと、父親がリズに向かって一歩踏み出し、深く頭を下げた。


「リズ・ステファンさん、このたびは娘のナタリーが本当に申し訳ない事をしました」


 ナタリーの肩を抱くように寄り添っている母親も後ろで同じように頭を下げる。

 父親が続けた。悲しみを押し殺したような静かな声だった。


「どんな事情があれど許されない事です。おびの仕様もありません」


 頭を下げ続ける母親の隣で、ナタリーも泣きそうな顔で深くうつむく。

 リズの前で三つの後頭部が震えていた。


 やがて父親がナタリーを振り返った。


「ナタリー、お前からももう一度きちんと謝罪をしなさい」


 母親に背中を押され、おずおずと前へ出てきたナタリーの振りしぼるような、かすれた声がした。


「ごめんなさい、リズ。本当にごめんなさい……」


 以前の元気な面影はどこにもない。明るさと活力を、あの晩、広間に置いてきて二度と取りに戻れない、そんな感じだった。


 リズは空をあおいだ。肩には確かに聖竜の重みがある。おなか一杯肉を食べたせいか、足の爪がずっしりとリズの肩に食い込んで痛いくらいだ。

 ちらりと横目で聖竜を見ると「いつでも」というような顔で見返された。


 リズはゆっくりと口を開いた。


「ナタリー、試したい事があるの。その顔のガーゼを取ってくれない?」

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